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翌日の午後。
午前中に取引先を周り、午後になって私は会社に戻ってきた。
「一華さん、体調大丈夫ですか?」
デスクに着くなり、可憐ちゃんが寄ってきた。
「体調?」
そりゃあ昨日は2日酔いで死んでたけれど、さすがに一日経てば復活。
すっかり元の私に戻った。
「あの・・・小熊がヤバいんですけれど、今日飲みに行きませんか?」
「え?小熊くんが?」
「はい」
頷く可憐ちゃん。
「どうしたの?」
私は午前中外回りしていたから気づかなかったけれど。
「部長が・・・」
「何があったの?」
「今朝、一華さんがいないときに部長がキレたんです」
「何で?」
「遅刻ギリギリに駆け込んできた小熊に部長が注意したんですよ。『何で遅れたんだ』って.。そうしたらあいつ、『事故渋滞だからしょうが無いじゃないですか』って言い返して」
はぁー、めまいがする。
「部長怒ったよね」
「そりゃあもう。怒鳴り散らす部長、言い返す小熊。『もういい、お前なんかいらない』って叫んで、それ以降は小熊の事を完全無視です」
どうやら相当な修羅場だったみたいね。
「高田課長は?」
彼がいれば納めてくれたはずだけれど。
「いなかったんです」
「そう」
「でも、帰ってきてから事情を聞いて部長と話していました」
「小熊くんは?」
「小熊は部長に無視られて、外回りに行くって飛び出して行きましたから」
もう、本当に困った子ね。
「とにかく、今夜飲みましょう。小熊呼びますから」
「はいはい」
ちょうどその時、
「鈴木、ちょっといい?」
私は高田に呼ばれた。
***
呼ばれて入った会議室。
「座って」
こうやって呼ばれると、少し緊張する。
高田は上司だしね。
「小熊から何か聞いた?」
一応私の部下だから、本来なら連絡があって当然なんだけれど。
「いいえ、何も。でも、可憐ちゃんから経緯は聞きました」
「フーン」
あら、不機嫌そう。
「小熊に連絡するけれど、つながらないんだ」
あらー、それはいけない。
「私が電話してみましょうか?」
「いや、いい」
え?
「俺や部長からの電話には出ないけれど、鈴木からの電話は出るっておかしいだろう?」
「それはそうだけれど。このまま辞められたら困るんじゃ」
「しかたない」
「はあ?」
「今回の事は小熊が悪い。それがわからないなら仕方ないじゃないか」
「そんな・・・」
確かに非は小熊くんにあるけれど、まだ若いからおもわずって事もある。
みんなだって1度は経験してきた事だと思うけれど。
「大体、昨日の事もそうだぞ」
え?
「山通の件、何で小熊に報告させなかった?」
「それは・・・私が上司だし」
部長の扱いは私の方がうまいし。
小熊くんを行かせればもめそうだった。
「それじゃあ、小熊のためにならないってわかってるはずだろう?」
「・・・」
小熊くんは悪い子じゃない。
取引先ではちゃんと対応できている。我慢もできて、キレる事もない。
「鈴木に甘えてるんじゃないのか?」
「それは・・・」
否定できない。
小熊くんは、私が初めて持った部下。
気の強い所も、子供っぽいところもあるけれど、素直ないい子だと思っている。
こんな形で失いたくはない。
「今夜、可憐ちゃんが飲みに誘ってるらしいから、話してみるわ」
「俺も行く」
「私に任せて」
「ダメだ」
「高田?」
「状況を見てからでいいから連絡しろ」
それ以上言い返す事はできず
「わかった。メールする」
約束して会議室を出た。
***
夕方、駅前の居酒屋。
「小熊」手を振って駆け寄る可憐ちゃん。
「お疲れ。あっ」
私を見て声が止った。
「ったく、何してるのよ」
私は小熊くんの向かいの席に座り、おしぼりを投げつけた。
「うわ、暴力反対」
「暴力じゃないわよ」
今時の子は、暴力だ、体罰だ、ハラスメントだと、やかましい。
「俺、もういいですから」
何も聞いてないのに、自分から言い出した。
「いいって、何が?どうするつもりなのよ?」
「会社を辞めます」
「えー、何で?」
