コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「それじゃ、私は川と森を見回ってくるよ」
西側の新規開拓地区、その新居に、私とメル、
アルテリーゼ、ラッチは移り住んでいた。
出かける前に、妻2人に挨拶をすると、
「行ってらっしゃ~い♪」
「我とメル殿は、また偵察を兼ねて―――
獲物を探してくる。
期待していてくれ♪」
「ピュ~♪」
そこで私はアルテリーゼからラッチを受け取る。
「じゃあ、いつものようにラッチは孤児院へ預けて……
それから町の外へ向かうから」
こうして私はまず、孤児院のある―――
『中央』となった町へと向かった。
―――2週間前。
ジャアント・バイパーを捕獲した日。
私の秘密を、レイド君・ミリアさんと共有した時。
2人の反応は―――
『ホントーに、魔法が無い世界から来たッスか』
『確かに―――
あの料理やトイレは別世界のものでした』
という、軽いというか、腑に落ちた、という
感じだった。
ただその気になれば戦力的に、世界に
真正面からケンカを売るどころか、
無敵とも呼べる力なので―――
『この事は、王都のギルド本部長、そして
王族でも一部しか知らねえ。
ギルやルーチェ、他のメンバーにも絶対
バラすんじゃねえぞ』
という厳命が彼らに下った。
余計な重荷というか、枷をつけてしまったかと―――
申し訳なく思っていたが、
『でもまあ、そもそも説明なんて……』
『俺たちに出来るものじゃないッスからねえ』
2人の言葉を聞いて、その場にいた一同は
うなずいた。
異世界から来ました、魔法その他あちらの世界に
無かったものは任意で無効化します―――
なんて、正気を疑われても仕方ないだろう。
ただ、大きなプレッシャーにはならなかった事に
ひとまずホッとする。
『でもそうなると……
ずいぶん進んだ世界から来たって事に
なるッスねえ』
『魔法の代わりに、道具やその使い方が発達した
世界なら、それも納得です』
その事については『ハハハ……』と空笑いして、
しばらく地球での概念や、これから導入出来そうな
道具や施設について盛り上がった。
「進んだ世界、か……」
ラッチを抱っこしながら、独り言のようにつぶやく。
確かに―――
安定した生活、便利な道具、インフラや安全は
比較にもならない。
だがその発達は……
言い換えれば、必要に駆られてという事もである。
超短期間で収穫出来る穀物、
ほとんど食事の必要の無い体、
魔法でほぼ無尽蔵の水資源―――
何より魔法の存在がチートそのもの。
私の価値観からすれば、こちらの方がよほど豊かだ。
必要に駆られての資源の奪い合い、殺し合い―――
ゼロ・サムゲームには際限が無いからな……
ただ個人で扱える能力に差があり過ぎる事が、
難点と言えば難点か。
それだって、例えばグランツ程度の事なら―――
銃や武装によって地球でも可能だしなあ。
何事も一長一短が……と思っていると、
「ピュイ!」
「ん? ああ、もう孤児院か」
いつの間にか目的地に到着していた。
考え事をしているとあっという間だな……
私はまず院長先生のリベラさんに挨拶し、
ラッチを預けると―――
入れ替わりのようにカート君、バン君、
リーリエさんの3人組を連れてそこを後にした。
ちなみにギル君とルーチェさんは、例の外灯の
魔導具を5個ほど届けに、東の村へ行って
もらっているので不在。
町を出る途中、宿屋『クラン』に寄って、
ブロックさん・ダンダーさんと合流し、
用意してもらっていた昼食を受け取った後―――
西門へと向かう。
「ん?」
「おお」
5人がざわつくのと同時に、彼らの視線につられて
空を見上げると―――
ちょうどメルがドラゴンの姿になったアルテリーゼに
