「……クレハお嬢様?」
「えっ、ジェフェリーさん!?」
「すみません……話し声がしたものでつい」
探しに行く手間が省けたと言っていいのだろうか。私たちに声をかけてきたのは庭師のジェフェリーさんだった。
庭の真ん中であれだけ騒いでいたのだから、相手側に気づかれてしまってもなんら不思議ではなかった。でもジェフェリーさんの場合は、仕事に集中している間は周囲の雑音を完全に遮断してしまう。だから彼の方から出向いてくれたという、この展開はとても意外だった。
「賑やかにしてすみません。お仕事の邪魔をしてしまいましたか?」
「そんなっ……邪魔だなんて滅相もない。お嬢様のお元気な姿が見られて……俺、嬉しくて……」
ジェフェリーさんの声が震えている。語尾も尻すぼみになり、鼻をすするような音が混じり始めた。
「ジェフェリーさんにもたくさん心配をかけてしまいましたね。でも今は見ての通りです」
私は力強く胸を張った。ジェフェリーさんを安心させるため……元気であることをアピールするためにしたポーズだったのだけど、それが裏目に出てしまった。ジェフェリーさんの切れ長の瞳からはらはらと雫が滴り落ちる。オーバンさんに続いてまたしても成人男性を泣かせてしまった。
「お嬢っ、さま……ほっ、本当に……よく帰って来て、下さいました……」
嗚咽を漏らしながらも喋り続けるジェフェリーさんの姿に胸が締め付けられた。彼だって大変だったはずなのに、私のことばっかり気にして……
「姫さん!?」
「クレハ様!! どうなさったのですか!!?」
視界がぼやける。いつの間にか、私の瞳も涙が溢れそうになっていたのだ。
もともと感情を内側に押し込めるのが苦手な性分なのだ。オーバンさんとジェフェリーさんが、周りの目などお構いなしに思いの丈をぶつけてくれるものだから、つられてしまったのだろうか。張っていたものがぷつりと切れたような感覚が体に走った。
私まで泣き出してしまったので、リズとルイスさんが慌てだした。平気だからとふたりを制する。涙の理由は悲しさや苦しさではない。しゃくり上げそうになってしまうのを堪えながら私は言葉を発した。
「ただいま……戻りました」
中庭で大泣きをしてしまったジェフェリーさんと自分は、互いに落ち着くのを待ってから本題に入ることにした。私はリズに背中をさすられながら乱れた呼吸を整える。
「お嬢様にお会いできて嬉しかったとはいえ、なんて事を……」
感情が昂って無礼なことをしてしまったと、ジェフェリーさんは青褪めた顔をしていた。更に羞恥もあったようで、青くなっていた顔はしばらくすると赤色に染まった。
「心中お察し致します。私たちしか見ていませんから安心して下さい。それに、クレハ様はこのようなことでお怒りになる方ではありません」
「でもまさかリズのお父さんと同じ展開になるとは思わなかったよね」
先にオーバンさんの号泣を見て耐性ができていたせいか、ふたりともジェフェリーさんの行動にそこまで面食らってはいない。ルイスさんなんてオーバンさんの時点で楽しそうだったものね。どちらかといえば、私が釣られ泣きした方に狼狽えていた。
「えっと……こっちの方は? 初めて見る顔だけど、セドリックさんと同じ服装ってことは軍の人ですよね」
ジェフェリーさんがルイスさんの存在を指摘した。ようやく落ち着いて周りの様子を確認することができたようだ。
「そう。俺はルイス・クラヴェル。王太子殿下に仕えていて、今は姫さん……クレハ嬢の護衛をしてる。よろしくね、ジェフェリーさん」
ルイスさんは和かに挨拶をした。その様子はジェフェリーさんにとても好意的に見えた。ルイスさんを始め、『とまり木』の人たちがジェフェリーさんに対してどのような態度を取るのか気掛かりだったので安心した。
「あなたも殿下の……。こちらこそ、俺のせいで捜査にかなり迷惑をかけたみたいで、すみません」
「俺相手にそんな畏まらなくていいよ。歳も近いんだしさ。敬語も必要ないから気楽に話して」
「えっ……? いや、そんなわけには……」
「いいから、いいから。ジェフェリーさんは確か19歳だったよね? 俺は20。うちの隊は人数も少ないし、一部を除いて似たような歳のやつらばっかりなんだよ。だから気兼ねなくさ……」
「いや、歳の問題じゃなくて立場的なその……」
ジェフェリーさんが戸惑っている。彼も私と一緒で人付き合いがあまり得意じゃない。私とジェフェリーさんは似たもの同士なのだ。だからこそ気が合ったともいえる。
「ルイスさん、ジェフェリーさんのこと気に入ったみたいですね」
「えっ?」
「さっきルイスさんが言ってましたよね。レオン殿下はクレハ様の味方には優しいと。あれってご本人にも言えることなんですよ。クレハ様のことがお好きな人には親近感が湧いてしまうのです」
『もちろん、自分もです』と、こっそり耳打ちでリズが話してくれた。ジェフェリーさんが一度は捜査対象に上がった人だということを考えると、ルイスさんが警戒を解くのが早いとは思った。でもそんな理由があったの? 私のために涙を流すジェフェリーさんの姿は、ルイスさんから見てかなり印象が良かったようだ。
「みんな過保護なんだから……」
照れ臭くてそっけない物言いになってしまったけれど、こんなにも自分の事を思いやってくれる皆の気持ちが嬉しい。
「それにしても、お屋敷の中ですら専属の護衛が付きっきりなんて……。王太子殿下は噂の通り、お嬢様をとても大切にしておられるのですね」
「そりゃもう。ベタ惚れっぷりが面白いほどだよ」
ルイスさんの話を聞いてジェフェリーさんは『良かった』と噛み締めるように何度も呟いた。せっかく落ち着いたのに、このままだと彼はまた泣き出してしまいそうだった。昼食までもうあまり時間がない。ジェフェリーさんの涙腺が再び決壊してしまう前に、私たちのお願いを聞いて貰うことにした。
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