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ナマズの巨大化事件から一週間後―――
メル、そしてアルテリーゼのシルバークラス昇進に
ついて手続きを行うため―――
一家4人で冒険者ギルド支部に来ていた。
「……よし。内容に異議が無ければここにサインを」
ジャンさんから書類を渡され、妻2人は自分の名前を
書き込み―――
(アルテリーゼは人間の字がわからないので
メルが代筆)
その書類が返されると、ギルド長が確認した後
ミリアさんに手渡された。
「はい。手続きは完了しました。
これでメルさん、アルテリーゼさんは晴れて
シルバークラスです。
おめでとうございます」
彼女の言葉に、メルとアルテリーゼは互いに
向き合って満面の笑顔になる。
「これでシンとお揃いだねっ♪」
「我はさほど興味は無かったが―――
そう言われると嬉しいものだのう♪」
シルバークラス昇進……
それは、『その他大勢』のブロンズクラスから
抜けるもので、いわば冒険者に取って最初の
カベでもある。
冒険者は誰でもなれる。
しかし、その大半はブロンズクラスで一生を
終えるというのが、この世界の『常識』だ。
魔法は誰でも使えるし、それが前提だが―――
有効、もしくは強力な魔法が使えるかどうかは
生まれつきの才能による部分が大きい。
そういう人間は、貴族からスカウトが来るか
それとも有力者に自分から売り込む事が出来る
わけで―――
冒険者ギルドに登録する選択肢など無いのだ。
「でも、シルバークラスの書類なんて初めて
見ましたけど……
そんなに義務とか、制限とか無いんですね」
メルが私に寄りかかりながら、軽い感じで話す。
確かに、自分の時も見た事はあるが―――
しなければならない事とかは無かったなあ、
と思い出す。
「シルバークラスはまあ……
特段の活躍以外に、ギルドや町への貢献でも
なれるッスから」
「長年、地域に貢献した冒険者なら―――
引退前の3年くらい、シルバークラスにするのが
慣例なんだ。
このギルドで、まだシルバークラスは3人ほど
いるが、まあそういうこった」
レイド君とジャンさんの説明に、ああ、なるほどと
うなずく。
もうブロンズクラスとして働けなくなったとしても、
3年くらいは面倒見ますよって事か。
「あれ? でも……
この規模で3人ってちょっと少なく
ないですか?」
私の疑問にギルド長は、
「あくまでも、『長年』『地域』に貢献した人物
だからな。
冒険者は移動の自由がかなり許されて
いるから……
あっちこっちに行ってたヤツの面倒まで
見切れねえよ」
なるほど……
いくら冒険者稼業が長いと言っても、新参者とか
地元に根付かなかった人間の面倒まで見る義理は
無いというワケか。
まあ当然と言えば当然だな。
その前にも生存率とかいろいろあるだろうし……
「その点、ダンダーにはそろそろだと打診している。
アイツももういいトシだしな。
それにシンが来てからというもの、
入ってくるヤツはいても、出ていくヤツが
ほとんどいねえんだ。
これからシルバークラス、もっと増えるかも
知れん」
ふぅ、とギルド長が一息つく。
ん? でもそうなると財政圧迫とか―――
「えっと、私と妻とでシルバークラスになっておいて
何ですけど……
予算は大丈夫なんですか?」
すると、私たち一家の右前の席に座っていた男女が
ギルド長の代わり、というように口を開いた。
「大丈夫も何も―――
おそらく、この町始まって以来の雇用率ッス
からねえ。
その大半はシンさんの提案によるものだし」
「ギルドが町と共同でやっている事業も今は多い
ですから……
それにシンさんの事ですし、月金貨30枚程度
あっという間に還元される未来しか見えません」
レイド君がいろいろな書類を手に持ち、
ミリアさんが眼鏡をくいっ、と直す。
「そういえば、あとはラッチだけだのう。
家族の中でシルバークラスになっていないのは」
「……ピュ?」
ふとアルテリーゼが話の方向を変え、我が子である
ラッチを腕の中であやす。
話し合いが続いたせいか、眠くなっているようだ。
「でもラッチ、
王都の本部では人気者だったもんねー。
掛け合えばあっさり昇進するかも」
「ありそうで怖いな、それ……」
私とメルが苦笑する中、ギルド長がテーブルの片隅に
置いてあった封筒に手を伸ばし、
「そうだ。王都といやあ―――
ドーン伯爵サマのお嬢さんから手紙が来ていたぜ。
伯爵サマのお礼状も一緒だ」
「アリス様から?」
ジャンさんから封筒を受け取ると、一同がそれに
注目し、私はそのまま封を切って中身を確認する。
「どれどれ……
ああ、お礼の手紙ですね。
ええと―――」
そこまで読んだ時点で、はた、と止まる。
チエゴ国が、おそらく一部の暴走とはいえ……
侵攻してきている。
これをこの場で言ってしまっていいものか。
どう考えても軍事機密だし。
「チエゴ国がちょっかい出してきているって
話だろ?
