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きっかけは、ほんの小さなことだった。
放課後。
成瀬が友達と話しているところを、蒼が遠くから見ていた。
笑っている。
蒼の知らない話題で。
それだけで、胸がざわついた。
「……先帰る」
蒼は、そう言って立ち去った。
成瀬は気づかなかった。
いや、正確には——気づかないふりをしていた。
翌日。
蒼は、明らかに距離を取っていた。
話しかけても短い返事。
目も合わない。
昼休み、成瀬は我慢できずに声をかけた。
「蒼、なんか怒ってる?」
「別に」
「別にじゃないだろ」
廊下の端。
人の少ない場所。
蒼は、しばらく黙ってから言った。
「……俺さ」
声が、低い。
「成瀬が誰と話してても、口出す権利ないってわかってる」
成瀬は息をのむ。
「でも」
蒼は、拳を握った。
「知らないところで笑ってるの見ると、不安になる」
「それって……」
「独占欲」
はっきり言われて、成瀬は驚いた。
「ごめん」
蒼は続ける。
「付き合ったからって、成瀬を縛りたいわけじゃない」
「じゃあ、なんで距離取るんだよ」
成瀬の声も、少し強くなる。
「話してくれればいいだろ」
蒼は顔を上げた。
「怖かった」
その一言で、空気が変わる。
「嫌われたら、終わるって思った」
成瀬は、胸が締めつけられた。
「……俺も」
小さく言う。
「蒼が急に冷たくなって、後悔してた」
二人の間に、静かな沈黙。
それから成瀬は、一歩近づいた。
「なあ」
「なに」
「ちゃんとケンカしよう」
蒼は一瞬きょとんとしてから、苦笑した。
「変な言い方」
「でもさ」
成瀬は、目を逸らさずに言った。
「黙って離れるより、ぶつかった方がいい」
蒼は、ゆっくり頷いた。
「……約束しよう」
「うん」
「不安なときは、逃げない」
「俺も」
二人は、同時に息を吐いた。
放課後。
昇降口で並んで靴を履く。
「今日さ」
蒼が言う。
「一緒に帰る?」
「当たり前だろ」
夕焼けの中、二人は歩き出す。
手は触れない。
でも、心の距離は戻っていた。
校門の前で、成瀬が立ち止まる。
「蒼」
「なに」
「好きだよ」
蒼は、少し照れたように目を逸らしてから答えた。
「……知ってる」
それだけで十分だった。
——不安も、ケンカも、全部含めて。
放課後、名前を呼ぶまでの関係は、
いつの間にか「隣を選び続ける関係」になっていた。
物語は、ここで終わる。
でも二人の放課後は、
きっとこれからも続いていく。