コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
『暁』が罠を仕掛けて三者連合を疑心暗鬼にさせ、更に『ターラン商会』をも釣り上げていた頃。
帝都にある『聖光教会』大聖堂では、『聖女』マリアが率いる蒼光騎士団、更に彼女に賛同する修道士達総勢三百名が静かに行進を始めていた。
『カイザーバンク』から活動拠点を用意できたとの知らせを受けて、マリアは一刻も惜しいとばかりに準備を整えていた一団に号令。直ぐ様出立したのだ。
「それでは|教皇猊下《きょうこうげいか》、行って参ります」
「再考は出来ないのかね?あの街は帝国で最も治安の悪い場所だ。そなたの身に何かあれば、どれだけの嘆きが広がるか……」
マリアを案じるように白髪の老人、『聖光教会』の教皇スニン四世が声をかける。
だがその身に纏う衣服は様々な宝石で彩られ、贅肉の付いた身体は清貧とはかけ離れており、『聖光教会』上層部の今の姿を体現していた。
この言葉もマリアを案じているのではなく、民に絶大な人気を誇る彼女を手元に置いておきたいと言う権力欲から来るものである。
皇帝の体調が芳しくないとの噂は帝都中に流れ、それに合わせて三人の息子達も暗躍を開始。各地の貴族達を甘言で誘いつつ、少しでも有利に立とうと『聖女』を自分達の陣営に取り込むべく策謀を重ねていた最中であった。これも教皇を焦らせる要因となる。
最も、第三皇子のみは別の動きを見せているが、誰もそれに注目していなかった。
「危険だからこそ、私は赴くのです。帝国一の暗黒街。助けを必要としている弱者で溢れているのは明白ですから」
マリアは教皇の真意を察して強い失望を覚えたが、それを表に出さぬよう優しげな笑みを浮かべて答える。
「そうか……ならば仕方がない。そなたに会いたいと言う者達には余が対応しておこう」
「ありがとうございます」
自分との面会を口実に献金などを求めるのは目に見えていたが、自分には関係ないとマリアは笑みを浮かべたまま一礼。大聖堂を後にする。
「聖女様、準備は整いましてございます」
大聖堂の中庭に集合した蒼光騎士団を率いる黒髪の青年ラインハルトが、マリアに駆け寄りながら報告する。
「分かりました。では皆さん、出立しましょう」
斯くして聖女一行は大聖堂を発つ。蒼光騎士団はその名と裏腹に近代化された装備を有し、何より彼らが携えているのは『ライデン社』の新型小銃M1ガーランドであった。
聖女一行は邪魔にならないように帝都を移動、帝都駅で鉄道を使い旅路に就いた。
「いやはや、巡礼の旅に見えたからね。てっきり歩いて行くのかと思ったよ」
客車のひとつで椅子に座り本を呼んでいたマリアに声をかけたのは、金髪の青年だった。
「第三皇子殿下!?」
慌てて席を立とうとした彼女をユーシスは優しく制して座らせる。
「静かに、マリア。今はお忍びさ。そうだね、敬虔な信徒だと思ってくれたら良い」
まるで平民のような服装をしたユーシスはおどけたように語る。
「もう……少しはご自分の立場をお考えください、お兄様」
溜め息混じりに返す妹分にユーシスは笑みを浮かべる。
「今の帝都は息が詰まるよ。兄上達は跡目争いにしか興味がない。多額の金や将来の地位をあちこちでばら蒔いてるよ」
「その労力を少しでも内政に向けていただければ、帝国はより良い発展を迎えられるでしょうに」
「残念ながら、兄上達にそんなことを期待するだけ無駄さ。政争にばかり強くなって、他は疎かにしているよ」
肩を竦めるユーシスを見て、マリアも溜め息を吐く。それはつまり、次期皇帝がどちらに成ろうと何も変わらない。下手をすればより悪化することが予測されたからだ。
「お兄様こそ帝位を継ぐべきだと思うのですが」
「はははっ、私のような放蕩息子が継ぐことを父上も兄上達も、貴族達も認めないだろう」
「それはお兄様の理念を理解しないから……」
「マリア、人は簡単には変われない。まして、これまでのやり方で利を得ていた人間は尚更ね。誰もが君のように聡くはないんだ」
「お兄様……」
「もちろん、ただ座して滅びを受け入れるつもりもないよ。私は私のやり方で帝国を豊かにする。だからマリア、この時期に君が帝都を離れてくれて助かる面もある。醜い宮廷政治などに君を巻き込みたくはないからね」
「シェルドハーフェンでは無縁でしたか」
「あの街に身分や権威などは何の役にも立たない。ただ力あるものが弱者から搾取する世界だ。ある意味では分かりやすい」
「はい。だから私はあの街へ行くのです。それに、個人的に気になることもありますし」
「気になること?」
「ふふっ、秘密です」
マリアは笑みを浮かべ、ユーシスもまた笑みを返す。
「それなら仕方がないな。ただ、あんまりその本を大っぴらに読まない方がいい。周りの目があるのだから」
マリアの手には、『帝国の未来』が握られていた。
「こんな素晴らしい本をなぜ禁書にしたのか理解に苦しみます。内容は理解できないことも多いですが、先進的なものもたくさんあります。今の帝国でも出来ることも……」
「それでもだよ、マリア。敵を作る必要はない」
「間も無く次の駅に到着します!」
車掌の声を聞き、二人は会話を切り上げる。
「とにかく、身辺には気を付けて」
「お兄様も。またお手紙を書きますね」
「ああ。近々シェルドハーフェンにも寄る予定なんだ。その時に、もう一人の妹分を紹介するよ。マリアと一緒で聡い娘だ。仲良くなれるはずだよ」
「以前話していた娘ですね?名前はなんと?」
「それは秘密にしておこう。その時を楽しみにしていてくれ」
「はい、お兄様」
二人は一緒に立ち上がり、マリアは降りていくユーシスを見送る。
それから一日、マリア達は夜行列車に揺られながら移動し、遂にシェルドハーフェンへとたどり着いた。
そして彼女達は一番街に降り立った。『カイザーバンク』が手を回したのか、駅は人払いがされており『カイザーバンク』の警備員達が厳重に警備していた。
「ようこそお越しくださいました、聖女様」
そんな彼女達を出迎えたのは『カイザーバンク』の総取締役セダールである。
「セダール総取締役自ら出迎えていただけるとは、光栄です」
笑みを浮かべながらマリアはセダールと対面する。
「先ずは旅の疲れを落として頂きたく。既に拠点となる教会と周囲の施設も完成しております。当分の物資も手配しております」
「何から何までありがとうございます。このお礼は必ず」
「いえいえ、以前お話ししたように充分な見返りは頂いておりますので、どうかお気になさらずに。今後も必要なものがありましたら、お気軽にお申し出ください」
「はい、感謝します。ラインハルト、皆を宿舎へ」
「はっ!」
「セダール総取締役、どこか人気の無い静かな場所はありませんか?」
「すぐにご案内できるように手配しましょう」
「ありがとうございます」
帝国に不穏な情勢の最中、遂に『聖女』は暗黒街へと降り立った。