ここにいるメンバーなら知っているから
問題ないぞ。
もう撃退したとの情報も入っている。
それで、何が書いてあるんだ?」
ギルド長が私の心配を察したのか、それを払拭し、
先を促される。
支部長だし、それに次期ギルド長と秘書なら
知らされていてもおかしくは無いか。
「あ、ええ、はい。
ドーン伯爵様からは身内が世話になったという
感謝と、アリス様本人からは……
投石術とブーメランを教えたお礼―――
今回の功績により、国から褒美がもらえる
そうなので、それも私のおかげです、と
感謝を……」
「あー、アレ2つとも教えたッスか。
なかなかえげつないッスね」
「全員、ウチのブーメラン部隊のように
遠距離攻撃可能な集団ですか……
敵に同情しますよ」
私の説明に補足するように―――
レイド君とミリアさんが続く。
確かに、今まで訓練で戦ってきた人の中で……
ジャンさんやライオネルさんのような化け物クラスは
別としても、飛び道具系主体はオリガさんくらいしか
いなかった。
シーガル様は最後の暴走だけ何かしたようだけど。
とにかく、遠距離攻撃魔法は珍しく貴重なのは
間違いないだろう。
ましてや、全員それが可能な兵で構成された部隊を
敵に回した日には……
それもある程度離れていても通信可能な
システム搭載で。
「ほお、あの娘、活躍したようじゃな」
「シンの指導を受けたんだから、とーぜんよ」
妻2人が誇らしげに胸を張り―――
ジャンさんの視線が手紙から自分に移る。
「……それだけか?」
「?? そうですね。
これしか書いてませんけど」
ふー、と一息吐くとギルド長は向き直り、
「まあシンの正体を知らんだろうし……
平民に出せるギリギリの情報の中で伝えてきたって
ところか。
―――アリス令嬢、一度はチエゴ国に占拠された
土地の奪還までやったって話だ。
相手もバカじゃねえから、これで引くだろ。
事実上、これで戦争終結だ」
私の感覚からすれば、戦争には違いないだろうが……
国境付近での小競り合いという認識に過ぎない。
ただ、戦闘拡大が回避された事は素直に喜ぼう。
「良かったッス!
面倒な事にならなくて」
「しかしチエゴ国も懲りませんよね。
前回は何年くらい前でしたっけ……」
レイド君とミリアさんが感想のような
言葉を語る。
メルの話だと、彼女が生きている間にもう
3回くらいは攻めてきたというし―――
彼らの奇妙な慣れというか達観ぶりが、
緊張感を削る。
「まあ、平和が一番ですよ。
それで、これなんですけど」
と、私は一つのフタ付きのビンをテーブルの上に
置いた。
「ん?」
「何スか、コレ」
「??」
半透明なガラスビンを前にして、疑問の声を上げる
ギルド長と次期ギルド長と女性職員。
それを見たメルはテーブルの上にお皿を、
アルテリーゼはその皿の上に生野菜を乗せた。
瓜や玉ねぎ、ケールやキャベツに似た野菜―――
異世界でも、当然野菜はある。
だが、基本的に味付けが塩か、肉・魚を調理して
出たスープくらいしかなく―――
また苦味やえぐさがあって、他の食物と一緒に
煮込まれるか、せいぜいが添え付けにちょっと
使われる程度……
それがこの世界での野菜の扱いであった。
「……?
