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久々に顔が見れて嬉しいような、複雑なような……なんとも言えない気持ちが押し寄せる。
俺の知る原田は、明るくてバカで、優しくて。
そんな原田が昔と同じような明るい笑顔で、俺を見ていた。
眉を下げて笑い、ふたりに近づいた俺は、席に案内しようとしていたバイトとかわった。
「ほら、見間違いじゃなかったでしょ?
やっぱり原田くんだったって湊に言いたくて」
胸を張る若菜に「はいはい」と言い、ずっと笑顔の原田に目を向ける。
「久々だな。この近くで仕事してたんだ?」
「おお。ずっと大阪勤務だったんだけどさ。
この4月に異動で東京戻ってきたんだ」
「へー、大阪行ってたんだ」
言いながら俺は若菜と原田を窓際の端の席に案内し、テーブルにメニューを置いた。
「今日仕事が早く終わってね。
帰ろうと駅に向かってたら、向いから原田くんが歩いてきてびっくりしちゃった。
慌てて声をかけて―――それで湊がいる!って、ここに引っ張ってきたの」
「いやーびっくりした。
偶然多田さんに会ったのも、清水がシェフ?になってたのも」
席についた原田は、笑いながら俺のことをまじまじと見る。
「シェフじゃねーし。ただの社員だよ。
まぁ今日は腕をふるってやるよ。再会した記念に」
「あっ、湊のつくるごはんおいしいよ!
私が保証するから」
若菜が笑って口をはさみ、原田は意外だと言わんばかりに「へー」とまた俺を見る。
「えっと、注文なんにする?」
若菜がメニューを広げ、それを覗く原田からは再会を喜んでいるのが感じ取れる。
若菜が俺のつくる料理をほめてくれたのはちょっと嬉しかったけど……。
俺はまたすこし複雑な気分になった。
「じゃーな、ごゆっくり」
言ってキッチンへと戻り、すこしして入ってきた若菜たちのオーダーを見る。
白のボトルワイン。
これは問題ない。
合鴨のサラダ、ムール貝のグリル、牛ほほ肉の煮込み―――。
(これ……食えんのかよ)
俺はフロアに目を向け、楽しそうな若菜を見てため息をつく。
合鴨はなんとかいけるかもしれないけど、ムール貝はムリだろうし……牛ほほ肉の煮込みは微妙なところだ。
若菜が食べられるのか怪しいオーダーに、俺はあいつが好きな白身魚のソテーを勝手に注文に加え、料理を作り始めた。
一品、二品としあげていく中で、何度かふたりのテーブルにも目を向ける。
こちらからは若菜の横顔がぎりぎり見えるか、といったところ。
だけど若菜の向かいに座る原田の顔はよく見える。
優しい笑顔の原田が、若菜と再会してなにを思っているのか。
人懐っこい笑顔と、ときおり見える大人びた微笑みからは、俺には読み取ることができなかった。
若菜のテーブルの料理を全部仕上げて、ほかのテーブルから入ったオーダーにとりかかった。
その間もちらちらと若菜のテーブルを見ては、小さなため息がこぼれる。
胸の奥がちりちりとするのは、俺もあのテーブルに座って、昔話に花を咲かせたいと思っていからだろうか。
今仕上げた料理で入っているオーダーが終わりになると、俺はキッチンから出た。
若菜のテーブルは和気あいあいとしていて、離れていても楽しい雰囲気を感じる。
若菜が俺が出てきたことにすぐに気づき、ほろ酔いの赤い顔で笑った。
「湊!白身魚のやつ頼んでないよー!食べちゃったけど」
「びっくりしたよ、あれって清水のサービス?」
原田も俺を見て笑って言う。
俺は腰に手をあてて、ふたりを交互に見た。
「まーそれくらいはサービスしてやろうかなって思って。でも次はないから」
「おー、サンキュー!まじでどれもうまかったよ」
原田は人のいい笑みで若菜を見た。
若菜も「ありがとう」と笑って嬉しそうにしている。
それを見ると、くくすぶっていた痛いような苦いような気持ちが、ふっと萎えた。
……まぁいいか。若菜がこうして楽しそうならそれで。
それから一時間ほどして、若菜たちがテーブルを立ったのが見えた。
見送ってやろうと、バイトに指示をだしてキッチンを離れる。
若菜たちは俺を見ると、「ごちそうさまー」とまた笑った。
「じゃあね、湊。がんばんなさいよー」
「おい、何様だよ、言われなくてもがんばってるよ」
「ははは、そうだねー」
若菜は昔より強くなったが、アルコールはそこまで強くない。
結構酔っている若菜を見て、すこし心配になった俺は原田に言った。
「悪い。
こいつひとりで帰れるか心配だから、ちょっとタクシーに乗せてやって」
「えっ、私電車で帰れるよ」
すぐに若菜は抗議したが、原田はいやな顔ひとつせず頷いた。
「おー、わかった。俺送って帰るわ」
その言葉に、心の奥がじりっとしたが、そうなるように仕向けたのは俺だ。
「あぁ、悪いな。頼む」
「了解!
じゃあありがとな、また来るよ」
「えー、私ほんとに大丈夫なのに」
若菜はぶつぶつ言いながら店のドアをあけた。
その背中を見ていると、原田が振り返る。
「……なぁ清水。今度は俺ひとりでくるわ。
お前に話したいことがある」
短くそれだけ言うと、原田は笑顔をおいて若菜のあとを追っていった。
バタンとドアがしまり、ガラス戸のむこうのふたりがあっという間に見えなくなる。
俺はすぐキッチンへ戻った。
オーダーが新しく入ってきている。
それを眺めながら、さっきの原田の言葉が頭の中をぐるぐるとまわっていた。
翌週の水曜日。
午後12時10分を過ぎたころ、バイトの水瀬が俺のところに来た。
「清水さん、今日も来ましたよ。あの幼なじみさん!」
楽しそうな水瀬の声をスルーして、俺はフロアのほうを見る。
バイトのひとりが、若菜をテーブルに案内しているところだった。
「お前、毎回毎回、あいつがくると報告してくるけど、べつにいーよ」
俺と若菜が幼なじみだとわかってから、水瀬は若菜が来ると逐一言ってくる。
呆れたように言えば、水瀬は心外だといった顔をした。
「なに言ってるんですか。
あの人が来るのを楽しみにしてるのは、ほんとは清水さんのくせに」
「別にそんなこと思ってねーし。
ほら、それよりこれ、21卓もってけ!」
水瀬に言えば、いつもこの調子だ。
俺は相手にせず、仕上げたばかりのハンバーグを水瀬に手渡すと、腑に落ちないようでも、「はーい」と言ってフロアに出て行く。
(あの人が来るのを楽しみにしている、か)
水瀬にはああいったけど、本当はあいつが言っているのはあながち間違いでもない。
若菜が近くにいると思うと張りもあるし、俺の作るものを食べていると思うと素直に嬉しい。
それはやっぱり、若菜が若菜だからだ。