テラーノベル
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大きな犬がずっと尻尾を振りながら、ソファに座ってじっと僕を見ている。犬種で言うなら、ボルゾイとかあのあたりの、シュッとしたかっこいい犬。無表情で無言のくせに眼力はすごいし、見えるはずのない尻尾がブンブン振れているのが見えてしまうから、こっちも気になって仕方ない。
「もうそろそろ、休憩の時間ですか?」
「……そうですね。そうでした」
半ば強制的に、デカい犬によってソファまで運ばれる。
パソコンを見すぎると目が悪くなるとか、姿勢が良くないとか、僕の体を気遣いながらマッサージをしてくれる。ああ、気持ちいい……このまま眠ってしまいたい。
「久しぶりですね、こんなにゆっくり触れ合うの」
「そうですね。ごめんなさい、この間の休みは一緒にいられなくて」
「ううん。俺は、ゆうたさんが元気でいてくれたらそれでいいんです」
いつきさんに促されるまま体を起こすと、ソファに寝転んだ彼の上にそのまま乗せられた。
これ、倉庫でもやらされたけど……僕、今完全にいつきさんの「お布団」になってない?
「……かわいい。なんか、ドーナツみたいな匂いがしますね」
「朝、パンケーキを食べました。その匂いが残ってるのかな」
なんだ、この会話。
何年も仕事して、仕事して、仕事しかしてこなくて。少し前の僕には考えられなかった、甘ったるくて甘すぎる時間。
ああ、ダメだな。また仕事に戻りたくなくなっちゃう。
……すき。だいすき。
いつきさんの胸に耳を当てて、鼓動を確認する。
さっきよりドクドクという高鳴りが少し落ち着いてきた。とうとういつきさんの中でも、僕が「寝具」として認識されてきたのかな。
「……仕事、戻りますね」
「はい。俺も今日は帰ります。今度、ゆうたさんが疲れていない日に、お家へ遊びに来てください」
「……はい。ぜひ」
あー、寂しい。
初めて結ばれたあの日、毎日一緒に帰りたいと言われたけれど、結局まだ約束は果たせないでいる。元々仕事しかなかった僕にとっては、お店も家も結局は仕事場で、一人で経営していくにはまともな休みなんて取れないのが現実だ。
いつきさんもいつきさんで、あの夜、無理やりキスをしてしまった時のトラウマがあるのか、それ以来、無理には何もしてこない。
僕的には、こうやって三十分でも時間があるなら、二、三回は余裕でこなせるんじゃないかと思っているんだけど。……「可愛い方の僕」を崩したくなくて、なかなか「エロゆうた」を解放できずにいる。
あー、したい。
いつきさんの部屋で、あの大きなベッドで、めちゃくちゃにされたい。
服なんて剥ぎ取られて、シャワーも浴びずに汗だくで――。
「ゆうたさん? また『クリエイティブモード』ですか?」
「えっ!?」
「ゆうたさん、結構その顔して固まってますよ。前その顔したあと、デザイン描いてたから、何か思いついたのかなって」
あー……。また見当違いもいいとこだ。
僕、今いつきさんのことしか考えてない。いつきさんに犯されてめちゃくちゃにされることしか想像してない。
「あ、はは。そうなんだ……」
感情のこもっていない笑い方をしてしまった。全然可愛くなかった。
だいたい、「可愛い僕」って何なんだ。あの日、あんなに裏の自分を出しちゃったのに、今さらぶりっ子する意味なんてあるのかな。
「……よし! 俺、充電できたんで帰りますね。引き続き頑張ってください! あと、姿勢気をつけてくださいね」
「ふふっ、はい」
立ち上がって、玄関までいつきさんを見送る。
ねぇ、人の顔を見て「好き」かどうか当てられるんでしょ? 今僕が考えてることだって読み取ってよ。あんた、エスパーなんでしょ?
「じゃあ、また。連絡、待ってます」
「はい。また……」
名残惜しそうにしているのは伝わってくる。でも、僕の邪魔はしたくないんだろうな。
いつきさんのその優しさも尊重したい。……正直、今でも「僕なんかが彼を引き留めちゃダメだ」という思いは消えないから。いつきさんの本当の幸せは、僕じゃないはずなんだ。かといってセフレに成り下がるのは嫌だし、お互い好きなまま触れ合っていたい。
だから結局、僕の中で「ペット」という立ち位置が一番しっくりきてしまうんだ。
「うわぁ! こんばんは! 偶然ですね!」
「うわぁ……こんばんは」
展示会にお呼ばれして、店を閉めたある日の帰り道。
街をぶらぶらしているとしゅうとさんに遭遇した。向こうは嬉しそうに「うわぁ!」と言ってくれたのに、こっちは思わず「最悪だ」というニュアンスの「うわぁ……」が漏れてしまった。伝わっていないといいけど。
「ゆうたさん、ご飯食べました? 僕、まだなんです! 一緒に行きません?」
なんなんだ、このコミュニケーション能力のお化けは。
こないだは結構嫌なことを言ってきたし、また爆弾を喰らう可能性があるぞ。
「あ、僕、食べてきちゃって。ごめんなさい」
「じゃあ、BARで飲みましょ! 僕、おすすめの店があるんです!」
「えぇ~……」
有無を言わさず腕を引っ張られ、強引に連れていかれる。
なんで一度しか会ったことのない相手に、そんな距離感でいけるのか。謎だらけだ。
「でね、いっちゃん、毎日言うてるんです。『ゆうたさんが好きって言ってくれない! 絶対俺のこと大好きなのにぃ!』って」
「へぇ……」
……なんか、嫌だ。
そういう泣き言をしゅうとさんには言えるのに、僕には言ってくれないんだ。
「いっちゃん」っていう呼び方も嫌だし、自分の方が彼のことをよく知っているみたいな口ぶりも本当に嫌だ。
そういえばこの人、最初から僕にマウントを取ってきたんだった――。
萩原なちち
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