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あんなに冷たかった水は、もう冷たくない。体が静かに揺れながら流されて行く。透き通った水の中から見る空は、こんなにもきれいなものなのだ。これが、私の見る最後の景色になる。やっと、待ちに待った死がすぐそこにあるのだ。ぼやけていく空を見ながら、意識は透明な水に消えていった。
「おい、大丈夫か!」「おい」
誰かの声が聞こえた瞬間、死ねなかったと分かった。
「しっかりしろ!おい!」
うるさいな、どうして助けたのよ。目を開けると辺りの光が眩しく、目の前の人の顔が見えなかった。うっすら見えてきた顔は、少年の顔だった。凛としたツリ目に細く高い鼻、まさに美形であった。
「おお、気がついたか」
しかし、安心した表情を浮かべる少年は、長い髪を高く縛っていた。そして、着物を着ていた。少年ではなく、女の子だったのか。
「どうして、ここにいたのだ?ここは、危ないと有名な川であるではないか」
だから、選んだのだ。死ぬために。
「私は、この川で死のうと思ってたの。せっかく助けてくれたけど私は、ちっとも嬉しくないわ」
女の子は、呆然と私を見た。そして、悲しそうな顔をした。
「何があったのか聞きは、しない。ただ、武家のお嬢さんが死にたいと一人で川に来るのは、よっぽどのことがあったのだろう。困っているのならいつでも助けになるぞ」
武家のお嬢さん?私のこと?武士っていつの時代よ、私は、平成生まれの一般人。この子は、何を言ってるの?女の子は、立ち上がり私に手を差し伸べた。女の子らしからぬ大きな手だ。それに、着物だと思っていたものは、袴であった。
「我は、芹沢 紀之介。そなた、名はなんと申す?」
女の子ではなかった。そして、今の状況に理解が追いつけないが、聞かれた以上名乗るしかない。
「私の名前は、合川 紫月。」
少年の澄んだ瞳がじっと私を見つめた。