年越しの時期…と言うには少し早い気もするある日の平日正午。
駅内は閑散としていて、いつもの通勤ラッシュの時間帯の駅とはまた違った雰囲気を感じる。
普段は人混みで見えない外の景色は変わらず見慣れた物で、建物ばかり。自然なんて全くと言って良い程にそこには存在していない。
[―まもなく電車が参ります、黄色い線よりも内側でお待ち下さい。]
景色を見て感傷に浸っていると、そんな無機質な声が駅のホーム一体に鳴り響く。
そのアナウンスの数秒後、電車がこの駅の決まった場所へ停車し、扉が開く。
周りにちらほら居る人の中で、この電車に乗る人は誰も居ないそうで、私だけが移動する事になるそうだ。周りの動きを見ればすぐに分かる。
電車の中へ足を踏み入れると、これまでの駅で乗ってきた人だろうか、人混みまでは行かなくとも人は多い。
空いている扉近くの1人席に腰掛けると、これ以上誰も乗らない事を人通りから察知した機械が扉を閉め、電車を少しずつ速度を上げて発車させた。
電車は一切揺れずに線路を進む。
確か、私は終点で降りれば良かったはず。
休みを長期で取れたのは良いが、その分の仕事を終わらせた影響でここ数日軽い寝不足だ。
(終点の駅まではまだ距離もあるし、少し寝るか…)
私は壁にもたれかかり、静かに目を閉じた。
「…ねぇ。これ、昨日君が忘れていった――じゃない?」
街外れのベンチに座っていた少女に手に持っていた物を手渡す。
「あ、ほんとだ。これ、昨日私が無くしたやつ。拾って下さってありがとうございます!」
少女はにこやかな笑顔でお礼を言い、手渡した何かを受け取る。
風が吹き、茶色の下で二つ結びした髪が控えめに揺れる。
「…それじゃあ、私は…」
早く家に帰ろうと、そう言いかけた時だった。
ベンチから立ち上がり、腕を掴んでこの場に引き止める。
「待って。最後に一つ聞かせて。」
真剣な眼差しでそう言う少女。話は続く。
「貴女は、例えば願いがいくらでも叶うなら、何を望むの?」
「…さぁ、別に何も望まないし思わないよ。」
「そう。…引き止めてすみません、どうぞ立ち去るならお好きに。」
そう言って少女は掴んでいた腕をぱっと離す。先程の真剣な顔とは変わり、にっこりと笑顔で。
そのままその場を立ち去った。何も言う事は無く、振り返らずに。
家路につく中で、ぼそっと小さく声が出ていた。
「…願いが叶うなら、か。もし叶うなら、沢山叶わなくても、たった一つのそれだけで良いから。どうか…」
その先は聞き取れず、表情は髪で隠れて見えない。
…その時何を思っていたんだろうか?
そう声に出た、あの時の私は。
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