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麗太
(いや誰!? 初対面のマントになんで名前バレてんの!?)
(いや、マントに名前バレって何?)
(あれ?ちょっと待って!!マントが喋ってる!?)
(今何が起きてるの!?怖いぃいいいいい!!)
──私はフリーズした。
その背後ではローザが猛スピードでメモを書いていた。
これがほんの数十秒前の出来事である。
*
今、私はどうなっているかというと──。
真っ暗な奈落の底で、謎の喋るマントにすっぽりと包み込まれていた。
「(ひぃいいい怖いよー!?)……あ、あの、ちょっと……?息苦しいんだけど……」
私が恐る恐る口を開くと、マントの力がふっと緩んだ。
しかし、離れようとはしない。
まるで、壊れ物に触れるかのように、優しく、大切に私を抱きしめている。
『……ツバキ』
脳内に響く声が、さっきの芝居がかったトーンから変わっていた。
震えるような、泣き出しそうな、等身大の女の人の声だった。
『……ツバキ、私の、可愛い妹……。怪我は、ない?』
「……え、あの……あなたは……」
『千年、だ』
マントが、さらに私の体をそっと包み込む。
その感触に、なぜか私の胸の奥が、ぎゅっと締め付けられた。
『千年前の戦いで肉体を失い……
それでも、いつかお前達がここにくるかもしれないと……。
その時のために、魂をこの外套(マント)に定着させ……
──ずっと、待っていた』
「…………」
『怖かった。寂しかった。
暗闇の中で自分が何者か、溶けて消えてしまいそうだった。
でも……いつかお前達が来た時、私が守らなければと……
それだけで、魂を繋ぎ止めてきた』
千、年。
想像もつかない時間。
光の届かないこの奈落の底で、たった一人で。
「どうして……初対面の私に、そこまで……」
『思い出しなさいとは言わない。
ただ……お前が今、生きて……
私の腕の中にいてくれるだけで、私は……ッ』
声が、嗚咽に変わっていた。
私は、自分が着ているマントを両手でそっと握り返した。
知らない人のはずだ。
「第四位個体・クロエ」なんて名前、聞いたこともない。
──なのに。
どうしてこんなに、涙が止まらないんだろう。
「……あ、れ……? 私……」
この温もりを、私は知っている。
ずっと昔に、失ってしまったはずの、大きくて優しい温もり。
「……お姉、ちゃん……?」
無意識に、その言葉が口からこぼれた。
すると、私を包むマントが、嬉しそうに、震えるように脈打った。
『……ッ!!
今、“お姉ちゃん”と言ったな!?』
「そこ食いつく!?」
『……もう一度だ』
「え?」
『もう一度、“お姉ちゃん”と言ってみろ』
「要求が重い!!」
『千年待ったのだぞ!!』
マントが、ぎゅうううっと私を締め付けた。
「ちょ、苦しい苦しい!! 愛が重い!!」
背後で、シャシャシャシャシャッ!!
と猛烈な筆記音が響いた。
「ローザ!?
なにをそんな必死にメモしてるの!?」
「“千年待ち続けた姉”
……これは後世に残すべき概念かと」
「概念扱いしないで!?」
『私は千年間、
“もし再会できた時の会話”を
三千七百二十一通りほど考えていた』
「怖い怖い怖い怖い怖い!!」
『……私は、お前に“お姉ちゃん”と呼ばれる日を……ずっと夢見ていた』
「重い!!
でもちょっと泣きそう!!」
『……ええ。そうよ、ツバキ。私はお前の姉だ。
……もう二度と、お前を傷つけさせはしない』
あぁ、すごい。
こんなに絶対的な安心感があるなんて。
私はもう、怖くない──。
『……ずっと、謝りたかった』
「え?」
『あの日、お前たちを守れなかった』
マントが、小さく震えた。
『私は、姉だったのに』
「……!!」
マントの声にローザの筆が、止まった。
「…………」
その声だけで分かった。
この人はきっと、千年間ずっと、この言葉に囚われ続けていたのだ。
『だから今度こそ、お前を守り抜く。私の全てを懸けて』
その言葉は、嘘偽りのない本物の愛だった。
私の瞳から、ポロリと涙がこぼれ落ちた。
「と、ところで、お姉ちゃんの名前は……?」
私は涙を拭いながら、マントをそっと握った。
『……千年前の同胞たちは、私を“終焉を纏う災厄の黒翼”と……呼んでくれていた。何度も何度もお願いしてな。』
「同胞、折れた!!」
私は涙声のまま的確にツッコんだ。
『二回に一回くらいは普通に“クロエ”と呼ばれていたが』
「同胞、嫌そう!!クロエで了解!!」
『ただ、誕生日だけは全員が“終焉を纏う災厄の黒翼”と呼んでくれた』
「誕生日サービス!!」
(……優しい。優しいけど、絶対に話が長いタイプだ)
『ところで、サクラは? カエデはどこにいる?』
マントから突然、二人の名前が出た。
「……え?」
私は涙を拭う手を止めた。
「なんで、サクラとカエデの名前を知ってるの?」
『なにを言っている』
マントの声が、不思議そうに揺れた。
『お前たちは姉妹だろう』
「……は?」
今度は、涙が止まった。
完全に止まった。
「いや、違う違う違う。サクラとカエデは幼馴染。
……近所に住んでた幼馴染。
小さい頃から一緒にいただけで、姉妹じゃない」
『……近所?』
「うん」
『……幼馴染?』
「うん」
『…………』
マントが、困惑したように少しだけ沈黙した。
『魂の定着に問題が……?』
「サクラとカエデが……姉妹……?」
背後で、シャシャシャシャッ!! と筆が走る。
「ローザ、今なに書いてるの?」
「『聖女様、失われし姉妹の記憶に触れる』……と」
「勝手に大河ドラマ始めないで!!」
『……今はいい。無理に思い出させる必要はない』
「いや、こっちは今すぐ説明してほしいんだけ──」
その時だった。
奈落の奥から、
ズ……ズズズ……と、
何か巨大なものが這いずる音が響いた。
『……む』
クロエの声が低くなる。
『来たか。“奈落喰らい”め』
「えっ。知り合い!?」
不穏な沈黙をぶち壊す轟音と共に、岩壁を砕いて超巨大な『大サソリ』のモンスターが現れた。
「ひぃぃぃっ!?」
空気が読めないにも程がある。
「聖女様!」
ローザが叫ぶ。
そして即座に新しいページを開き、メモった。
「『第一章:奈落の主と聖女様、運命の開戦』……っと!!」
「勝手に新章開幕しないで! 虫ぃ!!無理無理無理!」
私は一瞬で素に戻り、頭を抱えてしゃがみ込んだ。
ダメだ。やっぱり虫(巨大)は無理だ。
『その悲鳴はなんだツバキ!!』
「え?」
『怯えるなら、もっと気高く怯えろ!!』
「怒るところそこ!?」
(つづく)
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