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雨。
雨、雨。
ぬるりとまとわりつくような空気が、あの日の記憶を呼び起こす。
寝起きでむくんだ顔を、洗面器の水でばしゃばしゃと叩くように洗い、
泡でくるむようにそっと流す。
ラップにくるんだおにぎりをレンジに入れると、
「チクタク」と時計の音と、軒先から落ちる雨の音が、
部屋の静けさに重なった。
「チーン。」
レンジが、まぬけな音を響かせる。
湯気のたったおにぎりを手に取り、ひとくち。
ちょっと塩が強くて、でも安心する味。
制服に袖を通し、靴下を履いてから、
仏壇の前に置かれたスターチスの花に手を合わせる。
「……お姉ちゃん、行ってきます。」
⸻
「日菜子ー!おっはよー!」
「すず、おはよ。」
いつも通り、すずが大きな声で走ってくる。
元気で、おしゃべりで、流行りに敏感なすずは、
神水村のなかでもちょっと浮いてる存在かもしれない。
教室に入ると、女子たちが机を囲んでひそひそ話していた。
「なあなあ、聞いた? うたくん、金の角のカタツムリ見つけたんやって!」
「えー、そんなの絶対うそやって!」
「でもお願いごとしたら叶うって言うやん、めっちゃ気になる〜!」
この神水村では、梅雨になると道のあちこちにカタツムリが現れる。
中でも、”金の角を持ったカタツムリ”は、
願いを叶えてくれると言われていて──
その姿を見た者は、神に選ばれし者だと。
一万年も前から、言い伝えられている。
「ほんまにおるんかな、金の角のカタツムリ……もし見つけたら、なんお願いする?」
「え、本気で言ってんの? そんなの、都市伝説みたいなもんじゃん」
「いいやん、もしもの話やって! うちは〜……お金増えますように〜!とか?」
「なにそれ、欲まみれやね〜、すずちゃん」
「うるさいの〜、日菜子は?」
「……うちは、お姉ちゃんに会いたいな。」
すずが、一瞬だけ言葉をなくして、
いつもより少し小さな声で笑った。
「……会えるとええな。」
この話題、出すべきじゃなかったかな。
でも、もう口に出してしまった。
放課後。
制服を脱いで、課題に向かう。
でも、頭の中はあの話でいっぱいだった。
金の角のカタツムリ。
本当に、いるのだろうか?
夕飯前、ちゃぶ台の向こうにいるおばあちゃんに声をかける。
「ねぇ、おばあちゃん。金の角のカタツムリって……本当にいるん?」
おばあちゃんは、麦茶の入ったコップを置いて、笑った。
「ほう、日菜子も、そういうのが気になる歳になったんやねえ、」
ちょっとバカにされたみたいで、ムッとする。
「おばあちゃんの代からずーっとな、金の角を見たって話は伝わっとるよ。
わしのじいさまも、そのまたじいさまも、みーんな見たんじゃ」
「願いも……叶ったん?」
「そうらしいけどなあ……最近はめっきり見かけんようになった。
神様が怒っとるんかもしれんね。山も削られて、森も減って、開発が進んだけんなあ」
……本当にいるのかもしれない。
私は明日、
金の角のカタツムリを探しに行こうと、
そっと、心の中で決めた。