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さつまいも

リンは目の前の惨劇を満足そうに眺めながら物思いに耽った。
あれは、まだ3歳か4歳の頃だった。
かつて父と過ごしたわずかな日々のことだった。
「リン。いつか父さんはこの村を変えてやろうと思っているんだ」
「村を変える?」
「そうさ。こんなしみったれた窮屈な世界じゃなくて、もっと広々と、自由な世界につくりかえるのさ。自由を求めるのは、悪じゃない。自然な感情なのさ」
「自由」
「そう、自由だ。そのために、今は少しずつ準備を進めてる。使えるものはなんでも使うし、邪魔をするものはすべて排除する。そうじゃないと、自由を得ることはできない。それだけ、自由は重いものなのさ」
「自由って、楽しい?」
「ああ楽しいさ。きっと、誰もが求めるものだ。今は、なかなか父さんとリンは一緒に過ごすことができない。でも、自由を得た暁には、母さんもこっちに来る。きっと、な」
「お母さんがこっちに来るんだ! じゃあ、私も自由のために頑張る!」
「ああ。力を合わせよう。そして、きっと夢を叶えてみせる」
「本当? じゃあ、約束ね」
「ああ、約束」
淡い、白白とした日々の風景にその思い出は溶け込んでいた。
「……もう終わり?」
目の前には、十数の血まみれの死体と、血だらけのロウムがいた。
リアムとアルゴは呆然と立ち尽くしている。
勝利。
完膚なき勝利をリンは得ていた。
あとは、さらに絶望を与えてから死に追いやるだけだ。
「アルゴをやりなさい」
指示を出すと、弱みを握られた兵士たちがまだ若いアルゴに向かってジリジリと歩み出す。
「や、やめろ」
虫の息のロウムが必死に非難の声を上げる。
だが、その声は誰にも届いていなかった。
ロウムは武器を持って後退する。
背中に木が触れる。
もう、逃げ場はなかった。
兵士たちが槍を構えた。
アルゴは目を瞑る。
その瞬間。
「待て! アルゴは殺させない!」
「……リアム?」
リアムが武器を持ってアルゴの前に進み出ていた。
リアムは声高らかと宣言する。
「アルゴを殺すなら、俺を殺してからにするんだなリン!」
「どいて、リアム。あなたを殺すつもりはないから」
「いいや、アルゴは俺の友達だ。絶対に殺させない。だから、ここを退かない」
「無駄な抵抗はやめて。手荒な真似をさせないで。大人しく引き下がってよ」
「引き下がらない! 俺は村のために、この世界のために命を賭す覚悟で山へ来たんだ。絶対にこんなことはさせない」
「だから、そんな覚悟は無駄だって言ってるでしょ」
リンとリアムが言い合っているなか、兵士の1人がリアムに向かって槍を突き出した。
リアムは間一髪で避ける。
「待って! リアムは殺さないで!」
リンが叫ぶ。
しかし、兵士は完全にタガが外れていた。
リアムに向かって何度も槍を突き出す。
リアムは身軽に避けるが、攻撃に転じる余裕などなかった。
そして、ずるりと地面を滑って体勢を崩す。
その時。
リアムの目の前に槍が突き出された。
「きゃあああああ」
リンとチタが叫ぶ。
「リアム!」
ロウムとアルゴが同時に叫ぶ。
リアムはまざまざとこれまでの日々を思い起こした。
アルゴとともにサボって、リンに怒られる日々。
犬のリアムをこっそり隠して飼っていたスリル。
そして、リンに渡した時のあの笑顔。
落雷。
事件の発端が起こったあの日。
あの日を境に少しずつ歯車が狂っていった。
なぜだか、いまこんな目に遭っている。
化け物退治のつもりが、仲間内で殺し合うことになるなんて。
あの昔話よりよっぽどおっかない。
リアムは目を閉じた。
待ち受ける死を前にして。
そこに。
ガキン。
鋭い音が鳴り響いた。
目を、ゆっくり開ける。
命の鎖が断ち切られた音かと思って、いま目の前にいるのが天国か地獄か確認したかった。
そこは。
「大丈夫か!」
みると、ぞろぞろと兵士たちが増えている。
いや、違う。
これはリンの手先ではなかった。
彼らは。
「お前たち!」
ロウムが声を上げた。
「村でリアムたちがいなくなったのを聞いて心配だったんだが、ロウム、お前までいなくなった。だからもしかするとと思って、この名もなき山の麓までやってきた。すると、明らかに人が通ったあとがあるじゃないか。それに、道中の目印があったからそれを追ってきたんだ」
彼らは、ロウム率いる狩人仲間たちだった。
ロウムは涙を堪えるのに必死だった。
かつて、ここで仲間たちと殺し合った。しかし、今は違う。
彼らが助けに来たのだ!
