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18話 「憎悪の行方」───in 診察室
雫「次の方、どうぞ〜」
ガラッ。
患者「……失礼します。」
雫「はい。どうぞ、こちらへ。」
患者が椅子に座る。
雫「本日はどうされましたか?」
患者「……腕が、痛くて。」
雫「いつ頃からでしょう?」
患者「数日前からです。最初は少し痛む程度だったんですが……今は、ほとんど動かせなくて。」
雫「そうですか。少し診せてくださいね。」
雫は患者の腕に触れる。
雫「…………。」
指先で状態を確かめる。
雫「……妙ですね。」
患者「やっぱり、何かおかしいですか?」
雫「ええ。」
雫「痛みがある場所と、身体の反応が合っていません。」
雫「それに……血管が正常に通っているような感覚がしません。」
患者「…………。」
雫「何か、心当たりはありますか?」
患者「……あります。」
雫「お聞かせください。」
患者「この前、街を歩いていたら……知らない男に声をかけられたんです。」
雫「男に?」
患者「はい。」
患者「腕が痛いのかって聞かれて……そうだって答えたら。」
患者「『治してあげる』って。」
雫「…………。」
患者「それで……腕を貸したんです。」
雫「その後は?」
患者「…………それが。」
患者「よく……覚えてなくて。」
雫「…………。」
患者「気づいたら、腕がおかしくなっていました。」
雫はしばらく患者を見つめた。
雫「……最近、同じような症状の方が増えています。」
患者「俺だけじゃ……ないんですか?」
雫「ええ。」
雫「記憶が曖昧になっている。」
雫「身体の一部に異常がある。」
雫「そして……何をされたのか、ご本人にも分からない。」
雫「とても不自然です。」
患者「治りますか……?」
雫「治します。」
雫は優しく微笑む。
雫「少なくとも、私にできることはしますから。」
患者「……ありがとうございます。」
雫「こちらこそ。来てくださってありがとうございます。」
患者が診察室を出ていく。
ガラッ。
雫「…………。」
静かになった診察室。
雫はカルテを閉じる。
雫「……また一人。」
雫「最近、本当に増えましたね……。」
雫「一体、何が起きているのでしょう。」
───
しばらくして。
雫「……今日は、このくらいにしましょうか。」
患者は全員帰った。
雫は診察室を片付け、白衣を整える。
雫「…………。」
その手が止まる。
雫「……妙な気配ですね。」
雫「こんな感覚……。」
雫は静かに目を伏せた。
雫「……あの時以来でしょうか。」
───
雫「私は……最初から医師になりたかったわけではありません。」
「昔は、もっと普通の子供でした。」
───
幼い雫は、兄の後ろを歩いていた。
兄「雫、早く!」
幼い雫「……待ってよ〜!」
兄「遅いぞー?」
幼い雫「お兄ちゃんが速いだけだもん!」
兄「じゃあ、もう少しゆっくり歩くか!」
兄は笑いながら、雫の隣まで戻ってくる。
兄「なあ、雫。」
幼い雫「……なに?」
兄「お前ってさ、優しいよな」
幼い雫「……そうかな?」
兄「ああ」
兄「この前だって、転んだ子のところに真っ先に行ってただろ?」
幼い雫「泣いてたから…」
兄「ほら。」
兄は楽しそうに笑う。
兄「そういうところがお前のいいとこなんだよ」
兄「だからきっと、お前はたくさんの人を守れるよ。」
幼い雫「お兄ちゃんは?」
兄「俺?」
幼い雫「うん!」
兄「俺は医者になりたいんだ」
幼い雫「……医者?」
兄「ああ!」
兄「怪我した人とか、病気で苦しんでる人とか。」
兄「そういう人を助けたいから…そしたら世界のヒーローになれる!」
幼い雫「…………!世界のヒーロー…」
兄「いつか俺が医者になったらさ。」
兄「雫も手伝ってくれよ!」
幼い雫「……私も?」
兄「お前なら向いてるって!な?」
幼い雫「うん!手伝う!」
幼い雫「…たっくさんの人たち、守ろ!!」
兄「……!」
兄「おう!」
兄は嬉しそうに笑った。
兄「約束な!」
幼い雫「……うん!」
二人は並んで歩いていった。
───
雫「…………。」
雫は静かに目を開ける。
雫「兄は……いつも明るい人でした。」
雫「少し騒がしくて。」
雫「でも……誰かを助けることが大好きな人でした。」
雫「私は、そんな兄の背中を見るのが好きでした。」
雫「だから……。」
雫「兄が叶えられなかった夢を、私が叶えようと思ったんです。」
雫「一人でも多くの人を救う。」
雫「それが、私が兄から受け取ったものです。」
雫「…………。」
雫の表情が、僅かに曇る。
雫「……なのに」
雫「どうして……」
雫「どうして、あの人は……」
拳を握る。
雫「私の家族を奪ったんでしょうか…」
雫「父も。」
雫「母も。」
雫「兄も。」
雫「何も悪いことなんてしていなかった。」
雫「ただ、生きていただけなのに。」
雫「…………。」
雫「許せません…ッ…」
雫「とっても…憎いッ…」
雫「今でも……」
雫「何年経ってもこの怒りだけは消えません……」
雫「それでも……」
雫「医師になってから、私はたくさんの人を見てきました。」
雫「大切な人を失って泣く方。」
雫「身体を傷つけられて苦しむ方。」
雫「何が起きたのかも分からず、怯えている方。」
雫「そして今も……。」
雫「また誰かが、苦しんでいる。」
雫「…………。」
雫「私は……もう、これ以上見たくありません。」
雫「だから私は救います。」
雫「どれだけ憎くても。」
雫「どれだけ許せなくても。」
雫「私まで、その憎しみに飲まれてはいけない。」
雫「兄が残してくれたものまで……失いたくありませんから。」
───
夜。
雫は診察所を出た。
雫「…………。」
今日は少し遠回りをして帰ろう。
そう思って歩いていた。
けれど――
雫「…………。」
足が止まる。
雫「……嫌な感じがしますね。」
人通りの少ない道。
静かな夜。
雫「…………。」
何かに呼ばれるように、雫はその道を進んでいく。
数歩。
さらに数歩。
そして――
ズンッ!!
