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「おいしい。ありがとう、先生……」
シチューをひとくち食べて、睦月君は感激してくれた。「どれも懐かしい味。おいしい、ほんとにおいしい…」
彼の大きな目がみるみる潤んだ。すごく喜んでくれているのが伝わってくる。
「そのくらい、いくらでも作るよ」
「毎日作ってくれる?」
「もちろん!」
「ずっと、ずっと毎日?」
「えっと…ずっと毎日っていうのはちょっと……」
言葉にためらいが出た。
「睦月君、あの…この結婚はあくまでも契約でしょ? 頑張って毎日働いたら5年くらいで2千万円は完済できるつもりで考えているから、それ以上睦月君の貴重な人生を私のせいで縛るわけにはいかないと思うんだけど……」
そう言うと睦月君は悲しそうな顔を見せ、ぐっと唇を噛んで俯いてしまった。
あれ…傷つけちゃったのかな……。どうしよう。そんなに変なこと言ったかな?
「じゃあ先生。契約の5年間の間…僕のためならなんでもしてくれるの?」
「あ、そ、そりゃあ、睦月君が喜んでくれるなら、なんでも……」
「だったら、キスしてよ。先生から僕に」
「き……っ!」
飲んでいたジュースを吐き出しそうになった。ごほごほとむせる。
キ、キスなんてそんなっ……!
「契約でも夫婦なんだから、キスくらいできるでしょ?」
「そ、それは契約には含まれていなかったと……」
「夫婦になったんだよ。男女関係があってもおかしくないよね?」
卑猥なワードに目を剥いた。
あのかわいかった睦月君が…私みたいな色気のない年上女性に迫る日が来るなんて…っ!
時の流れは残酷だ。
「そ、そんなのダメっ! それって、ちゃんと、好きな者同士ですることだと思うの。わ、私はそんなに器用じゃないし、いい加減なことはできないよ……」
しん、としてしまった。
「わかった。変なこと言ってごめん」
睦月君の乾いた声が胸に刺さる。
どうしよう……傷つけちゃったかな。でも、睦月君みたいにイケメンなら女性は選びたい放題だろうし…。
それに、私は怖い。
もし、睦月君と関係を持ってしまったら、きっと、元に戻れなくなる。
彼と離れるのが辛くなる。
睦月君が私の前からいなくなった時の喪失感は、とてもじゃないけれども言い表せられない。昔を思い出さないように、今までは軽く考えるように努めていたけれど、本音を言えばとても淋しかった。
睦月君がいなくなった時、母と同じような――…家族と離れてしまう辛さを再度体感したのだ。
睦月君と深い仲になった状態でまた別れを体験した時、私はきっと、立ち直れなくなるかもしれない。それが怖い。
……でも、それって雇った側にとっては関係のない話よね。
「感情論で睦月君を拒絶するようなことを言ってごめんなさい。あなたが嫌って言っているわけじゃないの。誤解しないでね」
ジュースをひとくち飲んで、微笑んで言った。冷静に、冷製に、と心の中で繰り返しながら。
「私は睦月君に雇われているのだから、あなたが望むことはできるだけ叶えるつもりよ。男女関係も……頑張るから」
男性と肌を重ねるのは初めてだ、とか言えば彼はきっと重荷に感じてしまうだろう。処女ということは黙っておくことにした。
「いいよもう。先生の気持ちはよくわかったから」
またしても乾いた声。どうしよう。睦月君を怒らせてしまったかな。
「あ……あの、睦月君、ごめんなさい。嫌な言い方をしてしまって……」
「どうして先生が謝るの。僕が変なことを言いだしたから悪いんだ。この話は終わり! でも、先生が僕を嫌じゃないって思ってくれているだけでいいよ。今は、それだけで十分」
睦月君が笑ってくれた。「先生の手料理、世界でいちばんおいしいよ。ご飯作ってくれてありがとう」
その姿に、きゅーん、とした。
幼かった弟が急に現れて、再会して、旦那様になってくれて、私の心をかき乱していく。
あなたに会えて嬉しい、もっと喜んで欲しい、笑って欲しいっていう欲が出てくる。
「あ……あの、睦月君、もっと私にできることはないかな?」
「うーん……じゃあ、男女関係は諦める分、僕にご奉仕してくれる?」
「もちろん! なんでもするわ」
「じゃ、今日は一緒に寝ようね。添い寝して欲しいなぁ~」
まさかの添い寝希望をいただきました!!
ハードル高ッ……!!
「わ、わかった。じゃ、添い寝、頑張るね」
添い寝って頑張ってやるものなのかな。わからないけど!(汗)
片づけを終え、お風呂に入らせてもらい、昨日のパジャマと違ってお揃いのふわふわガウンを着ていざ就寝。睦月君が眠ってくれていることを願っていたけれど、残念ながら起きて待っていてくれた。彼の部屋で一緒に寝るなんて…。昨日は記憶がなかったからいいものの、今日はそういうわけにはいかないし……。
「お、お邪魔します……」
「どうぞ」
睦月君は妖艶に微笑んだ。なんか余裕があって羨ましい。私なんかドキドキしっぱなしだよ……。早速ベッドに入った私を睦月君が優しく抱きしめてくれた。
ふあああっ……!
パニックになるぅぅぅ!
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