可憐ちゃんが声を上げた。
「もう決めたから」
ビールを手に、結構あっけらかんとした顔をしている。
「何で辞めるの?」
「鈴木チーフも聞いたんじゃないですか?部長にやめろって言われたんです」
「そんなの、小熊くんだけじゃないし。みんな言われてるから」
仕事なんてそんなもの。
「もう一度頑張ってみない?」
「無理です」
即答ですか。
「せっかく頑張ってきたのに、もったいないじゃない」
「チーフや課長には申し訳ないと思いますけれど、もう決めたんです」
これ以上何も言うなとばかり、グビグビとビールを空ける小熊くん。
いつもよりもペースが速い。
その後は仕事の話には一切乗ってこなくなり、可憐ちゃんとアイドルやアニメの話で盛り上がっている。
このままではらちがあかない。
私は高田にメールした。
***
20分後、高田登場。
「「あっ」」
可憐ちゃんと小熊くんの声が重なった。
「お疲れ様です」
驚いている可憐ちゃん。
「・・・」
何も言わない小熊くん。
「お疲れ様」
わざとらしく小熊くんに近づく高田。
「・・・どうも」
ペこんっと頭を下げた小熊くん。
すると突然、
パシッ。
高田が頭をはたいた。
えっ。
「何するんですかっ」
当然小熊くんが声を上げる。
「挨拶くらいしろ」
高田にしては珍しく強い口調だ。
「ごめん、小熊くん今弱ってるから」
私は思わずかばってしまった。
「そんなの関係ないし。そもそもお前がかばってばかりだからこんな事になったんだろうが」
「それは・・・」
確かにそうだけれど。
「何でチーフが怒られるんですか?俺に言えばいいでしょう」
小熊くんが高田に向かって立ち上がった。
「自分の尻ぬぐいもできずに、逃出す奴に言っても無駄だ」
ギリッ。
小熊くんの奥歯を噛みしめる音。
「小熊。お前仕事投げ出して、逃げてどうするつもりだ?」
「会社を辞めます」
フン。
.高田が鼻で笑った。
「好きにしろ。でも、今日の事はきっちり部長に頭を下げろ。それもせずに逃出す事は許さない。今のところ俺はお前の上司だからな」
「俺がやめれば関係なくなります」
「それでも、今日の事はきちんとしろ。お前ができないなら、上司である鈴木に頭を下げてもらうぞ」
「はあ?何をバカな。チーフは関係ないです」
「監督責任だ」
当たり前だろうと言いたそう。
小熊くんはすごい顔で睨んでいる。
「いいか、遅刻したのも、上司にたてついたのも、仕事を放り出して逃出したのもお前だ。まずはそのことを部長に謝れ。1人でダメなら鈴木も謝るし、それでもダメなら俺が頭を下げる。俺たちはそのくらいの覚悟でいる。とにかく、明日出てこい」
「・・・」
「いいな?」
小熊くんは返事をせず、しばらくうつむいていた。
ちょっと泣きそうな顔。
「すみません、俺帰ります」
そう言うと、駆け出した。
「待って、送っていくから」
私も後を追った。
***
かなりお酒の入った小熊くんを連れて、近くのバーに入った。
「小熊くん、大丈夫?」
「ええ。見た目よりしっかりしています」
確かに、酩酊した感じはない。
「高田課長は心配して言ってるんだからね」
「わかっています」
それならいいけれど。
「一華さんもこんな事あったんですか?」
珍しい、小熊くんが名前で呼ぶなんて。
まあ、今はプライベートな時間って事かな。
「あったわよ。取引先に2度と来るなって商品投げつけられた事もあるし、部長に怒鳴られる事なんてしょっちゅうだった」
「へー、課長もですか?」
「うん、一緒。みんなそうやって来たんだから」
小熊くんには想像もできないだろうけれど、高田にだって新人時代はあった。
私ほどではないけれど、失敗もしてきているんだから。
「そうなんですか」
小熊くんは何かを考え込んでいる様子。
「私も高田も、部長や先輩方にいっぱい助けてもらったの。代わりに頭を下げさせた事も1度や2度じゃない。そうやって成長するのよ」
「俺には・・・無理だな」
そう言って、グラスを空ける。
「そんな事無い。自分のために頭を下げさせるなんて申し訳ないって思えるうちは大丈夫。真っ当だって事。今日の事も、自分が悪いってわかっているんでしょ?」