ビンの中身はマヨネーズか」
彼らの目の前で、私はビンの中のマヨネーズを
小皿に移し―――
そして野菜を手づかみにすると、小皿のそれに
つけて、そのまま口へ持っていった。
「えっ!?
マジッスか!?」
「そ、そのまま?
まだ火は通してませんよね?」
2人の男女の心配をよそに―――
ポリポリと食べる私に続いて、メルとアルテリーゼも
思い思いに野菜を手に取り、それをマヨネーズに
つけて食す。
「おー、こりゃイケる♪」
「葉物は苦いか青くさいかだけだと思っていたが、
マヨネーズと一緒だと味が引き立つのう♪
ホレ、ラッチも食べるがよい」
「ピュウゥ~♪」
その光景を目を点にして凝視するアラフィフの
男性と若い男女に、私は種明かしをした。
「パックさん、浄化魔法を使えましたよね?
以前はどの魔法も魔力が低くて、あまり
使えなかったらしいのですが……
シャンタルさんと結婚した事で強化され―――
今ではほぼ無尽蔵に使えるとの事です。
それで浄化してもらったのがコレ。
つまり、生で食べられるマヨネーズです!」
メルが魔法強化されたのを聞いた時、同じように
ドラゴンと結婚した、パックさんにも同様の事が
起きているのでは、と推測。
それで、確認も兼ねて浄化をお願いしてみたのだ。
前からマヨネーズの生食可を目指し、滅菌に
関する研究をシャンタルさんがしてくれており、
私の方もそれをバックアップしていたが……
結婚後、パックさんもその研究に加わっていた。
彼らとしても、いったん浄化された状態が
わかれば……
という事で快諾。
滅菌の研究は続けるので、引き続き実験用の卵と
マヨネーズを供給するという条件で―――
浄化を引き受けてくれたのだ。
その説明を聞いた3人は、恐る恐る生野菜に
手を伸ばし……
「う……」
「うまいッス!」
「えええぇえ……!
生マヨネーズもそうですけど、野菜がこんなに
美味しくなるなんて」
室内にしばらくボリボリ、シャクシャクと野菜を
噛み砕く音が聞こえ―――
『生マヨネーズ』のお披露目を終えた一家4人は、
支部長室を後にした。
「あ、パックさんとシャンタルさん」
「シンさんもこちらへ?」
ちょうど昼頃という事もあり―――
宿屋『クラン』へ来た私たちは、パック夫妻と
鉢合わせした。
「私たちは、例の浄化された生マヨネーズを
届けに……」
「そしてわたくしたちは、その浄化するための
マヨネーズをもらいに……」
「……何だかのう」
私たち一家とパック夫妻は―――
お互い、顔を合わせて笑い合った。
「……で、どうですか?
例の実験結果は」
「変わりませんでした。
予想通り、というところです。
やっぱり、シンさんのところと同じように―――
土の中で冬眠していたのは魔物化しました。
普通の川魚は巨大化しただけです」
昼食中にパックさんと実験について話し合う。
例のナマズが魔物化した事の再現―――
そして、活動し始めた川魚を、同様の環境で
育てたらどうなるか、という試みだ。
それを出来るのは、同じドラゴンと結婚した
パックさんのところ以外無く……
また当人たちも、興味深い研究対象だとして
協力してくれた。
「うーん、違いがわからない」
悩む私に、妻2人と子供が食べながら会話に入る。
「まあいいじゃない、美味しければ♪」
「そうそう♪
どっちも良い味してるしのう」
「ピュッ、ピュ~♪」
苦笑する夫2名を横に、パックさんの妻が
たしなめるように口を開く。
「そういうわけにもいきませんよ。
特に足が生えて移動可能というのは……
ここは川魚だけにしておくべきでしょう。
アレもかなり大きくなりましたしね」
あのウグイだかオイカワに似ている川魚、
1メートル以上に成長したもんなあ。
体重も30kgは下らないだろう。
30cmくらいの魚でも、多分500gも無い。
という事は、その1匹で60匹分以上の量が
確保出来るという事になる。
ただしそうなると今度は、漁に出る回数や理由が
ほとんど無くなるわけで―――
本格的に暖かくなる前に、また雇用を考えなければ
ならない。
痛しかゆしと言ったところか。
「こら、シン!」
メルに額を指でつつかれ、我に返る。
「まーた考え事か?