乗って、一緒に『出かける』ところだった。
「お、今日もお出かけかい?」
「暖かくなってはきたけど、魚はさすがにまだだろ。
無理するなよー」
門番兵のロンさんとマイルさんに見送られ―――
私と5人は、まず川の下流を目指す事にした。
彼らと一緒に行うのはもちろん、停止していた
漁・猟の再開……
雇用対策、という側面はあるが、本当の理由は
改めて魚や鳥を獲る時期を見極める事にあった。
何せ、それを生業とする者がいないのだ。
となると、実際にそれを確認する他は無く―――
こうして自分の目で確かめるしか無かったのである。
「しかし、シンさん。
アルテリーゼさんはともかく、メルさんも一緒に
『狩り』に出かけているのかい?」
「ワシはあの子が町に来た時から知っておるが、
戦闘向けでは無かったと思ったがのう。
いや、ドラゴンが一緒なら問題はなかろうが」
ブロックさんの疑問はもっともで―――
ダンダーさんも心配そうに聞いてくる。
「いえ、メルは魔物や獲物についての知識が
ありますので……
アルテリーゼのサポートという形ですね」
実際、ジャイアント・バイパーはメルが最初に
気付いたから、上手く対応出来たようなものだ。
意外というか当然というか、ドラゴンである
アルテリーゼにその手の知識はほぼ無かった。
というより、ドラゴンは基本的に強過ぎて、
獲物の事を学習する理由も必要も無い。
最初の出会い―――
あの時は子供の急病+ワイバーンの群れにはとっさに
対応出来なかったものの、彼女一人であれば難なく
切り抜けられたであろう。
それに、この組み合わせになったのは……
そもそもアルテリーゼは人の姿になっても、
獲物や小動物を寄せ付けないらしい。
というわけで、私は彼らと一緒に漁や猟を、
メルとアルテリーゼは2人で狩りを、という形に
なったのは必然とも言えた。
「しかし、まだまだ寒いですねえ」
カート君はかじかんだ手に暖かい息を
吹きかけながら、川を凝視する。
「せっかくシンさんに、このトラップ魔法を
伝授して頂いたのに……
季節が相手ではしょうがないですけど」
続いてバン君も、空しそうに水面をながめ、
「動物なら、地面に穴を掘って冬眠とかしているん
でしょうけど。
影すら見当たりませんからねー……」
リーリエさんも、担いできたツボ状と円形の網カゴを
恨めしそうに見つめる。
確かに動物は、巣穴や横穴で冬眠していそうだ。
鳥も樹上か茂みの巣に引きこもるか、渡り鳥なら
もうどこか別の地域へ移動しているのかも知れない。
「ん? 冬眠……?」
確か、今まで捕まえた川の生物の中に、
ドジョウやナマズがいたはず……
彼らも水路に投入する予定だったが、魚の体長の
倍化という現象があったので、それですっかり
失念していた。
基本的に魚類は冬季の間、岩場の影や水底で
じっとしているが、肺呼吸出来る魚は泥の中でも
冬眠する。
生態も地球と同じなら、あるいは―――
「えっと、確かダンダーさん以外は土魔法を
使えましたよね?
川辺近くの、泥状になっている土とか
掘り返せますか?」
私の言葉に、4人が顔を見合わせ―――
「まあ別に、それくらいなら」
「何か埋まっているんですか?
木の実とか穀物とか」
彼らの質問に、私はんー、とうなった後、
「確証はありませんが……
とにかく掘ってみてください。
だいたい膝くらいの深さまで掘れれば」
依頼でもあるし、他にする事も無いので―――
指示通りにみんなそこら辺を掘り出す。
私はその作業を注意深く見つめ……
「……いた!」
「な、何ですか?」
ちょうどバン君が掘っていた泥中に『それ』を
見つけ、作業を中断させる。
そして直接手でつかみ、みんなの前に差し出すように
持ち上げた。
「きゃっ!?
