コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
私と直彦が、女王に文句を言ったそのあと。
女王は急に押し黙ったかと思うと、静かにこう言った。
「さて、直彦。余は貴様に、生きるチャンスを与えた。一度目は貴様の別荘。もう一度は今だ。そして問おう。妹分と小娘のために、余の配下となれ」
「は? 何を言っている。僕がお前に下るだと?」
女王は……直彦を殺さない道を提示してくれている?
「そうだな。もう一つ示してやろう。今後、魔物の全ては人間の一部しか殺さぬ。こうしようではないか」
「何が一部だ!」
「悪人しか殺さぬ。と言ったら?」
「戯言を! その区別を誰がするんだ。結局はお構いなしに殺すだけだろう!」
「余はどちらでも構わぬ。だが、小娘は貴様に死んでほしくないようだからな。このチャンスは小娘に感謝することだ」
「優香……。どういうことだ? 君はもしかして、魔物側に付いたと。そういう事か?」
「ち、ちが――」
「違うなら、こっちに来るんだ。僕の後ろに下がって、見ているんだ」
どうしよう?
私は、ユカとこの女王に、同情してしまった。
同じ女として、凄惨な行為を受けたなんて話を聞いたら……誰だってそうだ。
しかも女王は、ユカの心と魂が耐えられなくて生まれたに等しい。
二人が人間と敵対する理由は、全部人間のせいだ。迷宮も同じ。
それに、悪人しか殺さないというのが本当なら、むしろその方がいいとさえ思った。
何ならユカには助けられたし。
だから少なくとも、私はこの二人と、戦う理由なんてない。
「何を悩んでいるんだ? 早く、こっちに来るんだ」
「ね、ねぇ。話合いましょう? この人と戦う理由は、無いはずだから」
「迷宮の女王だぞ? 迷宮の主であるこいつを倒せば、魔物は消えるはずだ。なら、戦う意味はある」
「消えなかったら? それに、そんなの誰も成し遂げたことがないのに、そうなるって証明されてないじゃない。この人を殺しても、何も変わらないかもしれないじゃない」
戦いたくない。
もし私に、女王と戦えるだけの力があったとしても。
全ての魔物を、殲滅させられたとしても。
「やってみないと、分からないだろう? 君も今そう言ったぞ。それに倒す価値はあるさ。ボスを倒したと言えば、それだけで人類の希望になる」
「そんなの、ただの人殺しじゃないの。この人は何も悪くない!」
「いいや。魔物を率いているなら、十分悪いさ」
どうして直彦は、こんなに戦おうとするの?
でも、まだ話を聞いてくれる。
私がもっと上手く説得出来れば、女王と戦わずに済むかもしれない。
そう思った時に、女王は一旦、私を制するように直彦の前に出た。
「話し合う時間をやろう。返答は、その後にでも聞かせておくれ、優香」
女王の目は、真っ直ぐに冷たく直彦を見ているのに、その声は優しくささやくように私に言った。
そして、ユカの手を引いて少し離れた所に立った。
……直彦の説得を頼まれた?
ううん。それとは違う。
期待でも何でなくて、私の気が済むまで話せと、そう言われたように感じた。
「ねぇ……直彦。私ね、ふと思ったんだ。人間を襲う人間そっくりの魔物と、人間を襲う人間が居た場合。これ、魔物なら殺すのに、人間だと逮捕するだけなのは、どうして? どっちも同じように殺すべきじゃないかな? だって、人間を襲うのは同じなんだよ?」
「そんな魔物は、そもそも居ないだろう。いや、この女王の事を言っているのか?」
「私ね、迷宮で同じ部隊の人たちに襲われた時、殺してやるって思った。そのくらい憎かったし、他にも女の子を犯して殺してるって分かったから、同じ目に遭わせるべきだって思った」
「……迷宮内で仲間への攻撃は、死罪だ。優香の場合、それは許可されている事になる」
「仮にね? 仮にだよ? 女王の言っていることが本当で、魔物は悪人しか殺さないっていうならさ、魔物が街中に居てもいいかなって思っちゃうよ。だって、その方が普通の人は、安心して暮らせるじゃない。女の子も皆、犯される心配しなくて済むんだし」
「最初は平和になったとしても、飽和した魔物は必ず、人間を襲うようになるぞ」
「そうなのかな。やってみないと……分からないじゃない? それに、迷宮がなぜ生まれたか聞いた? 怨念だってさ。これまで、不条理で無残な殺され方をしてきた人達の、積もり積もった怨念で出来てるんだって」
「初耳だな。女王の出まかせじゃないのか」
「死ぬまで犯された女の怨念。通り魔に殺された恨みや憎しみ。飲酒とか無謀な運転でひき殺された人の無念。その家族の絶望。ここ数百年は、そういうのが多いんだってさ。私もニュースでよく聞くよ。もっと昔は、戦争とか公害とか、そういう人災で殺された、民間人の怨念」