妻である我らにも相談無しとは、つれないのう」
アルテリーゼにもたしなめられ、頭をかきながら
反省する。
「ごめん。
食料の確保が出来た事はいいんだけど、
そうなると人手がいらなくなるんだよねー……
いっそウチでお手伝いさんとして雇うか」
「そうだね。
っていうか、あの家広過ぎ!
宿屋じゃあるまいし、部屋いくつあるのよ」
「時々、ラッチが遊びで隠れてしまうのだ。
掃除といい維持管理といい、確かに人手は
欲しいところじゃ」
今のところ―――
自分とメルとアルテリーゼ&ラッチに、
個室がそれぞれあてがわれているが……
それでも、余った客室らしき部屋が
10以上あるのだ。
しかもその個室に簡易風呂やトイレまでついている。
もし将来引退したら、本当に宿屋が出来そうだ。
「あれ? シン、孤児院の子供たちをラッチの
遊び相手兼お手伝いで……
って言ってなかったかい?」
そこに、『クラン』の女将であるクレアージュさんが
不意に質問してきた。私の答えは、
「理想を言えばそうなんですけど、考えてみれば
私の家は開拓地域で、場所が離れているんですよ。
同じ町の中なら良かったんですけど。
たった徒歩10分ほどですが、町の外に出なければ
なりませんし―――
護衛付きで往復させるのもなーって感じで」
そこに、シャンタルさんが提案してきた。
「交代制で、何日か泊まり込みで来てもらう―――
ではダメなのですか?」
「それも考えたんですけど、結局は護衛を
それに合わせて雇う必要が出てきますし……
安全に行き来出来ればいいんですけどね。
上に橋作っちゃうとか」
私の言葉に、全員がきょとんとした表情になる。
「え? 橋ですよね?
徒歩10分かかる距離の?」
「大きな川にかけるでもなし―――
それを地上にか?」
メルとアルテリーゼは、不思議そうに聞いてくる。
確かに橋というのは交通を便利にするものであるし、
西側の新規開拓地区とは川を挟んでいるが、そこまで
大きな橋は必要ないはずだ。
「ええと、ある程度人口が多くなる事を想定すると、
メリットはあるんですよ」
私は説明し始めた。
まず安全性―――
いちいち門の外に出る事なく、開拓地区と
中央の町とのアクセスが可能となる。
さらに地上の状況に左右されず、往来が可能となる。
物流を考えた時、将来的にも作っておいた方がいい。
「ふむふむ……
それで、どのように作るのですか?」
パックさんが興味津々で質問する。
「私のせか……故郷の国の大都市では、
まず橋脚を連続して埋めていきます。
出来れば固い材質のものが望ましいです。
その上に歩く部分を乗せる、という感じです」
それを聞いて、人間組であるパックさんとメルが
考え込み、
「構造自体はシンプルですね。ですが……
この町を囲んでいる石壁も、新規開拓地区を
囲んでいるのも、結構高いですよね?」
「橋があれ以上高いとしたら、どうやって
上に乗せるの?
王都なら、浮かせて乗せる事が出来る
風魔法使いもいるだろうけど」
まあもっともな質問だろう。
地球にはクレーンとかあるけど、異世界には……ん?