「何がどうなってるんだロウム。こいつらは村の奴らじゃないか!」
「話は後だ。こいつらは俺たちを殺しにかかってくる。やらなければやられる。頼む。力を貸してくれ」
「よく分からないが分かった!」
うおおと声を上げると、仲間たちは槍を使って攻撃をいなし始めた。
兵士たちは狼狽し、リンとロウムたちを度々視線を這わせた。
形勢は逆転し始めた。
リンは唇を噛んで、状況を見極める。
兵士たちは後二十数人。
しかし、戦闘経験がある者たちではない。対して向こうは数人の狩人が加わった。
勝負は五分五分といったところか。
想定外だった。
まさか、ロウムの狩人仲間たちが駆けつけてくるとは。
巡る思考は約束された勝利に向けて、何度もシミュレーションを重ねた。
リンはそんな自分に驚いていた。
いつ、こんな考え方をするようになってしまったのだろうか。
いつ、こんなことになってしまったんだろうか。
余計な思考だ、とリンは振り切る。
今は考えないと。
考えて、考えて、考えて。
「リン!」
見ると、リアムがこちらに目掛けて全速力で走ってきていた。
戦闘の脇を抜けて、走ってくる。
待って、そんなところを走ったら……。
ぐしゃり。
「ぐわっ」
「リアム!」
リアムの脇腹に槍が掠めた。
鮮血が辺りに飛び散る。
リンは勝手に体が動いていた。
危険を顧みず。
計算を忘れて。
「リアム!」
リアムの元に駆けつける。
リアムは倒れて、脇腹を抑えて顔をしかめている。
リンは出血している箇所を手で押さえて、リアムの顔を見つめる。
「はは。やっちまった」
雄叫びと闘争の声が辺りに鳴り響くなか、ここだけが真と静まり返っているような錯覚を覚えた。
はっきりとリアムの声だけが聞こえる。
リンは思ったことを口に出した。
「何してるのよ。なんで、私のところに走ってきたりしたのよ」
「それは」
リアムはそっとリンを抱き寄せた。
「え?」
「こうしてやりたかったんだ」
「意味がわかんない」
「ただ、こうしてやったら、全部解決すると思ったんだ。なんとなく」
リアムは口から血を吐いた。
そして、笑顔でこちらを見た。
リンは震えた。そして、自然と涙が込み上げてきているのに気付いた。
ここで泣いては、敗北を認めたようなものだと思った。だから、我慢した。
父との約束を果たすチャンスが、いま目の前にあるというのに。
ここで、負けては……。
リアムがリンを抱き寄せて口付けをした。
リンは泣いた。
「……ねえ、本当なのかい」
「なにがじゃ」
アルゴの父は自身の母に尋ねた。
「リアムとリンに破滅の凶兆が見えるという話はさ」
「……見えたのは事実」
「どうにかならないのか」
「どうにかなってたら、もうやっとるわい」
「破滅って、どういうことなんだい」
「破滅とは、2人の関係が最も最悪な形で断ち切られるということじゃな」
「そんなことが」
「残念ながら、わしは村一番の占者でよくあたると評判じゃわい」
皮肉っぽく占者は独りごつ。
そして、窓からあの名もなき山を遠く眺めた。
「2人に、幸せな結末はありえない」
兵士たちが動きを止めた。
リンが合図を出したのだ。
それは、敗北のサインだった。
そして、リンは叫んだ。
「リアムを助けて! 誰か!」
一瞬、誰も反応できなかった。しかし、狩人の1人が駆けつけて、リアムを持ち上げた。
リンは、兵士たちに向かって言った。
「リアムは殺さないって約束だったでしょ! 約束と違うわ」
兵士たちはお互いに顔を見合わせる。そして、口々に不満の声を上げた。
1人が向かって言った。
「約束が違うのはこっちのセリフだ。こいつらを片付ければ、俺たちはもっと富めるといったのはお前じゃないか」
「そうだそうだ。お前は知恵者で俺たちの問題をなんでも解決してくれた。だから従ったまでだ。なのに、敗北だと? 俺たちの立場はどうなる。もう、村には戻れない!」
「リン。責任を取れ。お前のミスだろう!」
あちこちで反対の声が溢れ出した。
その渦は大きくなり、やがて大きな波となった。
ボルテージが上がり、やがて収拾がつかなくなったてきた時、1人がこんなことを言い出した。
「俺たちが村に戻るには、リン、お前が責任をとって死ぬべきだ」
「え?」
「すべてはお前が仕組んだことだ。ならば、お前がこの事態の幕を引かなくては収まりがつかない」
「何を言ってるんだ。そんなことをしても何も変わらない!」
リアムが必死の声を上げる。
ロウムも加勢した。
「バカな真似はやめろ。もう、お前たちは戦う必要がない。終わったんだよ、今この瞬間に」
「いいや。お前たちは村に帰れば真実を伝える。だが、多くの者が死んでしまった以上、村の者に示しがつかない。責任を取るべきは、リンだ。俺たちは被害者なんだ」
追い詰められた兵士たちは妙な結託を結んだ。
もう、それしか解決法はないというように。
完全に、狂っていた。
正気を失っていたのだった。
兵士たちはわあっと言うなりリンに向かって突撃し出した。
狩人たちも必死にそれを止めた。
しかし、一斉に動いたので全てを食い止めることはできない。
リンに向かってくる兵士が何人もいた。
「逃げろ!リン!」
リアムが血反吐を吐きながら言う。
リンは逃げ出す。
自由に向かって。
死という拘束から逃れようと。
運命という呪縛から解き放たれようと。
その凶兆を蹴り飛ばそうと、地面を必死に蹴った。
そこで。
ずるり。
「あっ」
「あっ!」
「リン!」
リンは空中に身を投げ出していた。
そこは、かつて。
クリプトンが仲間を見捨てた場所であった。
すべてに終わりを告げるとするなら、これほどまでにぴったりな言葉はないだろう。
伝わるところによれば、その名もなき山の中には、いわく。
___恐ろしい化け物が棲んでいる。
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