「優香。今確かめようのない事を言われても困る」
直彦の目に、初めて困惑の色が見えた。
悩んでくれている。そう信じたい。そうであって欲しい。
「結局、人が恨みを持つのは人間のせい。自分勝手な悪人が沢山居るから、不条理な死が重なってきたんだよ」
「だから君は……優香は、魔物側につくというのか」
「ううん。私はいい人の味方。いい魔物の味方。ただ悪人が憎いだけ。悪人さえ滅びれば、誰も死ぬほど人を恨んだりしないわ」
「女王にそそのかされたか。最初に善も悪もなく、人間を半数まで殺して減らしたのは、魔物だったというのを忘れるなよ? 先に人間を虐殺したのは魔物だ。後から詭弁を並べようと、先に人口を半分まで殺戮したのは、魔物だからな! 何十億という人間が殺されたんだ!」
語気を荒げる直彦を見るのは、初めてだ。
でも、それは私の知らない時代の話。直彦が私に言ったように、歴史で習っただけの私には、今確認しようのない話。
でも、直彦は少しも迷ったりしないのかな。
私は、ずっと迷い続けてるのに。
ここでユカと女王に付いたら……私は、人間の敵になってしまうのだろうか。
「直彦、落ち着いて聞いて。それはまだ女王が……ユカが覚醒してなかったからなの。ユカの第二覚醒が、迷宮の女王だったの。アニマだって言ってた。ユカの」
「なんだと……」
「だから、魔物は今、迷宮から出ても悪い人しか襲わないと思う。攻撃されたら、反撃するだろうけど……」
「それを信じろと? しかも、人類に無抵抗でいろと伝えた所で、皆が言う通りにすると思うのか? 無理があり過ぎる」
「そんなこと、私に言われても」
「それに君は、魔物側に付いて人間を殺して回る気なのか!」
「…………そこは、ほら、私は別に、ほかの人に恨みとか持ってないし……」
「割とズルいな。優香は」
「で、でも。私が襲われたら、容赦しないわ。家族とか、ユカを狙われたりしたら。その時は戦うし、殺しちゃうかもしれない」
「はぁ……。その覚悟さえ定まらないまま、そっち側に付くなんてな」
――覚悟なんて、定まるわけがない。
人なんて殺したくないに決まってる。
でも、ユカや女王の気持ちも分かる。迷宮や魔物にだって同情する。
板挟みで、選べないだけなのに。
「……嫌いに、なった?」
「今そんな話はしてないだろ? 君の気持ちは分かった。僕は女王を倒す。君は離れていろ。肩入れしなけりゃ、君には攻撃しない」
直彦にまた、殺気が宿った。
私との会話を、めんどくさそうに切ろうとしている。
話を終わらせて、戦うつもりだ。本気でそうしようとしている。
「直彦! ちゃんと話合って! 女王は、何が何でも人間を滅ぼそうだなんて、してないから!」
「だとしてもだ。人々を守るために、僕は居るんだからな」
「悪人まで守らなくていいでしょ? 迷宮は、怨念を晴らすために生まれたんだよ? 不条理を許せなかっただけなの。殺された人たちが、やっと自分の手で無念を晴らせるんだよ?」
「優香は優し過ぎる! つけ入られているだけだ! それがなぜ分からない!」
「誰だって、同じ人間に酷い目にあわされたら許せないわよ! 死んでも殺してやるって、私だって思ったもの!」
「……優香、君は今、冷静じゃない」
感情的でも何でもいい。
戦いたくない。戦って欲しくない。
ユカも直彦も、女王も、この場に居る誰とも敵対し合って欲しくない。
「私も、お母さんも、ものすごく怖い思いをしたわ。それでもまだマシな方。ユカなんて……体を抉り取りたくなるくらい、酷いことされたの。そんなの、許せるわけないよね。この迷宮を生み出した人たちもそう。無念だの怨念だのっていう言葉なんかじゃ、言い表せないものをずっと……ずっと積み重ね続けてきたのよ。そのご家族も、その人を心から大切に想ってきた人たちの心も、全部! それがこの迷宮の正体。悪人をのさばらせてきた報いを、今受けているだけ」
「落ち着くんだ……。優香の言っていることは、分かった。でもね。僕も、大切な人をみんな、魔物に奪われたんだ。その女王が生まれる前に。家族も、恋人も、仲間も、みんな殺された。この怨念はどうなる。僕は、今生きている人達の、同じような無念と憎悪を背負って戦っているんだ」
「それは……」
そんなの、聞いてなかった。
言ってくれなかった。
「止められないだろ? そちらと同じだ。まぁ、僕が正しいとは言い切らないさ。でも、僕にも戦う理由があるって事だ。そこをどいてくれ。女王を討ち取る。その結果ユカがどうなっても、恨んでくれるなよ」