「?? どうかしたか、シン?」
「わたくしの顔に何かついてますか?」
ドラゴンである2人の顔を見る。
そういえばいたなあ、クレーン代わりが……
私の視線に気付いたのか、人間組の男女も
あー、という表情になり、
「確か、新規開拓地区の石壁や物資運搬は……
シャンタルとアルテリーゼさんが手伝ったん
でしたっけ」
「ドラゴンがいれば、そりゃーたいていの事は
出来るよね」
こうして、不思議そうな顔をするドラゴン組を前に、
人間組は視線を交わしながら苦笑した。
―――2日後。
私とメルはドラゴンの姿になったアルテリーゼの
背に乗り、目的地へ向けて空を飛んでいた。
(例によってラッチは孤児院預かり)
私たちと一緒に、シャンタルさんの背に乗る形で
パックさん夫妻も同行。
目的は素材となる石材の収集……
目的地は『岩がたくさんありそうなところ』である。
新規開拓地区と中央を結ぶ地上橋の計画は、あの後
すぐにギルド長・町長代理を交えて会議にかけられ、
『まあ可能ならば』という事になり、当事者というか
提案者である我々が動く事になった。
また、職人と相談したところ、強力な土魔法が使える
人間であれば、加工はそれほど難しくないらしく、
そのレベルの人間はこの町にも何人かいるらしい。
実際、トイレもオール石で作ってもらった事が
あったし。
ただ現状の問題点は、新規開拓地区の開発で
素材となる石が枯渇しつつあるのだという。
土から生成する事も可能だそうだが、その場合は
魔力をめちゃくちゃ食うとかで……
そのため、まず素材の収集を頼まれたのである。
「岩を持って帰ればいいのか?」
「形状は何でもいいと言ってたけど……
理想を言えば、砕かれている方がいいと思う」
下からのアルテリーゼの質問に、なるべく
大きな声で答える。
「それなら、なるべく大きな岩を持ち帰って、
現場で砕くって事でいいですかね?」
「わたくしはパック君の言う通りにしますわ」
隣りのパック夫妻からの意見に、こちらもうなずく。
「ねーアルちゃん。
その、石が多くありそうな場所ってまだなの?」
メルが不安そうに目的地までの状況をたずねる。
「確かこの辺りだったと思うのだが……」
「意外と無いものですねえ。
岩とか石なんて、注意深く見ないですし」
ドラゴンの2人が旋回するように飛び、私も眼下の
光景を見渡す。
林というか森というか、一面木々で満たされている、
という印象だ。
「岩山? それとも岩場のような感じですか?」
パックさんが具体的な場所を特定しようと、
特徴を聞く。
やはり科学者というか学者肌なのか、的確な情報を
提示してくれる。
「小高い丘のような感じであったが……
それに、ここもこうまで木々がうっそうと
茂っておらなんだ」
アルテリーゼが苦心しながら飛び回る中、
メルが基本的な事を問い質す。
「ちなみにアルちゃん。
見つけたのはどのくらい前?」
「ううむ、確か……
まだラッチが生まれてなかった頃だったから」
つー事は30年以上前か。
ドラゴン時間はこれだから―――
「アルテリーゼ、もう少し低空で飛んでくれ。
ちょっとでも小高い丘や地形があったら、そこで
降りて探してみよう」
私の言葉に、彼女を始め一同は賛成し、しばらく
高度を下げて辺りを飛び回る事になった。
「ン? シン、あれは?」
低空で飛び始めてから10分くらいした頃だろうか、
何かに気付いたのか、メルが声を上げた。
彼女の視線の先には、そこだけ突き出たように
大きな木々の集合体が見える。
「アルテリーゼ、降りてくれ!」
私の言葉に応じるように、彼女はそのまま地上へと
降り立ち―――
それを見ていたパック夫妻もそれに続く。
地上に足をつけた私たちは、丘を前にして
休憩も兼ねてたたずむ。
「アルテリーゼとシャンタルさんは、念のため
ドラゴンになったままでいてくれ。
メルはアルテリーゼから離れないように」
「それじゃ、確認してみましょう」
夫2人の言葉に、それぞれの妻がついていき、
