テラーノベル
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情けなくも、呆然と立ち尽くす優奈。
しかし突然その耳に少しの騒めきが届いた。
「あ! 見て高遠雅人」
「わぁ! ほんとだ、朝からラッキー」
「ヤバいよね……やっぱ顔がいい」
出入り口に繋がる広場を歩いていた、主に女性たちが次々と雅人の名を口にして。
優奈も彼女たちの視線の先に注目をした。
遠目からでも、彼が、一目でわかってしまう。
そびえ立つビルを背に長い脚が歩幅大きく、風を切るように歩いている姿。
グレーのストライプのスーツ。ジャケットを羽織りつつ歩く姿は、そのままドラマのヒーロー登場、そのワンシーンにでも出来てしまいそう。
そんな雅人は道行く人たちの視線を浴びつつも気にもとめない様子で、真っ直ぐにこちらへ向かってくる。
「優奈!」
雅人が大きな声で優奈の名前を口にしたものだから、その注目が今度は優奈へと移ってしまった。
「優奈? おはよう、どうしたんだ?」
思わず下を向いてしまったら、その間に雅人は優奈の目の前まで来ていて。
「お、大きな声で呼ぶから……」
「気にすることないぞ」
ジロジロと突き刺さる視線に苦笑いを浮かべながらも、こんなものは日常茶飯事だとでも言いたそうな余裕っぷり。
そりゃあ、まーくんはね! 内心悲鳴を上げながら平然とした声を出す雅人を睨んだ。
揺れる前髪と力強い瞳が朝陽に照らされ今日も無駄にセクシーだ。
(……ぐぅ! 眩い! 好き!)
睨み顔とは秒でおさらばだ。
大好きな雅人の大好きな美しい顔が、大きなオフィスビルを背に”できる男”オーラ満開で。
睨むどころかニヤけてしまっているじゃないか。
ダメダメ、気を引き締めないと。
優奈が口元にグッと力を込めると。
「うん。高校の頃の制服も可愛かったけどスーツもいいな、可愛いぞ」
(……だからニヤけるんだってばぁ! やめてよぉ!)
顎に手を当てながらしみじみと雅人が言う。
数着しかなかったスーツをアパートから持ち出し、今日着用したのはネイビーのもの。
インナーは無難に白。
無地のラウンドネックのブラウスだ。
あまりにもマジマジと見つめてくるので。
そういえば雅人にスーツ姿を見せるのは初めてだったことに今更ながら気がついた。
「制服って……まーくんいつから時間止まってるの」
と、言って、ときめきを隠しつつ生意気に返してみたつもりが墓穴を掘ってしまったことにすぐに気がつく。
いつからって、見窄らしい身体を晒したあの日からまともに会っていなかったのだから……どうしたってそこに行き着いてしまうではないか。
全力でこの話題を早々に引っ込めなくてはならない。
「ま、まぁいいや! 制服の話終わり! わざわざ下まで降りてきてもらってごめんなさい!」
「構わないぞ。じゃ、行くか」
言いながら、雅人は優奈の腰に手をまわす。
何とも自然な動きだ。
周囲から小さなどよめきが起きているのに、雅人は気がついていないのか。
いや、さっきの様子を見る限り聞こえていたところでもう慣れっこなのだろう。
そのまま平然とした様子でビルに入り、いくつも並ぶエレベーターの一番奥の扉の前で立ち、「緊張してないか?」と、優奈に問いかけた。
今の今までわりと平常心を保っていたのだけれど、雅人の登場で一気に緊張してきてしまったとは口には出来ず。
曖昧に笑顔を作り、大丈夫。の気持ちを伝える。
到着したエレベーターに乗り込み、その中で思うことといえば。
雅人の注目度は会社の大きさに縛られず抜群で高いということ。ちょっと広場に顔を出しただけで騒がれるのだから、やっぱり本当に別世界の人物になってしまったのだと実感してしまう。
(なんてね! 落ち込む前に今日は初出勤! 仕事仕事!)
本日既に何度目かの喝。
気合を入れ直したところでエレベーターの動きが止まって扉が開いた。
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