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はあー。
溜息をついて、コーヒーを口にした。
俺は一体何をしてるんだ。
よりにもよって鈴木に手を出すなんて、おかしくなったとしか思えない。
イヤ、別に鈴木に魅力が無いというわけでは無い。
鈴木はいい女だ。
どちらかというと美人の部類に入るし、性格だって姉御肌でみんなに好かれている。
ちょっと尖った感じと、時々見せる女性的な顔のアンバランスがたまらない。
でも、それ以上に同僚として彼女を信頼している。
営業なんて言う結果重視の世界の中で、彼女はいつも堂々として、真っ正直に前だけを見ている。間違ったことは許さないし、困った者を見れば黙って手をさしのべる。
それが鈴木一華だ。
俺が仕事で困ったときには、まず彼女に相談するだろう。
そう言う意味では彼女の事を信頼し、同期として誇りに思っている。
それなのに・・・
昨夜はたまたま1人で飲みに出た。
向かった先はホテルのバー。
同僚と行くにはちょっと値段が張るが、知り合いに会わないのが魅力で月に数度行く店。
しかし、そこに意外な人がいた。
カウンターに座る1人の女性。
グラスを口に運びながら、マスターに話しかけていた。
彼女がこの店にいること自体に違和感はなかった。
入社して最初の同期会で、「送って行くよ」って話になり自宅の住所を聞いたときから思っていた。
都内の高級住宅街、その中でも大きなお屋敷が並ぶ地名を挙げられ、「鈴木はいい所のお嬢なんだ」と思った。服だって、派手ではないけれど仕立ての良いものを着ているし、行動の端々から育ちの良さが感じられた。
しかし、6年も一緒に仕事をしながら俺はそれ以上突っ込んで聞くことはしなかった。
逆に聞き返されたら困る事情を、俺も持っているから。
昨日も、しばらくは黙って見ていた。
しかし、
「お客さん、大丈夫ですか?」
心配そうに駆けられたマスターの声。
確かに、かなり飲んでいて・・・
ああ、カウンターに倒れ込んだ。
「お客さん、お客さん」
何度も声を掛けているが彼女は動かない。
ったく、何をやってるんだ。
***
「あの、大丈夫です。こいつは俺が送っていきますから」
「高田様の、お知り合いですか?」
いきなり登場した俺を疑わしそうに見るマスター。
「ええ、会社の同僚なんです」
「そうですか」
何度か通い顔も名前も知った俺が言えば、それ以上追求される事もない。
少し不安そうにしたものの、常連の俺が現れてホッとしたようだ。
それにしても、どうしたんだ。
今日は大口の契約が決まってご機嫌なはずだろう。
とても、上機嫌な酒には見えない。
「ほら、鈴木。帰るぞ」
「えー、高田なの?」
「おう、まだ俺のことはわかるな?」
「当たり前でしょ、馬鹿にしないで。私、平気よ」
嘘つけ。涙の跡がくっきりと残っているじゃないか。
「なにがあったんだ?」
ただ事じゃないのは俺にもわかる。
「何もないわ。もう、平気だって」
手を払い立ち上がろうとする彼女。
すぐによろけて、腕の中に落ちてきた。
「危ないなあ。ほら行くぞ」
店を出て歩き出すと、フラフラとエレベーターに向かう。
え?
「帰るんじゃないのか?」
「いいえ、帰りません」
真っ赤な顔をしてキーを見せる。
どうやら先に部屋を取っていたらしい。
***
連れられて向かったのは最上階のスイートルーム。
「お前、ここいくらだよ」
つい口に出た。
「私が働いたお金で泊るんだから、放っておいて」
拗ねたように言うと、ソファーに倒れ込む。
随分荒れてるな。
「水をとってくるよ」
そう言って一瞬目を離した。
仕事柄、接待で飲む事も多い。
今までだって、飲み会で一緒になることは珍しくはなかった。
それでも彼女が酔いつぶれる姿を見た事はなく、どちらかというと世話役に回っていた印象。
これだけ酔っ払うなんて、よほどの事があったんだろう。
「なあ、水だけでいいか?何か薬でも・・」
そこで言葉が止った。
「うーん、熱い」
と言いながら服を脱ぎだしていた。
マジか。お前、明日絶対に後悔するぞ。
でも、このまま放置もできない。
すでに下着姿になった鈴木の腕を首に回し、膝裏に手を通すと、抱き上げてベッドルームへと運ぶ。
さすがに、抵抗はされなかった。
「うーん」
背を丸め、ベットの上で小さくなる鈴木。
一体何があったんだ。
布団を掛け、彼女の脱いだ服を片付け、もう一度彼女の顔を見る。
「俺、帰るぞ」
そっと前髪をかき上げる。
かわいそうに涙は止らないらしい。
***
「・・・たかた」
ん?
「私はいらない?」
「は?」
何を言ってるんだ。
「私はいらない人間なの?」
うつろな瞳で、真っ直ぐに俺を見ていた。
「そんなこと、あるはず無いだろう」
「だって・・・う、ううっ」
また泣き出した。
「どうした?誰がそんなこと言った?」
「・・・」
きっとお前は言わないな。
鈴木はそんな女だ。
でも、この泣き顔を放っては行けない。
ジャケットを脱ぎ、ギュッと彼女を抱きしめる。
あれ?こんなに小さかったんだな。
震える肩。止らない嗚咽。
もう止らなかった。
俺も男だったんだな。
6年も一緒に仕事をした同僚に手を出すなんて。
はぁー。
かわいい寝顔の鈴木を見ながら溜息が出た。
いつもと違う鈴木一華にすっかりやられた。
「先シャワー行く?」
「後でいい」
「じゃあお先」
本当はドキドキしながら、精一杯の虚勢を張った。
シャワーを出てみると鈴木はいなかった。
一晩の幻を見た気がした。
しかし、俺の体に残る記憶も、温もりも、ここに鈴木がいた事を物語っている。
1人後悔にどっぷりと浸りながら、俺はしばらく動けなかった。
その後、会社でバリバリと仕事をする彼女。
とても昨夜と同じ人とは思えなくて・・・女って怖いな。