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一ノ瀬ルナ
10
#日記
QuartoMew
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フユめん
380
第19話 「救済の行方」
ドスッ!!
青年の身体が、わずかに揺れる。
雫は武器を構えたまま、目の前の青年を見据えていた。
青年は自分の身体へ視線を落とし――
それから、何事もなかったように顔を上げる。
??「……へぇ」
口元には笑み。
??「結構、思い切ったことするんだね」
雫「…………」
??「まだ名前も名乗ってないのに」
少しだけ寂しそうに笑って。
??「悲しいなぁ」
雫「……あら」
青年「?」
雫「それは失礼いたしました」
青年「え?」
雫「私もまだ、あなたのお名前を伺っておりませんでしたので」
青年は一瞬きょとんとして――
ふっと笑った。
??「君見かけによらずあっさりしてるんだねぇ」
青年「改めて自己紹介するね神楽坂 仁」
「それが俺の名前」
仁「好きなように呼んでいいからね〜」
雫「……では、神楽坂さん」
仁「ん?」
雫「私も名乗っておきましょうか」
雫は武器を構えたまま、静かに告げる。
雫「雫と申します」
仁「雫ちゃん?」
雫「……そうですけど」
仁「いい名前だね」
雫「ありがとうございます」
少し間を置いて。
雫「……ですが」
仁「ん?」
雫「名前を知ったところで、あなたと仲良くするつもりはありませんので」
仁「…………」
仁は目を丸くする。
そして――
仁「俺とそんなに仲良くしたくないのか〜」
雫「何か?」
仁「いや」
仁「雫ちゃんって、思ってたより面白いなぁって」
雫「……」
雫「褒め言葉として受け取っておきます」
仁「ちゃーんと褒めてるよ?」
雫「そうですか」
雫「では神楽坂さん」
仁「何言いたいことでもあるの?」
雫「初対面の女性との距離感は、もう少しお考えになった方がよろしいかと」
仁「お説教とか初めて受けたなー」
仁「俺を叱ってくれる人がいたなんてね」
雫「………(やはりコイツは危険です……いつ攻撃を出してくるのか分からない……予測つかない…!)」
仁「ねえ、雫ちゃん」
雫「なんでしょう」
仁「何かあった?」
雫「…………」
仁「ずっと怒ってるでしょ」
雫「……そう見えますか?」
仁「俺にはわかるよ」
雫「でしたら、人の事情も知らずに決めつけるのは感心しませんね」
仁「感心できないのかぁ」
雫「…………」
仁「でも、苦しいんだよね?」
雫「…………」
仁「俺が助けてあげようか?」
雫の表情が変わる。
雫「……また、それですか」
仁「え?」
雫「『助けてあげる』」
雫「随分とお好きな言葉ですね」
仁「好きというより俺の言葉でもあるよ」
仁「だって、困ってる人を放っておけないから」
雫「…………」
仁「雫ちゃんも、苦しいんでしょ?」
雫「ええ」
仁「だったら、その原因をなくせばいい」
雫「…………」
雫は静かに息を吐く。
雫「……随分と簡単に仰いますね」
雫「人の苦しみを、まるで自分の持ち物のように扱って」
仁「…………」
雫「それで『救った』と仰るのでしょう?」
仁「そうだよ。でもさそれの何がいけないの?」
雫「…………」
雫「本当に、不思議な方ですね」
仁「よく言われる」
雫「褒めていません」
――その瞬間。
ダンッ!!
仁が地面を蹴った。
雫「――ッ!」
ガキィン!!
武器がぶつかる。
雫「くっ……!」
仁「ちゃんと周りを見なきゃあぶないよー?」
雫「あなたに心配される筋合いはありません!」
ヒュッ!!
雫が振り抜く。
仁「おっと」
雫「ふっ!!!!」
ダンッ!!
一気に距離を詰める。
仁「……!」
ガキィン!!
雫「はぁっ!!」
仁「すごいね」
雫「……余裕がおありですね!」
仁「だって」
仁は笑っている。
仁「雫ちゃん、ちゃんと俺を倒そうとしてるから」
雫「当たり前でしょう!」
仁「どうして?」
雫「…………」
雫の目が鋭くなる。
雫「あなたに苦しめられた人たちを、私は知っています」
仁「…………」
雫「家族も」
雫「患者も」
雫「あなたのせいで、苦しんだ人たちを」
雫「私は、この目で見てきました」
仁「そっか……」
雫「だから――」
雫「私は、あなたを…!!」
仁「……そう」
仁は穏やかに笑う。
仁「必死さが滲み出てるねぇ」
雫「…………」
その一言が、妙に癇に障った。
雫「……あなたは」
仁「ん?」
雫「本当に、人の神経を逆撫でするのがお上手ですね」
仁「それ褒めてくれてるの?笑」
雫「笑っている場合ですか!」
ダンッ!!
