「……惹かれていたのは事実です。でもさっき車の中で朱里と話して気づいたんですが、ただ憧れていただけのようにも感じます」
「想いを錯覚してしまう事もあります。彼女は美しいし女性的な魅力がある。近くに魅力的な女性がいると、それが愛なのか欲なのか分からないまま『もっと近づきたい、〝特別〟になりたい』と願ってしまうものです。モニカ・ベルッチ主演の『マレーナ』はご存知ですか?」
映画のタイトルを出され、亮平は頷く。
「マレーナは確かに魅力的な女性でしたね。……そして哀れな女性だ」
……やばい。あとで配信にないか探さないと。私だけ蚊帳の外だ。
映画好きを自称しているけれど、すべてを見ているわけじゃない。
「朱里が彼女のようとは言いません。ですが男は美しい女性を見ると、本人がどんな人か知らずに『自分のものにしたい』と願ってしまう面を持ちます。亮平さんだけを責めているわけではありません。今言っているのは、彼女に魅力を感じた男性全員に言える事です」
その映画を見た事はないけど、尊さんの言葉で何となく内容は察した。
「若く美しい女性を求める気持ちは、美しい絵画を欲する思いと似ています。作品ばかりに気を取られて家庭や仕事を疎かにすれば、その絵は争いの元になるでしょう。絵画は何も悪くないのに、『人を魅了する呪われた絵』と言われるのです」
そう言われ、亮平は少し考えたあとに溜め息をつき、頷いた。
「……そうかもしれない」
二人の話を聞きながら、私は「不思議だな」と感じていた。
最初、尊さんは敵対心バチバチだったのに、今は亮平に真剣に向き合っている。
私の継兄だからといって事なかれ主義で誤魔化さず、思った事をストレートに言うけど、〝敵〟としてやっつけない。
きっと亮平を〝話の通じる相手〟だと信頼して、ちゃんと話し合い、分かり合おうとしているんだと思う。
(私の継兄だから、今後のためにも、きちんと関係を構築しようとしているのかな)
そう思うと恥ずかしくなってきた。
亮平は私を拉致したし、今まで継兄の立場を利用してセクハラ……ともなんとも言えない事をしていた。
きっと尊さんは、私の恋人として怒りを抱いているだろうし、ビシッと言ってやりたい気持ちがあると思う。
でも結婚すれば尊さんと亮平は義兄弟になるし、私と継兄の微妙な関係を第三者として丁寧に解きほぐし、わだかまりをなくそうとしてくれているんだと思う。
ここで亮平を言い負かすのは簡単だけど、そうすれば結婚したあとに仲良くやっていくなんて、夢のまた夢になる。
彼は前にこう言っていた。
『自分の家族仲が壊滅的な分、朱里のご家族とは仲良くやっていきたいな』
(……大人だな……)
尊さんにそう伝えれば、彼はいつものように皮肉っぽく笑って『怜香に鍛えられたから』と言うんだろう。
(私は尊さんを、人の痛みが分かる優しい人だから好きになった。……だから私も、彼に似合う大人の女性にならなきゃ)
ちょっと前まで私は車の中でプンプン怒って駄々をこねていたけれど、「あれは良くなかった」と反省した。尊さんといると、そう思わされる事が多くある。
そう考えている間にも、亮平は思いだすように自分の気持ちを打ち明けていた。
「……確かに俺は実家にいた時も、朱里の気を引きたくて彼女ばかり見ていた気がします。でも美奈歩と差を付けてはいけないと思って、プレゼントする時は気を遣っていました。……それでも分かるもんなんですね、きっと」
「女性は何歳でも〝女〟ですからね。血の繋がった兄妹でも、〝お気に入り〟を他者に譲りたくない気持ちはあるんですよ。むしろ、他に替えがいない唯一無二の〝兄〟だから〝他の女〟に近づけたくないんでしょう」
尊さんの言葉を聞き、亮平は溜め息をつく。
「……美奈歩とちゃんと話し合わないと」
「そうする事をお勧めしますよ。……彼女さんは?」
尊さんに尋ねられ、亮平は溜め息をつくと髪を掻き上げる。
「秋に別れました。……それも、朱里の事ばかり考えていたのを見透かされて、『気持ちが私にない』と言われました」
「その他の面では、いいお付き合いができていましたか?」
「……そうですね。穏やかでいい|女性《ひと》でした。趣味も似ていて、笑うところも同じ、たまに刺激がほしくなるけど、いい付き合いはできていたと思います」
「復縁できないですか? 掛け違えたボタンを直せば、やり直せる気がしますけど」
いつの間にか、彼らは険悪だった空気はどこかへ、真剣に話し合っている。
「結婚するなら、些細な事で一緒に笑える人が一番だと思いますよ」
「そう……、かな」
亮平は自信なさげに言い、ポケットに手を突っ込んで溜め息をつく。
コメント
2件
これから家族になるから、慎重に進めてるけど、尊さんはもう攻略おっけー👌だと思われる👍 ̖́-( ≖ᴗ≖)ニヤッ
ほんとは殴ってやりたいくらいだったと思う。 でも亮平も我慢して自分を抑えてきたと、そこはわからなくはないと尊さん思っているのかも。 もちろん1番は朱里ちゃんのためだけどね。