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海の紅月くらげさん
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第145話 一本目
◆ ◆ ◆
【異世界・転移した学園/体育館・夕方】
サキのスマホが、今度ははっきり震えた。
《LOCAL ANCHOR / GYM SOUTH》
《BREAKABLE WINDOW : SHORT》
《NOW》
短い。
だが、今までで一番意味が揃っている。
「……局所杭」
サキが画面を見たまま言う。
「体育館南側。……今なら折れるって」
ハレルが顔を上げる。
南側。
ロッカー列。
白い亀裂が最初に走った場所だ。
ダミエが、レアを閉じ込めた結界の向こうを一瞥して、低く言った。
「……そこ」
「裂け目と重なってる」
リオが肩の傷を押さえながら、息を整える。
「向こうが中継を落としてるから、今だけ杭が浮いてるのか」
ノノの声が飛ぶ。
『うん。中継管理棟、半停止成功』
『今なら局所杭が剥き出しになる。時間は短い』
『でも、順番は合ってる。今なら折っていい』
ハレルの胸元の主鍵が、もう答えを知っているみたいに熱を持っていた。
レアが、結界の中で顔を上げる。
片方の黒い目が細くなる。
「……やめて」
その声は初めて、本気で嫌そうだった。
ダミエがすぐに言う。
「……行って」
「こっちは押さえる」
リオが一瞬だけ迷う。
だが、ハレルの方を見て頷いた。
「行くぞ」
サキもスマホを握って走る。
三人は、結界の外周を避けながらロッカー列の方へ向かった。
◆ ◆ ◆
【異世界・転移した学園/体育館南側・ロッカー列前】
床はすでに何本も裂かれていた。
レアの光刃が残した白い傷。
その中の一本が、今だけ違う光り方をしていた。
細い。
だが、底が見えない。
青白い文字列が、亀裂の中を柱みたいに上下している。
サキのスマホの画面にも、そこだけ濃い点が出ている。
赤ではない。
白に近い、冷たい点。
「ここ」
サキが言う。
「この下」
ハレルは亀裂の前に膝をついた。
主鍵が、ほとんど自分から反応している。
リオの腕輪も、それに応じるように光を引いた。
「どう折る」
リオが低く聞く。
ノノがすぐ返す。
『叩き壊すんじゃなくて、位相をずらす』
『主鍵と副鍵を合わせて、杭の固定を崩す。そのあと魔術で貫く』
『一撃で行って』
ハレルは頷いた。
理屈は半分も分からない。
でも、主鍵の熱が“そこだ”と言っている。
サキが画面を操作する。
今まで見たことのない表示が、薄く浮かんだ。
《ANCHOR TRACE》
《SYNC AVAILABLE》
「……出た」
サキの声が震える。
ハレルが主鍵を握る。
リオが副鍵に手を添える。
二人が同時に息を吸った。
今度は、ハレルが先に言った。
「合わせる」
リオが短く返す。
「分かった」
主鍵と副鍵が、同時に光る。
さっきの共鳴より深い。
ぶつかるのではなく、一本の流れになる。
ハレルの胸から、リオの腕へ。
リオの腕から、床の亀裂へ。
青白い柱のような文字列が、亀裂の底から一気に立ち上がった。
「見えた……!」
サキが息を呑む。
杭だった。
物理の棒ではない。
青白い数列の束が、一本の杭みたいに床の下へ刺さっている。
それが体育館の南側を、この世界へ留めている。
リオが、その光景を見た瞬間に詠唱へ入った。
今までよりはっきり、深く、遠くまで通る感覚のまま。
「〈穿光・第四級〉――『貫け』!」
白い一撃が、杭へ真っ直ぐ落ちた。
普通の光矢ではない。
主鍵と副鍵の共鳴を通した、芯を穿つ光だ。
杭が大きく震える。
まだ折れない。
「もう一発!」
ノノの声。
ハレルは歯を食いしばり、さらに主鍵へ力を通した。
熱い。
だが離さない。
リオの腕輪が、今度は白ではなく、少し金に近い光を帯びる。
術の回路が、さらに太くなる。
「〈圧穿・第四級〉――『砕けろ』!」
二撃目。
今度は、杭の中心に深いひびが入った。
青白い数列が一斉に乱れ、柱そのものが悲鳴みたいに明滅する。
その時、体育館全体が揺れた。
◆ ◆ ◆
【異世界・転移した学園/体育館中央】
結界の中で、レアが絶叫した。
「やめろぉっ!!」
全身を走る数列が、一斉に暴れる。
片方の黒い目から溢れていた影が、今度は逆流するように内側へ引っ込んだ。