って、さ、魚?」
「泥だらけだから見た目がアレだけど、
確かこれ、見た事あるぜ」
リーリエさん、カート君もまじまじとそれを見つめ、
「ジイさん、水魔法で洗ってみてくれよ」
「わかっとる」
と、ブロックさんがダンダーさんに促し、
『それ』が水で洗い流されると、ようやく
姿が判別出来るようになった。
正体を現したのは、地球でいうところの―――
ナマズの仲間である。
体長はだいたい25~30cmくらいだろうか。
「魚が土の中に……
シンさんは知っていたんですか?」
強力な魔法が無ければ、漁も猟もしようとしない
世界だからなあ。
さらにその習性を調べたり、知ろうとする機会も
無いのだろう。
「私の住んでいた地域には、多少なら水の外でも
平気な魚がいたんですよ。
もちろん長く出ていたら死にますけど―――
このように冬の間、じっとしている時とか……
敵から身を隠す時に、湿った土とか泥の中に
潜んでいるんです」
『へえー』とか『おおー』とか、感心した声が
寄せられ、気恥ずかしくなる。
「まあ、リーリエさんが冬眠の話をするまで、
すっかり頭の中から抜けていたんですけどね。
あの魚も捕まえた事があったのに……
他にも数種類いたはずですので、調査を兼ねて
掘ってみてください」
私の言葉に4人が『わかりました!』と元気よく
答え―――作業が始まった。
見つかったらダンダーさんに報告が行き、その都度
水で洗い流され……
小さいのやドジョウは見逃したが―――
ライギョっぽいのも含めて一人あたり20匹前後の
収穫となり、およそ100匹ほどを町へ持ち帰れる
事になった。
「久しぶりの大漁だぜ!」
「大漁っていうのかなあ、これ」
カート君とバン君が獲物を運びながら、
とりとめのない会話をする。
「まあ、川で獲った事には違いないですし」
リーリエさんも、どう言えばいいのかわからない、
という表情で苦笑する。
「しかしシンさん―――
持ち帰ったら、すぐ調理ですかい?」
「今の水路は使えませんしのう」
あー……
ブロックさんとダンダーさんに指摘されて、ようやく
帰った後の状況を認識する。
魚が獲れなくなった分、貝の方は順調に増え続けて
いたので……
魚用の水路も、今は貝用に使っているのだ。
「せめて泥を吐かせないと……
可能な限りの水桶を出してもらって、
半日はガマンしてもらいましょう」
今から帰れば、昼過ぎくらいには戻れるはず。
昼食は町に帰ってからという事にしてもらい、
私たちは帰路を急いだ。
「へえ、コイツかい。
何度かさばいた事があるから大丈夫だけどさ」
ナマズとライギョを目の前にして、宿屋『クラン』の
女将さんは物珍しそうに水桶に入ったそれを見る。
「しかしよく捕まえたもんだね。
もう活動してたのか?」
リーベンさんも興味深そうに魚を見下ろす。
一夜干しにするつもりは無いが、魚を大量に
扱うので、彼にも来てもらっていた。
(生臭くなるので換気要員として)
泥の中で冬眠するという習性を説明すると、
2人ともビックリしていたが―――
そのため、泥を吐かせる必要があるから
夕方までは水桶に入れておいて欲しいと要請。
そして私はと言うと……
「ん? 何これ?」
「ほお、もう魚が獲れるのか?」
「ピュ?」
いったん新規開拓の西側地区にある自宅に
帰ると、ナマズ3匹を家族に持ち帰った。
メルに頼んで、寝室用のお風呂に水を張ってもらい、
そこで泳ぐ姿を見ながら説明する。
「今、町の水路は貝専用になっちゃってて
使えなくてさ。
もしこれも大きくなるんだったら、冬の間の
タンパク質も確保出来るし」
お土産という事もあるが、どちらかというと
実験という意味合いが強い。
冬眠で泥の中にいた事、水の外でも多少は
平気な事などを伝えると、彼女たちは驚いて
いたが―――
「まあ、お風呂は広い方もあるしの」
「冬の間もお魚が食べられるようになれば、
バンバンザイですよ~♪」
多少不便になってしまうが、それでも夫のする事に
妻は賛同してくれて、ホッと胸をなでおろす。
「そういえば、メルとアルテリーゼの方は?」
獲物を獲ってくれば町がそれなりに騒ぎになって
いるだろうし―――
ただ私と一緒で帰りが早いので、気になって
いたのだが……
「あー、ボーアと思われるヤツを何頭か
発見したんだけどね……」
「親子連れであったから―――
ちょっと狩り辛くてのう。
それで、狩りの気分ではなくなった」
特にアルテリーゼの方はラッチもいるからなあ。
襲われたとか、緊急事態ならともかく……
子供がいる個体を狩るのは抵抗があるだろう。
他に捕まえたナマズもたくさんいて、夜になれば
町で食べられるから、と言うと、
「おー、そうなんですね!」
「さすが我が夫♪
では今夜を楽しみに待とう」
「ピュッ、ピュイ~♪」
こうして私の一家は夕食を楽しみに―――
家でその時になるまで過ごす事になった。
「ねーねー、シン」
「ちょっと話があるのだが」
その日の夜―――
ナマズ・ライギョの料理、と言ってもほとんどが
フライや天ぷらだったけど……
多少のクセはあったものの白身魚だけあって、
揚げ物としては相性が良く―――
久しぶりの魚にみんなが舌鼓を打った。
そして寝室に戻って、一家で食休みして
いたのだが―――
「2人とも、どうかしたのか?」
横になっていたベッドから起き上がる。
王都から運んでもらった、3人でも寝れるベッドは
さすがに大きく、多少位置や姿勢を変えても何の
問題も無い。
ちなみにラッチは、近くに置いてあるベビー用の
ベッドで寝息を立てていた。
「えっとね、寝室の方のお風呂に……
今、魚入れているじゃん?」
「あれ、大きい方のお風呂に移して欲しいのだが」
えっ、と思ったが―――
寝室の方のお風呂も結構広いのだが、もしかすると
匂いがイヤだったのかも知れない。
そう私が思って聞いてみると、
「い、いや違うの。その~」
「ホラ、その……
ここのお風呂はこの部屋と繋がっているであろう?