「ええ、まあ」
「じゃあ、謝っちゃいなさいよ。その上で、この先の事を考えよう。私も高田も一緒に頭を下げるから。ね?」
「何でそこまでするんですか?」
不思議そうに私を見る。
「それはね、小熊くんがかわいいから」
「えっ」
小熊くんは耳まで真っ赤になった。
「ほら、帰るよ。家まで送ってあげるから」
「それ、反対じゃないですか?」
「いいから、行くよ」
12時を回り電車もなくなった中、私はタクシーで小熊くんを送る事にした。
***
翌朝。
いつもより早い時間に、小熊くんは会社に現れた。
「おはよう」
「おはようございます」
少し緊張気味の小熊くん。
9時前には部長も出社した。
「おはようございます部長」
真っ直ぐに部長の席に向かった小熊くん。
「何だ?」
機嫌の悪そうな声。
「昨日は申し訳ありませんでした」
腰を90度に折り頭を下げる。
しかし、
「邪魔だ、あっちへ行け」
部長もそう簡単に許す気は無いらしい。
正直ドキドキした。
小熊くんの事だから、キレて逃げ出すんじゃないかと心配だった。
「申し訳ありません」
それでも頭を下げたまま動こうとしない小熊くん。
「邪魔って言うのがわからないのか」
時々部長に罵声を浴びせられてもピクリともしない。
フロアのみんなもずっと見ている。
かれこれ30分ほど、小熊くんは謝り続けた。
最後には高田が出て行って
「二度とこのような事が無いように指導します」と言い部長を納得させた。
***
その後、会議室で小熊くん、高田、私の3人で話した。
「それで、まだやめる気か?」
高田に聞かれ、
「いえ、もう少し頑張ってみます」
小熊くんはすっきりした顔をしていた。
私もホッとした。
これで、小熊くんも一皮むける事だろう。そうやってみんな成長するんだから。
「それじゃあ、1つ報告だ」
高田の顔が少しだけ険しくなった。
ん?
「今後、小熊の指導は俺がする」
「え?」
それは・・・私では無理だって評価なのよね。
「僕はこのまま鈴木チーフの下で」
小熊くんが声を上げたけれど、
「それはできない。会社としての決定事項だから」
「でも、チーフは何も悪くないのに。あんまりです」
「お前が言うな。元はと言えば、お前がまいた種だ」
厳しい言葉。
「鈴木、悪いが理解してくれ」
「はい」
「チーフっ」
「大丈夫だよ、小熊くん。同じフロアにいるんだから何も変らない」
「でも・・・」
私は初めての部下を自分の手で育てる事はできなかった。
「じゃあ、これからも頑張ってくれ」
高田が肩を叩き、小熊くんが立ち上がる。
「ああ、鈴木チーフは話があるから」
え?まだあるの?
***
小熊くんが出て行き、2人になった会議室。
「おまえ、携帯壊れてる?」
「いいえ」
「昨日何度もメールしたんだけど」
「ああ、昨日は遅くなったから」
「何時に帰ったんだ?」
「家に着いたのが・・・1時を回ってたかな」
「はあ?ずっと小熊といたのか?」
うん。
「あれからバーで飲み直して、帰ろうと思ったら終電が終わっていて、タクシーで送って行ったら帰りが遅くなってしまったの」
仕方ないじゃない。
「お前はバカだな」
はああ?
睨んでしまった。
「警戒心がなさ過ぎだろう」
警戒心って言われても、相手は小熊くんだし。
「じゃあ、どうしたらよかったのよ」
「タクシーに乗せて1人で返せば良かったんだ。そんなに酔っていたわけじゃないだろう?」
「うん、まあ」
「そもそも、もっと早く切り上げろ。それに、どんなに遅くなってもいいからメールの返事は入れろ。心配するだろうが」
「何で急にうるさく言うのよ」
今まで言わなかったのに。
「そりゃあ前科があるからな」
「前科?」
「ああ。まだ3日しかたってないのに忘れたか?」
「えっ」
急に顔が熱くなった。
その事は忘れて欲しい。
「とにかく、あんまり遅くなるな。連絡したら返事をしろ。いいな?」
コクン。
頷くしかなかった。
満足そうにニヤリとする高田。
何だかとんでもない弱みを握られた気がする。