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探索者として、友達のため、剣を振るう。
「嬢ちゃん、来いよ」
右手に短剣を握り、左手を遊ばせ、脱力している。
今すぐに飛び込んでしまえば一撃で終わりそうだけど……説明できない何かが『このまま飛び込んではいけない』と警鐘を鳴らす。
でもこのまま見合っているだけじゃ何も始まらない。
「はあっ!」
「おっと」
剣と短剣、紛いなりにも探索者の私が簡単に力負けするはずはない。
でも今、右手を斬り落とそうとしたこちらの攻撃は届かなかった――というより、捌かれた。
そしてすぐに後ろに跳ぶ。
こんな状況下で、この人は私より落ち着いている。
「え……」
「おいおいどうしたってんだ? もう終わりか?」
私は勝てる。
私は負けない。
この人に報いを受けさせる。
そうでしょ。
だからこうして立ち向かってるんだよ。
でもなんで、なんで手が――足が、震えるの。
「まだよ。全然これからよ」
「ほーう? それじゃあこっちからいくぞっ!」
そんなわかりやすく正面から来ても――。
「えっ、なっ!」
「ほらっ、ほうら、よっと」
「まだっ!」
リーチは絶対にこっちが勝っている。
でも、至近距離まで詰められて、防戦一方になってしまう。
「はぁ……はぁ……」
「まあ、これでもリーダーをやってるもんで。こんな活動をしようってんだ。探索者の1人と戦闘することぐらい考えるのは当たり前だよな?」
「……」
「なあ嬢ちゃん。正義のヒーローごっこのためにざわざわ飛び出したって、所詮はそんなもんだ。負けそうになったって、どうせあいつらが飛び込んでくるぜ。俺にはもう逃げ道の一つすらねえが」
悔しいけど、言われていることは理解できてしまう。
私とこの人の間には、決定的な実力差がある。
「だからよ、これを機にそんなお遊び探索者なんてやめちまえ。いつか誰にも知られず、ダンジョンで細々とモンスターの野郎共に食い殺される未来が待ってるだけだぞ」
「それが怖くて、逃げて、こんな真似をしているってこと?」
「あぁ?」
「ここに居る人達みたいに汗水流して必死に働きもせず、誰かのことを考えるわけでもなく誰かのためでもなく。自分の私利私欲のために、こうして抵抗できない人を相手に我が物顔で武器を突きつけて、脅して、奪って」
「……うるせえ! てめえに俺の何がわかるっていうんだよ!」
「わからない。なにもわからない。あなたのことなんて、何一つわかろうとも思えない。――だけど、これだけは言える」
「……な――」
「みんな頑張ってるのよ。――私だって。はぁああああああああああっ!」
「てめえ、話をしている途中に卑怯な!」
「どの口がそれを言うのよ!」
私は上段から剣を振り下ろし――ながら、剣から手を離した。
「なんだと!?」
「これでもくらえ!」
「ぐふぁっ」
両手を使って短剣で剣を受け止めようとしていたところに、不意の渾身右拳ストレートを放った。
拳は男の頬である場所に直撃し、短剣は遠くに飛んでいく。
そして私は男の上へ馬乗りになる。
覆面を被ったままでいてくれてありがとう。
ほんの少しだけ罪悪感が薄れるから。
「探索者だって遊びじゃない」
「……くっ!」
「これは美姫の分!」
「うぐっ!」
右拳。
「これはあの子のお母さんの分!」
「ぐはっ!」
左拳。
「これはあの子の分!」
「や、やめっ!」
右拳。
「これはお姉さんの分!」
「は、はふぇ」
左拳。
「これはみんなの分!」
「ぐっ」
右拳。
「これは私の分!」
「――」
右拳。
最後、どこにも吐き出せない感情を乗せた拳を振り下ろそうとした時だった。
「美夜もうやめて!」
顔面すれすれのところで拳が止まる。
美姫の声にハッと我に返ることができた。
そして、複数の拍手が。
「いいねぇ。やっぱり戦いっていうのはこうでなくっちゃ」
「ひぇ、いいっすね。いい戦いっぷりだったっす」
「お、俺……感動じだぁ!」
「はいティッシュ」
「お見事でした」
さらに拍手は大きくなる。
それは人質だったみんなから。
私は男から離れ、少し離れる。
「これをどうぞ」
「へ? 私は大丈夫です」
「いいえ、大丈夫ではありません。もっと自分をちゃんと観てください。その拳とその心を」
「……」
サングラスのお兄さんが歩み寄って来て手渡されたのは、タブレット回復薬。
そして気づく。
自分の手に付着している血。
しかし、それは彼のものではない。
感情のままに拳を揮った代償で得てしまった傷。
今になって襲ってくる――後悔と痛み。
私は誰かのため、美姫のために立ち上がったはずなのに、初めての対人戦で頭が混乱して、最後はただ感情で拳を振り下ろそうとしていた。
自分でも自分が抑えられなかった。
この人に、私利私欲のためにとか言っておきながら。
不甲斐ない。
情けない。
悔しい。
ジンジンと痛む両拳――安堵から押し寄せてくる涙。
私はこの場に崩れ落ちた。
「美夜、早くそれを飲んで」
「うっ……ぐっ、う、うん……」
涙と嗚咽を必至に抑え、タブレットを喉の奥に放り込む。
すると、みるみるうちに傷口が癒え始めて、さっきまでの痛みが嘘だったかのように消えていった。
「ありがとう美夜。助けてくれて本当にありがとう」
「うんっ。美姫が無事でよかった。本当によかった」
美姫に手を握られ、温度を感じ、抑えていた感情が涙になって溢れ出す。
「はーい、皆さーん。既に館内はめちゃくちゃ安全な状況になりましたのでご安心くださーい」
「あんたね、もう少し皆さんを安心させられるような言葉を選びなさいよ」
「ダメっすよ、先輩はそういうの考えられる頭はもってないんで」
「俺はーぐすっ、感動じだー。いい話だぁあ!」
「では皆さん、ここはお任せください」
みんなは立ち上がり、移動を始める足音が耳に届く。
「立てますか」
「はい……」
タブレットをくれたお兄さんの優しい声に促され、私達も立ち上がる。
「あなたは十分に戦いました。自分の役割を果たそうとし、それを成し遂げた。今は無理かもしれませんが、探索者としての自分を、そして友人を護ることができた自分を誇ってください」
「……はい」
「これからも、影ながらに活動を応援していますよ」
「え?」
最後の囁きに違和感を覚えて振り返えろうとしたけど、お兄さんは既に背中を向けて離れて行っていた。
そして思う。
あの優しい声、どこかで聞いた覚えがある。
どこかで、聞いたような、でもすれ違いざまに聞いた程度の薄い記憶ではなく、しっかりと言葉を交わしたような……。
もしかして、ティッシュ配りの時に話しかけてくれた男の人なんじゃ!?
あの時は感動と動揺で落ち着いていなかったから、外見の記憶はあまりないけど声はたしかにあの人だった。
優しい言葉に、優しい声。
確認することはできないけど、たぶんそうだ。
私は、本当に幸運としかいえない。
今は無理かもしれないけど、いつかは自分を誇れるようになりたい。
ちゃんと胸を張って、しっかりと言葉に出して――。