一度アディクと別れ、自宅に戻る。イーリスは帰るなり工房で魔法薬の精製に勤しんでいたようで、家の中を薬品の香りが漂っていた。
飛空艇の仕事で持ち込んだものは殆ど使い切ってしまい──他の冒険者に分けたりもしたので──、材料のある分だけストックを作っている最中だ。
「ただいま。イーリス、ちょっといいか?」
「あ、おかえり。どうしたの」
「帰り道にアディクと会ってな。飲みに誘われたんだが、君もいっしょにどうかと思って。気分じゃないかもしれないが、久しぶりに話でもしたいそうだ」
イーリスはちらっと机にある魔法薬を振り返る。一瞬悩んだようだったが、「すぐに片づけるよ」と返事をした。それから十分もしないうちに二人は家を出てギルドまでの道を歩く。少し冷たい風が吹いて、ローブの裾が揺れる。
「外、寒いね。……そういえば、さっきまでどこ行ってたの?」
「ちょっと頼まれていた仕事に。その帰りでアディクと会ってな」
「あの人、いつも忙しそうだよねえ」
ギルドのまとめ役として、日々多くの問題に取り組みながら、大して目も通されない王室向けへの報告書を作製し、憲兵との連携も行ってギルド内の治安管理にも携わっている。もっと人を雇えれば違うのだろうが、如何せん、冒険者志望は多いが、ギルドで働きたいと言う人間は非常に少ない。あまりの多忙ぶりを、アディクや他の面々を見て察してしまうのだ。
「たまの休みに顔を合わせても、あまり体調がよく見えない。いつか倒れそうなのに、案外そうでないところが、余計に負担を掛けている気がするよ。周りは『まだ大丈夫そうだ』くらいにしか思ってないのかもな」
ここ最近にいたっては、アディクも異様なまでの忙しさに殺されそうになっていることだろう、と哀れむ気持ちが湧く。飛空艇では大勢が犠牲になったうえ、乗客は『管理がなっていない』、『冒険者たちの警護が不十分だった』と文句ばかりを口々に言うのだ。それが立場如何に関わらず、どこでもよくある話だった。
「……ま、今回は騒ぎの大きさの割に、まだマシだ。私はともかく、エルヒルト大商団を敵に回して、今後に大きな影響が出てしまうのを恐れる連中は多い」
「どこまでいっても、あの人たちはそういう感じだなあ」
自分も権力を持っていたら、そうなってしまうものなんだろうか。と、もともと貧しくて小さい村の出身であるイーリスは少し複雑な気持ちだった。
「名前に誇りを持っていたのは昔の話だ。今はいかに効率よく金を稼ぎ、誰より自分が立派だと着飾るほうが大切なんだろう。それを思えば、エルヒルト公爵家はずいぶんと立派なものさ。ティオネだけでなく兄妹全員があんな感じだから」
たわいない話をしながら、気付けばギルドの近くまで来た。相変わらず道は行き交う人々で多いが、その中でアディクは冒険者でないからか、至って真面目な服装が逆に目立っている。彼が手を振ったのを見つけて、ヒルデガルドも小さく手をあげた。
「すみません、この時間は出入りが激しくて。近くに良い酒場があるんです。さっそくいって、話はそこでゆっくりしましょう」
アディクの案内を受けて向かった酒場は非常に小さく、まだ出来たばかりだと言うのが分かる外観の新しさと客の出入りの少なさに、落ち着いた雰囲気を感じられる。ゆっくり話すのにはちょうどいい場所だ、と彼は話した。
店内も質素で、席の数も少なく、ただ、メニューだけは凝っている。「味も良いんですよ、保証します」と、アディクは店の主人が知り合いであるのを伝えて、不安な要素をひとつずつ優しく消していく。
「なんでも注文していいの?」
「もちろんですよ。私の奢りですから」
「フ、ではありがたく」
メニューの横には店主の女性が料理のイラストを描き加えていて分かりやすく、どれも目移りしてしまうくらい興味を惹かれた。最終的にオススメを聞いて頼む流れになり、先に届いた酒をちょっとずつ飲みながら待った。
「飛空艇での件は、既に聞きました。お二人共大変でしたね」
報告を受けたとき、あまりの衝撃に、何も考えられなくなったとアディクは寂しそうな顔をする。たくさんの仲間を送り出して、今回も万全だろうと思っていた矢先の出来事だった。帰ってこなかった仲間たちを想うと悔しい、と。
「かなり強力な魔物たちも現れたそうですね。ロード級のコボルト二体に、クリスタルスライムまでいたとか。並の冒険者たちでは歯が立たない危険な状況だったと聞いています。よく……その、ご無事で帰ってきてくださいました」
ヒルデガルドは、頭を下げるアディクに、首を横に振った。
「私は、ただ帰って来ただけだ。期待に応えてやれなくて申し訳ない」
「そんな。皆さんがいたから、あれで済んだのです」
「……どちらにせよ、褒められる話ではないさ。依頼だったんだ」
控えた言葉を並べるヒルデガルドに、アディクはそれでも彼女たちがいてくれたおかげだから、と強く押して、そのうえで言った。
「お二人の活躍は報告書でも、他の冒険者からも聞いています。あなたたちがいなくては、とても生き残れなかったと。そこで、お二人に会ってみたい、と、ある方々から申し出がありまして。……会って頂けますか、ヒルデガルドさん?」