💙「わあ……」
そこは新しくできたばかりの水族館だった。
それでも都心から離れているせいか、人は少なく閑散としていた。真新しい建物に、ガラス張りの入り口が見える。阿部ちゃんはすでにオンラインで入場券を2人分買っていて、会計をどうするだの、奢らせないだの奢るのだのという無粋なやりとりは一切なかった。いつか自分が誰かとデートをする時に参考にさせてもらいたい。
💚「翔太、水族館好きそう」
💙「え。好き。言ったことあったっけ」
💚「なんとなくそうかなって」
💙「…………」
阿部ちゃんてずるい。
なんてことないふうに言ってるけど、どこまでがサプライズでどこからが偶然なのかわからない。柔らかい笑顔でそれ以上質問させないのも、めちゃくちゃかっこいい。人を喜ばせるの上手いんだな。
館内は薄暗くて、絞られた照明と、大きな水槽の中の色とりどりのスポットライトだけが主役である魚や、観客である俺たちを照らしていた。暗くて細かい表情が読み取られない分、外より幾分落ち着くことができる。家族向けというより、大人向けに作られたような水族館だなと思った。 通りすがりにマップを見ていたら、付属の飲食店では飲酒もできるようだ。チラシには、カップルに人気のカクテルも紹介されていた。
💙「お。サメだ」
上の階まで縦に長く、吹き抜けになっているような大きな水槽が、まるで海の一部分を切り取ったかのような構造をしていて、多種多様の魚が展示されていた。それこそ可愛らしく小さな魚から、イワシやアジやタイといった食卓に馴染みのある魚、そして大きなエイが頭上を通り過ぎていくかと思うと、はっきり形のわかる大好きな魚が通った。
サメだ。
サメは、今となっては希少なホオジロザメじゃない小型なものでも、やっぱり海の王者って感じがする。
💚「サメ、好きなの?」
💙「うん。かっこよくない?飽きずに見てられるよ」
💚「いいね。確かに、かっこいいもんね。座ってゆっくり見ようか」
それから、見上げるような大きな水槽を、俺たちは2人で無言のまま本当に長いこと眺めていた。暗いトンネルのようなこの空間でベンチに座って海の世界に埋没していると、なんだか心が落ち着いた。ヒトも含め、全ての生き物の起源が海だという話も頷ける。砂浜や港から見る海もいいけど、こうして海の中を見ることのできる水族館はやっぱり楽しい。
💚「翔太、そろそろ行こうか」
💙「うん」
時計を見ていた阿部ちゃんに自然と手を取られ、ベンチから立ち上がる。手を引かれるまましばらく経つまで、手を繋いでいることにすら気づかなかった。
自然すぎる。
時間が経ってしまったことで、何となく振り払うことができずに、手を繋いだまま連れて来られた場所は、水族館の屋上だった。
そこは、半円形のステージになっていて、深い大きなプールがあった。一目でショーが行われる場所だとわかって、俺は心が躍った。展示の中にはイルカもアシカもペンギンもいた。ここで行われるのはどんなショーなのだろう。到着したのはショーの始まる時間ぎりぎりみたいだったけれど、客席の人もまばらで、席は選びたい放題だった。俺たちは隅の方に並んで座った。
💙「シロイルカ!!!」
大好きな海の生き物の登場に、思わず声が出てしまった。
子供のころから、真っ白なイルカが可愛くて大好きだった。イルカショー自体来るのも見るのも久々だったけど、思わず手を叩いてしまう。阿部ちゃんが横でふんわり笑ったのがわかったが、俺は最初から最後まで夢中でショーを楽しんでいた。
💙「あの、頭のコブみたいなところ、ぷにぷにで気持ちよさそうなんだよな~」
興奮冷めやらぬ俺は、阿部ちゃん相手にシロイルカの可愛さを興奮気味にプレゼンしていた。阿部ちゃんが終始穏やかに聞いてくれるので、嬉しかった。そしてショーを見終わったのに、俺たちは手を繋いだまま、もう自然にデートっぽい雰囲気になっている。不思議と嫌じゃなかった。
帰りに寄った、お土産屋さんで、迷ったけど、シロイルカのぬいぐるみを買った。あまり部屋に余計なモノを置きたくない性格だが、久々に見たシロイルカは、子供の頃の記憶のままにやっぱり可愛かったし、必要ないと思ったら実家に送ればいい。肌触りも良くて気に入った。
阿部ちゃんも釣られて、お洒落なキーホルダーを買っている。 レジから戻ると、そのうちの一つを俺に渡した。
💚「これ。今日の記念に」
💙「……ありがと」
もう帰るのか。
ふと、俺はデートの終わりの時間が近づいてきていることに気づいて、少し寂しい気持ちになった。