テラーノベル
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渡辺は涙を拭き、深呼吸を一つする。
「……まだ。」
小さく呟く。
「俺は、男に戻ることを諦めたくない。」
阿部と深澤は顔を上げた。
「先生たちが何か試したいなら。」
渡辺は苦笑する。
「もうモルモットでも何でもいい。」
「可能性が一つでもあるなら。」
「全部試してほしい。」
渡辺は二人を見た。
「行ってくる。」
「……うん。」
「待ってる。」
看護師に付き添われながら病室を出ていく背中は、小さく見えた。
ドアが閉まる。
その瞬間、病室は驚くほど静かになった。
___________
その日のうちに渡辺は戻ってこなかった。
何の連絡もない。
「長いね……。」
阿部が時計を見る。
深澤も不安そうに頷く。
「検査だけじゃないのかもな。」
二人とも落ち着かず、病室を何度も歩き回った。
そして夜。
病室のテレビでニュースが流れた。
『芸能事務所所属タレントを巡る健康被害について』
『事務所が会見を開き、一連の事件を公表しました。』
二人は思わずテレビへ駆け寄る。
会見では、事件そのものが公表され、捜査中のため被害者の名前などの詳細は伏せられたものの、所属タレントが被害を受けたことが説明されていた。
「……とうとう。」
深澤が呟く。
「世の中に知られたな。」
阿部はテレビを見つめたまま動けなかった。
もう後戻りはできない。
その現実だけが重くのしかかる。
不安は、限界を超えていた。
___________
「……寝れない。」
深夜。
阿部がぽつりと言う。
「俺も。」
深澤も苦笑した。
静かな病室。
気を紛らわせようと、深澤が突然話し始める。
「ジュニアの頃さ。」
「あの楽屋でみんなでプリン味のカップ麺食ったの覚えてる?」
「ああ。」
阿部も笑う。
「なんとも言えない味だったよね。」
「でも楽しかった。」
思い出話は止まらない。
あの仕事。
あの失敗。
初めて立った大きなステージ。
気づけば二人は笑ったり泣いたりを繰り返していた。
そのうち深澤が突然立ち上がる。
「歌う?」
「え?」
「持ち歌全部。」
「全部!?」
「全部!」
阿部も吹き出した。
「もうどうにでもなれ。」
二人は小さな声から始めたはずなのに、いつの間にか本気で歌っていた。
一曲終われば次。
また次。
途中で笑って歌えなくなる。
かと思えば突然泣き出す。
「めめぇぇ……。」
阿部が恋人を思い浮かべて大泣きすると、
「照ぅぅぅ……。」
深澤も負けじと涙を流す。
「会いたいよぉ……。」
「俺もだよぉ……。」
有名人用の一般病棟とは離れた病室だったこともあり、二人は周囲を気にする余裕もなかった。
泣いて。
笑って。
歌って。
また泣いて。
気づけば二人とも力尽きるように眠ってしまった。
___________
翌朝。
病室のドアが静かに開く。
阿部がぼんやり目を開けると、そこには渡辺が立っていた。
「……翔太。」
渡辺は静かに病室へ入ってくる。
その姿を見た阿部と深澤は、一瞬言葉を失った。
渡辺にも身体の変化が現れていた。
しばらく沈黙が続いた。
すると渡辺が自分の顔を両手で触りながら言った。
「……よかった。」
「え?」
「美人で。」
阿部と深澤は顔を見合わせる。
渡辺はどこかふわふわした笑顔を浮かべている。
「鏡見たけど。」
「思ったより悪くない。」
「いや、むしろ結構好きかも。」
深澤が小声で阿部に囁く。
「……現実逃避してない?」
「……たぶん。」
渡辺は気にせず続ける。
「夏になったら水着着てプール行きたい。」
「色々なメイク用品もいっぱい試したい。」
「髪伸ばしたら似合うかな。」
話題が次々変わる。
阿部と深澤は一晩ほとんど眠れていない。
目の下には濃い隈ができ、鏡を見なくてもひどい顔なのが分かる。
渡辺はそんな二人を見ると、急に吹き出した。
「二人とも。」
「ゾンビみたいな顔。」
「誰のせいだと思ってるの。」
阿部が力なく返す。
「あのさ。」
渡辺が急に目を輝かせる。
「あべちゃん、お願いがある。」
「何?」
「一緒に歌いながら、『Cry out』踊って。」
阿部はしばらく無言だった。
「……朝ご飯食べてからでいい?」
その返事に、深澤は思わず吹き出した。
張り詰めていた病室に、久しぶりに三人の笑い声が響いた。
ピノ
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コメント
1件
久しぶりに三人の笑い声が聞こえて、安堵しました。渡辺さんが自分の変化を受け入れ始めたような「美人で」「結構好きかも」という言葉には、胸が熱くなりました。逃避かもしれないけど、それが彼なりの一歩なんだろうな。現実と向き合う準備ができたっていうか。阿部くんと深澤くんが夜通し歌って泣いたエピソードも、仲間の絆が伝わってきてよかったです。続きが気になります。