雫が踏み込む。
仁「――!」
ガキィン!!
雫「っ……!」
仁「雫ちゃん」
雫「なんです!」
仁「ちょっと怖い顔になってるよ」
雫「……!」
仁「いつもはもっと落ち着いてるのに」
雫「あなたに――」
雫「あなたに何が分かるんですか!!」
一瞬。
仁の笑顔が止まる。
雫自身も、言ってから気づく。
自分が声を荒らげたことに。
雫「…………」
仁「…………」
仁は少しだけ目を細める。
そして――
笑う。
仁「……ああ」
仁「そういう顔もするんだね」
雫「…………っ」
仁「ずっと見てみたかった」
雫「……気持ち悪い」
仁「そう?」
雫「ええ」
仁「でも、今の雫ちゃんの方が好きだな」
雫「…………」
雫「……本当に、最悪です」
ダンッ!!
仁の攻撃が迫る。
雫「――ッ!」
避ける。
だが、完全には避けきれない。
雫「くっ……!」
身体が大きく揺らぐ。
仁「雫ちゃん」
雫「……まだ!」
仁「もうやめた方がいいよ」
雫「嫌です!」
仁「無理しなくていいって」
雫「……まだ、動けます!」
仁「うん」
仁「でも、もう身体がついてきてないよ」
雫「…………」
雫は息を整える。
視界が霞む。
足元が安定しない。
――かなり危険な状態。
これ以上動けば、身体が持たない。
雫「…………」
仁「ね?」
仁「もう十分頑張ったよ」
雫「…………嫌です」
仁「どうして?」
雫「…………」
仁「雫ちゃん?」
雫「……私が」
雫は震える手で武器を握り直す。
雫「私が……決めたんです」
仁「…………」
雫「あなたを止めると」
仁「そっか」
仁「まだこの程度じゃ折れないか」
仁「見物だねぇ」
その言葉に、雫は歯を食いしばる。
雫「――ッ!!」
ダンッ!!
雫が飛び込む。
仁「……!」
ガキィン!!
雫「はぁっ!!」
仁「おっと」
雫「まだ……!」
仁「雫ちゃん」
雫「何ですか!」
仁「そんなに頑張ったら――」
仁「壊れちゃうよ?」
雫「…………」
その言葉に、一瞬だけ身体が止まる。
雫「……それでも」
仁「?」
雫「あなたを、止めます」
仁「…………」
仁は笑う。
「そっか」
――そして。
仁の一撃が、雫を捉える。
ドンッ!!
雫「――――ッ!!」
身体が大きく弾かれる。
ドサッ!!
雫「…………っ」
呼吸が乱れる。
身体に力が入らない。
雫「……っ、は……」
仁が近づいてくる。
仁「雫ちゃん」
雫「…………」
仁「もう、立てないんでしょ?」
雫「…………」
雫は腕に力を込める。
けれど――
身体が動かない。
雫「……まだ……」
仁「無理しなくていいよ」
雫「……嫌……です」
仁「どうしてそこまで頑張るの?」
雫「…………」
仁「雫ちゃん」
仁「もう、誰も責めないよ」
雫「…………」
仁「俺が全部、終わらせてあげる」
雫「…………」
その言葉を聞いた瞬間。
雫の意識が、遠のく。
そして――
脳裏に浮かんだのは。
兄の笑顔。
何気ない日。
何でもない時間。
ただ、兄が笑っている。
雫「…………」
その笑顔を見つめるように、雫の表情が僅かに緩む。
雫「……兄さん」
――少し前。
結翔「……雫さん」
雫「はい?」
結翔「こんな事聞いたら失礼になるから…あんま聞かない方がいいとは思うんだけど…」
結翔 「ちゃんと休めてんですか」
雫「……!」
雫「結翔さんは感がとても鋭い方でしたね……」
雫「ほんと困りますね……」
結翔「なんか、誤魔化してね??」
雫「…………」
結翔「その……俺が言えるようなタチじゃないけど……全部、自分一人で背負わなくていいし」
雫「……ですが」
結翔「助けたいんだろ?」
雫「………!はい、それが私の役割でもありますから」
結翔「なら、その気持ちは捨てなくていい」
雫「…………」
結翔「ただ」
結翔は雫を見る。
結翔「どうするかは、雫さんが決めないとだろ」
雫「…………」
結翔「誰かに決めてもらう必要なんてないんだ」
結翔「助けるのも」
結翔「戦うのも」
結翔「諦めるのも」
結翔「全部、雫さんが選べばいい」
雫「……結翔さん」
結翔「ん?」
雫「……おかげさまで…少し楽になりました」
雫 「本当にありがとうございます…笑」
結翔「……!お礼なんていいのにな……大したこともやってねーし」
結翔は少しだけ笑う。
結翔「雫さんが自分で決めたならそれでいいと思うぜ??笑」
――現在。
雫「…………」
指先が動く。
ギュッ。
地面を掴む。
仁「……?」
雫「…………まだ」
仁「え?」
雫「……終わってません」
仁「雫ちゃん」
仁は困ったように笑う。
仁「もうやめよう?」
雫「嫌です……!!」
仁「もう身体、限界だよ」
雫「……分かっています」
仁「じゃあ、どうして?」
雫「…………」
雫は震える脚に力を込める。
グッ……。
仁「…………」
雫「私が……決めたからです」
ザッ。
一歩。
雫「あなたを止めると」
ザッ。
もう一歩。
雫「だから……」
雫は顔を上げる。
その目だけは、まだ死んでいない。
雫「最後まで、私の意思で戦います…!諦めたり引き下がったりなどしたくありません…!!」
仁「…………」
仁はしばらく雫を見る。
そして、穏やかに笑った。
仁「……あぁすごいな…人間の極限状態って」
仁「致命傷を負ってるのに……」
ダンッ!!
