あれ…?味が薄い..?
自宅でいつものように夕飯を作って食べる時に異変を感じた。
今夜はカレー。
定番の夕食で調味料などの量は間違えてないはず。
なのになぜか味覚が鈍感になった気がする。
カレーを鼻の近くまで持ち上げて匂いを嗅いでみた。
「…」匂いがしない。
なんで?どうして?急な異変に戸惑い始めた。
手が滑りながらもスマホを手に取り原因を追求してみた。
たどり着いたのは 【嗅覚障害】だった。
味は味覚だけではなく嗅覚も関わっているそうで
一般的には風味として知られているものだ。
その風味が私には感じられないらしい。
とりあえず病院に電話…
「どうしたの?真希?慌てた様子だけど…?」
「あっ!お母さん…なんでもないよ…!」
検索画面のまま電源を切ってスマホをポケットにしまった。
「カレー、食べないの?」
「いや、まだ食べてる途中で…」
言葉の一言一言に息が詰まる。
「そう…体調が悪いなら言ってね。私は部屋に戻ってるから。」
「うん。」
ドサッと椅子に腰を落として放心状態になった。
嗅覚障害…嗅覚障害…
私の母は体が弱く、今は私が介護をしながら仕事をして働いている。
介護施設に入れたいのも山々だが、何しろ母の性格が施設には合わない。
というのも、私の母は子を愛しすぎる過干渉に近い親で、私の父が他界してから性格がガラッと変わってしまった。
家族を失うのが余程怖いのだろうか…
学校で怪我をしただけで
「いじめを受けられているんでしょう!?」
と過度な思い込みをしてしまうほど。
そんな母が施設に行った場合私を心配して何が起きるかわかったものではない。
子供の頃、いい母だったから、私自身で介護をすることにした。
しかし、嗅覚障害、この言葉を聞くだけで頭が痛くなってくる。
私の人生を狂わせる元凶となる。
私は調理の仕事をしていて嗅覚がなくなるだけで仕事がとてもしずらくなるだろう。
退職までになるかもしれない。
調理一本で人生を歩んできた私に他の行く宛てはほとんどない。
調理に人生をつぎ込んできた私が…
病院に行き、入院となれば母が心配する。
それだけは嫌だ。でも仕事ができない。
どうすればいいか…自分でも分からない。
ふとカレンダーを見た。
「ゴールデンウィーク…」
「ねぇ、真希。ちょっと話したいんだけどさ、ゴールデンウィーク中におじいちゃんの所に行かない?」
「え、どうしたの急に?」
「おじいちゃんがさ、久々に会いたいって。もう歳だからそろそろ顔を合わせるのが最後になるかも…」
「そう…なんだ..うん。行こう。」
課題は山ほどある。けど、気分転換に行こうと思った。呑気なことしか考えたくなかった。
ゴールデンウィーク初日。
東京から北海道へ電車で数時間走り、やっと着いた。
電車内でずっと座っていて固まった骨を広大に伸ばした。
「んーっ!やっと着いたぁ!」
「懐かしいねぇ。」
「ここからバスに乗るんだっけ?」
「そうそう。またバスで数時間かかっちゃうけどね。」
「あーあ!」
おじいちゃんの家に着いた頃には太陽は真上を過ぎていた。
「おじいちゃーん。着いたよー。」
おじいちゃんの家に行ったのは何年前だっただろう。確か家族が2人になった時から来てなかった気がする…
「懐かしい。」
小さい頃の記憶だけど鮮明に覚えてる。
家の間取り、どこに何があるか、
でも流石に何年も経ってるので物の位置は変わってた。でも変わらないものもあった。
「おう、やっと着いたか。」
おじいちゃんとおばぁちゃん。
「あらあら!真希!大きくなってぇ!」
「久しぶり!おばぁちゃん、おじいちゃん。」
「夏目、どうだ?あれから、」
「もう!お父さん!その話はやめてちょうだい!」
この2人の心の温かさは変わらない。
「ところで真希、仕事は上手くやってっか?」
「うん。自分のやりたいことがやれてとっても楽しい。」
「そうか!」
玄関に入って匂うあの懐かしい香りはもう感じなくなっていた。
「おじいちゃん、おばぁちゃん、話したいことがあるの。」
「おう?なんだ?」
「お母さんには聞いて欲しくないからこっち来て…!」
私は嗅覚障害ということを知らせておきたかった。誰かに話すだけで気が楽になるかもしれない。
私が真剣な顔をしているのを悟っておじいちゃんは真面目に聞く体勢になった。
「私、嗅覚障害になったの。」
「…」
「そうか。」
おばぁちゃんはポカンと口を開けてるだけだった。
「よく、言ってくれたな。」
「お母さんにはまだ言ってないから内緒にして欲しいの。」
「あぁ。わかった。」
「病院にも行く気はない。」
「あぁ。」
これ以降のおじいちゃんの返事はあぁ。しか言わなかった。
おじいちゃんなりの慰めかもしれない。
時は一瞬で過ぎ去った。
もう過去は振り返らない。
何ヶ月、何年、何十年と経った今、私の目の前には墓。周りには墓。暑い猛暑の中、私はお墓参りに来ていた。
私のお母さんだ。
私は結婚をせず生涯独身で生きていくつもりだ。
子供を産むことはしたくない。
この障害を子供に授けたくないから。
もし授けてしまったら私はどう責任を取ればいいのか分からない。
お母さんのお墓を手入れして、
手を合わせ、目を瞑った。
この時、線香の匂いがしたかもしれない。
第三感覚【嗅】 〜完〜
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