白い光刃が無秩序に四方へ弾ける。
ダミエが両手を前へ出し、結界をさらに重ねる。
「〈重界・第四級〉――『閉じろ』」
透明な壁が何枚も重なり、レアの暴走を押し返す。
だが、その衝撃で体育館の空気まで震える。
レアの顔から、余裕も楽しさも消えていた。
ただ苦しい。
ただ繋がりを失う怖さに暴れている。
「嫌……!」
「消えるのは嫌!」
「まだ、戻ったばかりなのに!」
ダミエは表情一つ変えず、ただ言う。
「……遅い」
◆ ◆ ◆
【異世界・転移した学園/体育館南側・ロッカー列前】
杭のひびが、さらに広がった。
サキのスマホの画面に
《BREAK NOW》
と大きく出る。
「今!」
ハレルとリオは、ほとんど同時に力を込めた。
主鍵。
副鍵。
光。
圧。
それが一本になって、杭の中心へ落ちる。
音は、ガラスが割れるのに似ていた。
だがもっと低く、もっと深い。
青白い杭が、真ん中から折れた。
次の瞬間、亀裂の奥から吹き上がっていた数列が一斉に逆流し、
体育館の床下へ吸い込まれるように消えていく。
白い傷跡も、少しずつ薄くなっていく。
ハレルはその場に片膝をついた。
息が一気に抜ける。
リオも腕を下ろし、荒く呼吸した。
サキのスマホが強く震え、画面が白く跳ねる。
《LOCAL ANCHOR : LOST》
《RELAY / STABLE》
《LINK / STABLE》
「……安定」
サキが呆然と呟く。
◆ ◆ ◆
【現実世界・湾岸東区/中継管理棟・管理室】
日下部の画面の赤い一点が、ひとつ消えた。
「……落ちた!」
声が裏返る。
《ROUTE 03 / DOWN》
《LOCAL ANCHOR : LOST》
《LINK STATUS : STABLE》
今まで途切れ途切れだった線が、今度は明らかに一本の回線として残っている。
弱くない。
細いが、安定している。
城ヶ峰が即座に確認する。
「中継は」
「半停止維持」
日下部が答える。
「でも向こうとの線は切れてない。むしろ……通りやすくなってる」
木崎の回線が開く。
『今の揺れで、外のノイズも一段落ちた』
『中継管理棟の輪郭が、さっきより普通の建物に近い』
城ヶ峰は短く息を吐いた。
完全ではない。
だが、確かに一つ奪い返した。
クロスゲート関係施設のひとつを止めた。
輪の杭を一本折った。
そして線が、安定した。
「……次ができるな」
城ヶ峰が低く言う。
◆ ◆ ◆
【異世界・転移した駅周辺/ホーム・夕方】
駅では、アデルとヴェルニ、それに術師たちが外の獣影を押し返していた。
その時、空気が一瞬だけ軽くなった。
巨大狼影の輪郭が、ほんの少し薄くなる。
売店の奥にいた人型の影も、一歩引く。
雨はまだ降っている。
だが、押し返す手応えが変わる。
ヴェルニが目を細める。
「……今、変わったな」
アデルもそれを感じていた。
「一本、折れた」
それだけで十分伝わる。
◆ ◆ ◆
【異世界・王都イルダ/西区・夕方】
イデールの班が保っていた光の筋が、少しだけ通りやすくなった。
猫影が縮みやすくなる。
人型の影も、通りの端へ下がる。
縛られていた兵士の中の片鱗はまだ消えない。
だが、暴れ返す勢いは弱まった。
イデールが小さく目を丸くする。
「……あら」
そして、やわらかく息を吐く。
「向こう、やったのねえ」
◆ ◆ ◆
【異世界・転移した学園/体育館・夕方】
結界の中で、レアが膝をついていた。
全身を走っていた青白い数列は、まだ消えていない。
だが、さっきまでの暴れ方ではない。
片方の黒い目から溢れていた影も、今は細く細く漏れるだけだ。
ダミエが低く言う。
「……保つ」
今度は本当に、余裕のある声に近かった。
リオが肩で息をしながら、ハレルの方を見る。
「やったな」
ハレルはまだ床に手をついたまま、主鍵の熱が引いていくのを感じていた。
「……一本だけ」
サキのスマホには、今までで一番はっきりした表示が出ていた。
《LINK / STABLE》
《SEND AVAILABLE》
「送れる」
サキが言った。
「ちゃんと送れる」
その一言が、体育館の空気を少しだけ変えた。
ハレルは画面を見る。
現実と異世界。
やっと、偶然でも一瞬でもなく、一本の線になった。
雨はまだ止まない。
敵も、まだ残っている。
でも、何をすべきかは、前よりずっとはっきりしていた。
(第九章 基盤侵蝕編ーーー了)