ごきげんよう、皆様如何お過ごしでしょうか。シャーリィ=アーキハクトです。私がシスターカテリナに保護されて二週間が経ちました。つまり目覚めて一週間ですね。時の流れは歳を取る毎に早く感じると聞いたことがあります。9歳の私に適応されるとは、新説ですね。
さて、幸い私の怪我は足以外軽くて直ぐに身体を動かせるようになりました。ただ地下道を数時間裸足で走り続けた為か、足の怪我は酷くお風呂はまるで拷問です。悲鳴が出ます。本当に痛い。そして素晴らしい笑顔で私のお風呂を手伝ってくださるシスターには、感謝と共に何とも言えない感情が湧きます。が、その立派すぎる果実に免じて私は許すことにしました。わんだほー。
「予想外でした。これは良い拾い物をしたのかもしれません」
シスターは、そう良いながら私を観察しています。さて私が何をしているかと言われれば、車椅子をお借りして動き回り掃除をしているところです。先程まではお洗濯をしていました。晴れの日は洗濯日和ですね。
貴族令嬢が掃除や洗濯が出来るのか。当然の疑問ですし、出来ないでしょう。私の周りの皆様はしたこともないと言ってましたから。
では私はどうか。異端である自覚はありますよ。自分で出来ることは自分でやる。お母様の教育方針に従って私は物心ついた頃から従者の皆さんに混じって家事に参加していました。貴族令嬢らしからぬ、そう言われてはなにも反論できません。でも、案外お掃除やお洗濯、料理や裁縫などは楽しいものでした。花を愛でるより掃除をしていましたからね。
「嬉しい誤算ですよ。教会が生まれ変わったように綺麗に成っていく。充分に役立ってくれています」
「ありがとうございます、シスター。ですがまだまだです。足さえ治ればもっと綺麗に出来るのに…歯がゆい限りです。」
高いところとか、二階のお部屋とか掃除できない。歯痒いです。無念です。
「使用人みたいな真似はしないで良いですよ。充分助かっていますから。こら、私の部屋に入らないでください。自分でしますから。」
「全く信用できませんよ、シスター。任せてください。綺麗にしますから。」
この一週間で分かったことですが、シスターは身の回りの事について些か無頓着です。なんでしょうか、キッチンの惨劇はあの日の惨劇並みに私を戦慄させました。あの、ゴキ……黒い悪魔の巣窟でしたからね。まるで戦場でした。駆逐しましたけど、油断なりません。シスターは目を離すと散らかす素敵なスキルをお持ちなのですから。
そんな彼女が私室を綺麗にしているはずもなし。まあ、衣服は脱ぎ捨ててましたね。床に下着類が散乱していたのを見た時は衝撃の余り笑ってしまいましたが。
「九歳の癖にまるで母親みたいな口振りですね。早熟していると言われませんか」
「不気味だとは言われていましたよ?些細なことですが。あと、九歳の子供に指摘される問題を直視してください」
紆余曲折ありますが、私は概ね新しい生活に適応しつつあります。
私が保護されて三週間が経ちました。本当に早いものです。足の怪我は順調に良くなり、今は無理の無い範囲でリハビリを行いながら家事に従事しています。医学書を読んでて良かった。今日はシスターが新聞を持ってきてくれました。
「何がおかしいか分かりますか?シャーリィ」
「はい。まだ三週間、一ヶ月も経っていないのにアーキハクト伯爵家の記事が何処にも見当たらないです。帝国にとって一大事のはずなのに。」
そう、シスターが持ってきてくれたのは帝国最大の発行部数を誇る帝国日報。なのに、まるで忘れられたように記事には平和なニュースばかり。それそのものは悪いことではないんですが、それでも違和感を感じてしまいます。自惚れでしょうか?
「確かに初日こそトップニュースになりましたが、直ぐに沈静化したように各新聞社も記事に取り上げなくなっていきました。都合が悪いことには蓋をする。帝国のやり口です」
「やはり信用なりませんでしたね。保護を求めていたらどうなっていたか。考えたくもありません。保護してくださったシスターには感謝です。私がまだ生きていられるのはシスターのお陰です」
「そこまで感謝するなら私の部屋の掃除は止めなさい。配置が変わって大変なんです」
「私はあるべき場所に収納しているだけです。配置を変えたわけではありません。それと、下着ぐらいは女性としても正しく管理してください」
「ハイハイ、ママ」
「こんな大きな娘は要りません。」
私はある種不気味な違和感を感じつつ今は出来ることはないと自分を納得させるように努めました。感情を圧し殺すのは得意なので、苦労はしません。今は自分の回復に努めて、シスターと出来るだけ親しくならないと。
…いざという時私を切り捨てるのを躊躇する程度に。そんな考えが脳裡をよぎる自分に自己嫌悪を抱きながら。