二人が同時に踏み込む。
雫「――――ッ!!」
仁「――ッ!」
ガキィン!!
雫「くっ……!」
ヒュッ!!
仁「……!」
雫は仁の動きを見る。
足。
肩。
重心。
呼吸。
一瞬の癖。
雫「…………ッ!!」
雫「……見つけました…!」
仁「───ッ!?」
雫「あなたの――」
雫の目が鋭くなる。
雫「隙です」
仁「――!」
ダンッ!!
雫が最後の力で踏み込む。
仁「ッ――!!?」
ドンッ!!
仁の身体が大きく揺れる。
そのまま――
ドサッ。
倒れる。
雫「…………」
荒い呼吸。
雫「……はぁ……」
仁は動かない。
雫「…………」
雫の身体から力が抜ける。
ガクッ。
膝をつく。
雫「…………終わった……」
しばらく仁を見つめる。
雫「……これで……」
小さく息を吐く。
雫「…………」
――その瞬間。
ザッ。
足音。
雫「…………?」
ザッ。
もう一度。
雫がゆっくり振り返る。
そこには――
仁が立っていた。
雫「…………」
仁「…………」
仁は服についた埃を払う。
仁「あーあ」
仁「やっぱり、立てなくなっちゃったね」
雫「…………な」
声が出ない。
仁「雫ちゃん?」
雫「……あなた……」
雫の瞳が揺れる。
雫「……倒れた……はずでしょう……?」
仁「うん」
仁は穏やかに笑う。
仁「倒れたよ?」
雫「…………」
仁「俺、わざと負けたから」
雫「…………っ」
仁「だって」
仁はしゃがみ込む。
仁「雫ちゃんが、どこまで頑張れるのか見てみたかったんだ」
雫「…………」
仁「ちゃんと最後までやり抜いたね…」
仁「すごかったよ」
雫「…ッ…何を…!」
仁「でも」
仁は動けない雫を見る。
仁「もうダメかぁ」
雫「…………」
仁「それもそうか…君の体じゃその出血量だと死んじゃうもんね」
仁は笑う。
まるで本当に心配しているような、優しい笑顔。
仁「じゃあ――」
ゆっくりと、手を差し出す。
仁「今度こそ、俺が助けてあげる」
雫「…………」
雫はその手を見る。
そして、僅かに首を振る。
雫「……い、嫌です…死んでも…絶対に……ッ!」
仁「嫌われていることは知っていたけど……」
仁「そこまで拒絶されるとはなぁ…」
雫「…………」
仁「でも」
仁は笑ったまま。
仁「雫ちゃんが嫌だって言っても」
仁「苦しくなくなるならその方がいいだろう?」
雫「…………」
その言葉に、雫は何も返せない。
ただ、仁を睨む。
仁はそんな雫を見て――
優しく笑った。
仁「大丈夫」
仁「俺がちゃんと、助けてあげるから」
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コメント
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第19話、読み終えました……! 雫さんの「私が決めたから」という台詞、すごく胸に響きました。誰かに決めてもらうんじゃなくて、自分の意思で立ち上がる——その強さが滲んでいて、かっこよかったです。 それに対して仁さんの「わざと倒れた」にはゾッとしました。あの優しい笑顔が一番怖い……。 最後の「助けてあげる」も、救いなのか呪いなのか、読んでいて複雑な気持ちになりました。 次が気になります……!