雫「───ッ!?」
地面が突然沈んだ。
雫は咄嗟に身体を捻り、その場から飛び退く。
スタッ。
雫「…………。」
目の前には、大きく沈み込んだ地面。
雫「……足を踏み入れた瞬間に、地面が沈んだ……?」
雫「(罠でしょうか……)」
その時。
暗闇から声がした。
??「……あれ〜」
雫「…………。」
??「避けたんだ〜回避したの君ぐらいだよ?」
雫が顔を上げる。
そこには、一人の青年が立っていた。
青年「やぁ」
雫「…………。」
青年「こんなところで何してるのかな?」
雫「……それは、こちらの台詞です。」
青年「俺?」
青年は首を傾げる。
青年「ただ歩いてただけさ」
雫「…………。」
その瞬間。
雫の背筋に、強烈な悪寒が走った。
雫「……ッ!」
雫「(何……この力……。)」
異能力者には、異能力者にしか感じ取れないものがある。
魔力。
そして、その者が持つ異能力の強さ。
目の前の青年から感じる力は――あまりにも強かった。
雫「(……強い)」
雫「(こんなに……感じるなんて)」
雫「(この……忌々しい力……)」
雫「(この人……只者ではなさそうですね。)」
青年「…………?」
青年は雫の様子を見て、少し笑う。
青年「どうかした?」
雫「…………。」
雫は一歩だけ距離を取る。
雫「……貴方」
青年「ん?」
雫「異能力者ですね」
青年の笑顔が、一瞬だけ止まった。
青年「…………。」
青年「……へぇ」
青年「分かるんだ?」
雫「まぁ私もですから───」
青年「わぁじゃあ異能力者と出会ったのか〜」
雫「…………。」
青年「嬉しいなぁ…」
雫「…………。」
雫は答えない。
ただ、青年を警戒する。
雫「そうですか。」
青年「んー」
雫「…………。」
青年は、ふと雫の顔を見る。
青年「ねえ。」
雫「……なんでしょう。」
青年「なんか、嫌なことあった?」
雫「…………。」
青年「言ってくれたら、俺が助けてあげるよ。」
雫「……助ける?」
青年「うん。」
青年は笑う。
青年「ほら、遠慮なく言ってごらん?」
雫「…………。」
その言葉を聞いた瞬間。
雫の瞳から、穏やかさが消えた。
家族を奪われた。
今も誰かが苦しんでいる。
そして目の前の男は、何も知らない顔で――
「助けてあげる」と言う。
雫「…………。」
雫「……そうですか。」
青年「?」
雫「では――」
カチャ。
雫の手元から、注射器を思わせる細身のナイフ型の武器が現れる。
青年「…………。」
ダンッ!!
雫が地面を蹴った。
一瞬───
目の前まで距離を詰める。
青年「……!」
雫の腕が振り上がる。
ヒュッ――!!
鋭い風切り音。
刃先が、青年の頭へ迫る。
青年「うおっ……!」
雫「…………。」
そして――
ドスッ!!
青年「っおぉ……すごい武器だね!」
雫「くっ!!!」
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一ノ瀬ルナ
10
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QuartoMew
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フユめん
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コメント
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第18話、読み終えました。雫さんの内面にここまで深く切り込む回だったんですね。兄との約束——「たくさんの人を守る」という原点があるからこそ、彼女が憎しみに飲まれずに医師として立っていられるんだなと感じました。それでも「許せない」という言葉が真実で、その二重性が痛いほど伝わってきます。最後に現れた青年の底知れない異能力の強さと、あの軽い口調が逆に不気味で……続きが本当に気になります。天羽さん、素敵な物語をありがとうございます。