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ねむ
尊さんは俺の動揺には気づいていない様子で、どこか不思議そうに、いつもの平静な顔でこちらを見ている。
しかし、俺の胸の中は先ほど窓の外で見た成田の姿によって、ざわざわと不穏な波が立ち騒いでいた。
「あのっ、あそこに、また会社の前に成田さん来てるみたいで……警備員に伝えた方がいいですよね?」
極めて冷静に言葉を繋ぎながら、窓の外をちらちらと視線で示す。
指先が少し震えているのを自分でも感じた。
尊さんは一瞬だけ、俺が指差す方向に鋭い目をやった。
だが、すぐに「またアイツか……」と、心底面倒くさがるように小さく溜息を吐くと、すぐに視線を俺に戻した。
その一連の動作に、微塵の動揺も、恐怖も見られない。
「その方がいいな。俺から言っておく」
その揺るぎない声音が、冷え切っていた俺の胸にじわりと安堵感を広げていく。
成田の姿に感じた得体の知れない不安が、尊さんという強い存在によって、急速に霧散していくのが分かった。
「はい、でも尊さん、くれぐれも気をつけてくださいね……?」
心配でたまらず、ついそんな言葉が口をついて出る。
すると、尊さんは周囲に誰もいないことを確認したのか、ふっと表情を緩めた。
「ああ、大丈夫だ」
大きな手が俺の頭に乗せられ、ポンポンっと優しく撫でてくれる。
その手の温もりに、張り詰めていた緊張が完全に解け、俺はほっと胸を撫で下ろした。
(尊さんなら大丈夫。今の尊さんなら、きっと的確に対処してくれる……)
警備室へ向かう尊さんの、頼もしい後ろ姿を見送りながら、俺は再び窓の外を見た。
視界の隅にいた影は、もう恐ろしいものには見えなかった。
その後、無事に警備員へ報告が入り、成田は何の問題もなく速やかに退去させられたという報告を受けた。
◆
季節は巡り、風が冷たさを増した11月初旬。
俺は尊さんの家にお邪魔していた。
部屋には、尊さん特製のアップルパイが焼き上がったばかりの、香ばしく甘い香りが満ちている。
サクサクのパイ生地から漂う芳醇なバターと
じっくり煮詰められたリンゴの甘酸っぱい香りが鼻腔をくすぐり、それだけで幸福感に胸がいっぱいになる。
「写真、撮ってもいいですか?」
「ああ、好きにしろ」
尊さんの許しを得て、俺はズボンのポケットからスマホを取り出した。
画面を横にしてカメラを起動し、美術品のように美しいパイの前でレンズを翳す。
一通り写真を撮り終えると、スマホをテーブルの横に置き、待ちきれない気持ちでフォークを手にした。
一口運べば、温かなリンゴの甘みが口いっぱいに広がる。
「んん〜っ!! 美味しい……! 尊さん、本当に料理上手すぎます!」
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