コトに及ぶ前に入るのと―――
コトが終わった後に入るのに、やっぱり」
あー、そういえば……
『寝室に備え付けてある』って、そういう事でも
あるもんなあ。
私は2人の妻の頭を撫でると、取り敢えず……
寝室の方から広い方のお風呂へと、ナマズ3匹を
移す事にした。
広い方のお風呂に移動して、膝下くらいまで
メルに水魔法で水を溜めてもらう。
「しかし、いつも思うけど……
そんなに水を出しても大丈夫なのか、メル?」
お風呂は、誰か雇って来てもらおうとしたのだが、
メルがどちらのお風呂もあっさりと満杯にし、
それをお湯にしてもらうだけで良くなっていた。
「他はからっきしですけど、水魔法だけは
得意なんですよ。
一気に大量に出すんじゃなければ、
大丈夫ですよ~♪
それにシンと結婚してから、魔力が強力に
なってきているような気がして……
愛の力かなー♪」
何か妙に気合いが入っている気がするが……
元はといえば自分の都合で振り回してしまったので、
申し訳ない気持ちになる。
せめて寝室に戻ったら2人に精一杯サービスするか。
そんな事を考えながら、泳ぐナマズを見つめていた。
―――異変が起きたのは、それから3日後の事。
いつものように起床、決められたローテーションで
朝食を作り、私はラッチを連れてひとまず孤児院へ、
メルとアルテリーゼは狩りへ―――
という日常がスタートしようとしていた。
「じゃ、行ってくるよ」
「行ってらっしゃーい♪」
「我とメル殿は……
今度は我がドラゴン族の巣の近くまで
行ってみようかのう」
いつも通り、あいさつを交わしてそれぞれの
仕事に向かおうとしたところ―――
ズン、と地響きがした。
「っ!?」
「な、何じゃ? 地震か!?」
「ピュウウゥウッ!?」
この世界に来て初めてだが、どうやら地震は
あるらしい。
しかし、何というか全体が揺れている感じはしない。
むしろその震源が近くにあるような―――
音も聞こえてくるが、これは……
「……!
建物の中か!?
メル、アルテリーゼ! ついてこい!
メルはラッチを頼む!
アルテリーゼはいつでもドラゴンに変われるよう
準備していてくれ!
2人とも離れるな!!」
ベキバキ、という破壊音のする方向へ私が駆けだす。
そして後から妻2人もついてきた。
メルとラッチは避難させる事も考えたが―――
最強の戦力から離れさせるのは返って危険と判断。
一家まとめて行動する事に。
音の方向はあの広い風呂場からか。
……ん?
確かあの浴場って、今―――
「うおっ!?」
「……へ?」
「こ、これは……」
現場に到着した3人+1匹を待っていたのは―――
手足を生やした3匹のナマズが体長7、8メートル
ほどに巨大化し、所狭しと壁に体当たりしている
光景だった。
幸いというか、天井も高くしてあったため、
密着とまではなっておらず……
それでも室外へ脱出しようと暴れまくる。
「と、とにかく大人しくさせる!
こんなにナマズが巨大化するなど―――
・・・・・
あり得ない……!」
常識外の大きさで動き回っている事を、まず
無効化させる。
これで重力の洗礼を受けるはず……!
「―――えっ?」
動きが止まらない?
今までは何とかなったはずなのに?
「どうしたのだ、シン!?」
「は、早く無効化しないと!」
妻2人に取っても想定外の事なのだろう。
彼女たちの顔から余裕が消える。
そういえば、確か―――
『成長ホルモン』
生物が成長し、大きくなる・変容するのを
制御している物質。
これにより全ての生物の成長限界や大きさ、
繁殖時期や最盛期が決定されるのだが―――
ナマズにはそれが無いと聞いた事がある。
正確には、成長を止めるホルモンが無い。
なので、理論上―――
・・・・・・・・・・・・・
生きている限り成長し続ける。
それが魔力から生成された水による倍化と
重なったとしたら……!