「い、嫌よ! 戦わないで! 今まで十分に倒してきたんでしょ? お願い!」
「こっちこそ嫌だね。僕はどうあっても、魔物達を全て殺したい。女王達も悪人を全て殺したい。どちらも引けないからこそ、こうして争いが生まれるんだろ? 人類の歴史と同じだな。結局、お互いに譲れなくて戦うんだ」
「か……仇だけ討てばいいじゃない! これからの魔物は、悪人だけ殺してくれるんだよ? それってもう、いいことじゃん!」
「……平行線だね。僕に君を、殺させないでくれよ? 話は、本当にお終いだ。下がっていろ」
剣を抜いた。
直彦は、もう私を見ていない。
その視線の先は、女王。
女王は肩をすくめて、そして中空に浮いた。
直彦を見下ろして、つまらないものを見るように見下している。
「小娘。妹分を頼まれてくれるか。余はこのうつけに、躾けをせねばならん」
私は…………俯いた。
決められない。
でも、強制的にユカの、そして女王の元に寄せられてしまった。
それはユカのサイコキネシスだったようで、引き寄せたユカには、せがまれるように腕を掴まれた。
「ユカ……。私、どっちも傷ついてほしくないのに。どっちも選べなかった」
「うん。お姉ちゃんは、がんばったね」
もう、見守るしかない。
結局私は、傍観者でしかいられなかった。
「さて、うつけよ。余を殺した所で何も変わらぬぞ? それに……余は知恵をつけた。これから生まれる魔物達は、人の姿を取れば良いのだと。若い女。もしくは妹分のような少女の姿で。人に溶け込み、人を殺す。愚かで傲慢な者共へ、この無念を思い知らせるために」
「貴様……本当にそんな事をしてみろ。迷宮に居る魔物どもを全て、根絶やしにしてやるぞ」
「どうせそのつもりであろう? だが気にするな。もう手遅れ、ということだ。せっかくずっと迷宮に籠り続けていたというに、その意味など無かったなぁ、直彦。余を見つけられず、無駄骨ご苦労であった」
「くそ……くそぉ! くそおおおおおおお!」
「ハハハハハ! いや、すまぬ。お前は何も悪くないのだぞ、直彦。お前の正義、しかと見届けた。だが、余の正義が、迷宮の正義が上回ったというだけの事。しからば諦めも肝心ぞ?」
「せめて……貴様だけでも倒す! 女王!」
「憐れな。小娘のお気に入りとて、手加減せぬぞ。向かってくる者が居るというのは、受け入れておる故」
「ほざけええええぇぇぇぇ!」
「――シロ。一思いに喰ろうてやれ。不憫だ」
女王は冷徹に言い放つと、直彦の横手から白い龍が現れた。
それと同時に、直彦は反応したものの、龍がしならせた鞭の如き尻尾の衝撃波が襲った。
そこに居たはずの直彦は消え、しばらくしてから、離れた場所で重い落下音が聞こえた。
「……うそ」
あんな凄まじい一撃を受けたら、覚醒者であろうと即死したかもしれない。
「な、なんで? あそこまでする必要なかったじゃない。龍なら、もっと手加減出来たんじゃないの?」
私の非難を理解したのか、龍は気まずそうに目を背ける。が、それが災いした。
鱗に覆われたその硬い頬に、直彦が体当たりよろしく渾身の一撃を返してきたのだ。
「生きてた。良かった……」
その身には、うっすらと光が覆っている。
「なかなかにしぶとい」
「女王。あまり僕を舐めない方がいい」
「フッ。口だけであろう」
「そうかな? 出て来い、天使ども」
それがいつもの合図なのか、直彦の側で、光がいくつも灯った。
それらは一瞬まばゆく輝くと、女の人の姿へと形を変えてゆく。
1つだけ違うのは、背中に翼を持っていること。
「いつも瀕死にならないと出て来ないのは、僕に死んで欲しいかららしいが。せいぜい仕事してくれよ? 行け!」
六人の天使たちは、中空に散ると光の帯をきらめかせながら、女王と龍に半数ずつ向かって行く。
適当な距離から順に光の弾をいくつも飛ばし、なおも突進。その手にはいつの間にか、槍らしき武器を持っている。
その容赦の無い波状攻撃が、光の弾が着弾すると同時に槍で貫きに行った。
でも、女王は避けようともせず、光の弾に埋もれた後はどうなったか見えない。
龍は光の弾を嫌うのか、身をよじりながら巨体に見合わない速度で移動回避し、天使たちの攻撃には長い尾を払うようにして弾き返していた。
「天使達でさえ、仕留められないのか」
再び直彦の側に集まった天使たちは、何やら指示を受けてまた中空に舞った。
今度は四人が龍に向かい、二人が少し離れて女王に光の弾を撃ち出した。
その弾数は、横殴りの豪雨のようだった。まるで何丁ものマシンガンで打ち続けているみたいに、果てなく撃ち続けている。
「弾幕を張り続けろ。止めは僕が刺す」