くそ、こんなところで余計な知識―――
自分の『常識』がアダになるとは。
「まず動きを止めないと……!
手足があるナマズなんて、
・・・・・
あり得ない!」
その声を発した途端、手足の制御を失ったのか、
巨大ナマズ3体はその場に崩れ落ちるようにして
動きを止めた。
さすがにこれは効いたか―――
しかし、完全に倒したわけではない。
まだのたうち回り、暴れるのを止めようと
していない。
いつもならアルテリーゼにとどめをお願いする
ところだが、ドラゴンになった彼女まで参戦したら、
間違いなく浴場部分は破壊されてしまうだろう。
しかし背に腹は代えられない。
アルテリーゼにドラゴンになるよう指示を出そうと
口を開きかけた時―――
それを察したのか、ラッチを抱いたままメルが
先に声を上げた。
「シン!
身体強化を無効化させて!」
「……あっ。
ブ、身体強化など、
・・・・・
あり得ない!!」
そうだった。
この世界の生き物はすべからく『魔力』を持ち、
意識的・無意識に関わらず使っている。
メルの指摘で思い出した私が慌てて
『否定』すると―――
3体の巨大ナマズは、重石を乗せたかのように、
今度こそ完全にその動きを止めた。
ビクビクと『動いて』はいるものの、それは
単なる生体反応に過ぎず……
少なくとも行動不能状態である事に間違いない。
「お、終わったのか?」
「ピュウゥウ~……」
そこでドラゴン母子の安堵する声が発され、
屋敷はようやく静けさを取り戻した。
「魚が巨大な魔物になった……か」
私は報告と、騒ぎを起こしたお詫びのために、一家で
冒険者ギルド支部を訪ねていた。
(ラッチは孤児院へ預け済み)
両腕を組んで頭を悩ませるジャンさん。
次いでレイド君とミリアさんも、
「手足が生えた魚ッスかー」
「でも、それより問題は―――
シンさんの『無効化』が効かなかったと
いう事です。
あんな大きな魚が、シンさんのいた世界には
いたんですか?」
私の『能力』についてはすでに共有されているので、
疑問はむしろそちらになる。
「手足の生えた魚はいません。
ヒレを手足のように動かすのはいますが……
サイズに関しては、淡水魚では確かにあれくらいに
なるのはいます。チョウザメとか―――
ですが、あれはちょっと状況が特殊かと」
成長ホルモンの概念や特性について話し―――
危険な外的要因や安全な環境で過ごした場合、
際限なく大きくなる可能性がある、という事を
説明する。
若い男女はフンフンとうなずくが、ギルド長は
アゴに片手をあてて、
「しかしだな。
今まで同じ川で獲ってきた魚を、水路で育てた時は
何の問題も無かったんだ。
何で今回だけ、あんなバカげた巨大化を?」
「ですからそれは、魔力で作られた水で育てたから」
「だからそりゃ水路も同じだろ?」
聞き返すギルド長の言葉に、確かに、と思い直す。
3日ほど経過してから一気に倍化する―――
これは水路で育てた魚の現象と同じだ。
しかし、いくらナマズが際限なく成長するとはいえ、
いきなり限度いっぱいギリギリまでいくだろうか?
水路で育てた方は大きさや成長に若干の差異は
見られたし、恐らくはまだ大きくなる可能性も
あったと思う。
つまりあれが最大値という確証は無いという事だ。
だが、それを言うのならナマズの方もまだ最大値では
無いのでは……と思っていると、それまで黙っていた
妻2人のうち、一人がおずおずと片手を上げた。
「多分―――
我のせいだと思う」
「アルテリーゼ!?」
「アルちゃん!?」
突然の自白に、私とメルが戸惑っていると、
彼女は話を続ける。
「2人にはまだ話していなかったのだが……
ドラゴン族は他種族と結婚すると、その相手に
影響を与えてしまう事があるのだ」
彼女の説明によると……
ドラゴン族同士だと、影響を与え合い、互いに
強化されるのだが―――
他種族との場合はたいていドラゴン族が上位なので、
相手に一方的に影響を与えてしまうらしい。
「影響を与えると言っても、魔力や基本能力の
強化になるだけだから―――」
「メリットしか無いと思うんだけど?」
「うん」
家族間で話し合うのを、他の3人も聞き入り、
先を促す。
「それでだな。
あの水路との違いは、おそらく―――
我の影響で強化されたメル殿の、水魔法のみで
育ててしまったので、魔物化までしたのだと思う」
それなら確かに、今回のケースについては
説明がつく。
「う~ん……
そーなると私の水魔法は今後、取り扱い注意って
感じですねえ」
微妙な表情になるメルに、慰めるようにレイド君と
ミリアさんがサポートに入る。
「いやでも、それだけで強化って羨ましいッスよ」
「それに、上手く利用出るかも知れないじゃ
ないですか」
「ちょっと待て」
ふと、和やかになった雰囲気を最高責任者が止める。
「ドラゴンと結婚したら、その相手にも恩恵というか
影響があるのはわかった。
だがよ、メルとアルテリーゼが
結婚したわけじゃねえだろう。
あくまでも2人とも、シンの妻に
なったんだよな?」
それを聞いた若い男女・私とメルは『そういえば』
という表情になる。
すると、アルテリーゼが真剣な表情になって、
「正確には―――
交わると影響を受けるのだと思う。
ただ我が交わる時はたいてい3人同時で、
おそらくはシンを仲介してメル殿に」
「お願いアルちゃんストップ!!」
「カメラさん止めてください!!
放送事故です!!」
ドラゴンに取っては何でもない事なのかも
知れないが―――
夜の生活をダダ漏れで話されるのは、
精神をガリガリ削ってくる。
ギルド長は『しまった』とばかりに片手で
顔を覆っているし……
特に若い男女に取っては気恥ずかしいのか、
レイド君とミリアさんは下を向いたままだ。
「え、えーっと……アレ?
そういえば私は?
何か影響があるとは思えないんですが」
結婚した異性は私なのだ。
根本的な疑問に、気を取り戻したようにみんなが
私に視線を集中させる。
「シンは文字通り『別世界』の存在だからのう。
魔力はもともと無いし―――
最初から強化させる素地が無ければ、
影響は無いのではないか?」
ゼロに何をかけてもゼロというわけか。
強化しようにも、強化させるもの自体が無ければ
仕方がない。
それに、さらに能力をもらっても困るしな。
「まあシンにそれ以上の能力はいらねえだろ。
ドラゴンだって何だって敵わねえんだから。
で、巨大化した魚の件なんだが」
巨大化したナマズは現在、そのまま我が家の浴場で
職人さんたちに解体してもらっている。
いったん、私とパック夫妻の家の氷室に保管した後、
中央であるこちらに輸送してもらう運びになった。
不幸中の幸いというか、現場が浴場だったので……
血抜きや洗い流しがスムーズとの話だ。
「ちょうどジャイアント・バイパーの肉のストックも
尽きた頃だったッスからねえ」
「今回はまあ、嬉しいアクシデントでもあります」
次期ギルド長と女性職員がポジティブな方向で
話に参加し―――
しばらくはその処理と対応の話し合いが行われた。
「よし、こんなものか。
―――そういや、メル。
強化されたのは水魔法だけなのか?」
一通り、ナマズの分配や保存、ドーン伯爵家へ
献上する量などが決められ、話が一段落すると、
不意にジャンさんがメルに話を向ける。
恐らくは、変化した彼女の能力をギルド長として
把握しておくためだろう。
「へ?
後は身体強化くらいですけど……
これといって自覚は」
すると、その話に乗っかるようにレイド君と
ミリアさんがイタズラっぽく笑い、
「いやいや。
わかんないッスよ?」
「もしかしたら、
案外そっちも強化されているかも?」
その悪乗りに乗ったのか、メルは手を伸ばして
手刀のように横にし、
「例えば、こーですかっ♪」
そのままテーブルに軽く振り下ろす。
すると、『ばき』という音と共に―――
20cmくらいの厚さはあったであろう、天板が
真っ二つとなった。
上に乗っていたコップと一緒に液体がこぼれ……
割られた中央に向かって流れていく。
しばらく全員が無言であったが、ギルド長が
その沈黙を破り―――
「良かったなあ、メル。
シルバークラス昇進、オメデトウ♪」
「望んでないんですけど!?」
こうしてまた、この冒険者ギルドに―――
新たな戦力が生まれたのであった。