その丘の目前まで移動した。
「これは……」
「岩肌が見えます。これですね」
上からだと、木々に隠れて見えなかったが―――
横から見た時に、切り落とされたような岸壁が
露出し、その白い表面をさらしている。
「アルちゃん、シャーちゃん。
これ持てる?」
メルがドラゴン2人を見上げながら聞く。
ていうかシャンタルまでちゃん付けなのか。
いつの間にか仲良くなったのだろうか。
「さすがに無理だろう」
「せめて、わたくしたちより小さく砕かなければ」
標高というか、高さにして15メートル
くらいはある。
持って運ぶというのは確かに無茶だ。
「……ン? 砕く事は出来るのか?」
そう聞くと、ドラゴン2人は首を縦に振り、後ろに
下がるよう促され―――
「とおっ!」
と、アルテリーゼが尻尾を振ると、その先端が
ムチのように岩肌に激突し、地震のような振動が
足元に伝わる。
そして、直径3、4メートルほどの岩がいくつか
そこらに転がった。
「ふむ、こんなものかな」
「取り敢えず持てる物を持って、いったん
町まで戻りましょう」
ドラゴン2人が、持てそうな岩を物色し―――
人間組はそれを見守る。
炎を吐かずとも、これだけの破壊力があるんだな……
改めてその戦力差を実感する。
と、その時―――
地鳴りと共に、何かが落ちたような音が響いた。
「アルテリーゼ!? 砕くのはもういいですよ?」
「い、いや……我は何もしておらぬぞ!?」
うろたえるドラゴンたちに、すかさず指示を出す。
「アルテリーゼ! シャンタルさん!
私たちを乗せて飛んでくれ!!」
状況がわからないものに遭遇した時……
いったん撤退するのは初歩の初歩だ。
空へ上がれば、少なくとも地上の危険は
避けられる。
上空へと舞い上がり、改めて下の現場を
確認すると……
「アレは……ゴーレム?」
パックさんの口から、聞き慣れた、しかし地球では
あり得ない単語が出てきた。
確かに、身長にして3メートルくらいであろう
人型の何かが、動いている。
「ロックゴーレムだね。
だけど製作者が近くに見えないし……」
「製作途中で廃棄されたのか―――
それとも自然発生型か」
メルとパックさんの話から察するに、どうもそれほど
珍しい存在ではないようだ。
「……ん? 自然発生型って?」
頭の中に湧いた疑問を、そのまま口にする。
それに対しパックさんが説明を開始し、
「基本的にゴーレムは自然発生型ですよ。
それを人間が真似たのが人工ゴーレムです。
何らかの条件で魔力が一ヶ所に溜まり―――
木や石に宿って自我を持ち動き出すのです。
変わった物だとホウキや酒ビンがゴーレムに
なったという記録もあります」
何か地球でいうところのゴーレムとは違うようだな。
どちらかという付喪神……
妖怪っぽいイメージになる。
「でも、王都ではゴーレムなんて見なかったけどな」
感想のように私がポツリと言うと、それを聞いて
いたのか、パックさんが、
「体を作るのが面倒な上、細かい作業は
出来ませんし、暴走や故障で誰かに迷惑を
かけたりすれば―――
製作者もしくは所有者が罰されますから。
よほどの物好きでない限り、作ったりはしないの
でしょう」
なるほど……
王室の宝物庫でもゴーレムは見なかったし、そもそも
人間が魔法を使える世界。
人型のゴーレムをわざわざ作って得られるメリットは
薄そうだ。
外灯もそうだが、お金さえかければ限定的な使い道の
魔導具で事足りるし。
「それで、どうするのじゃ、シン?」
「パック君、あれがいたら邪魔で採石出来ないよ。
壊しても構わないかな?」
そこに、それぞれの妻から夫に質問が飛んでくる。
仕方無いか、と私が思っていると、
「……待って、アルちゃんシャーちゃん。
あれ変じゃない?」
ふとメルが発言した事で、全員の視線がゴーレムに
向かう。
暴れている……というよりは苦しんでいる?
何も身に付けてはいないが、服を脱ごうとしている
かのように―――
自分の体を叩いたり、背中に手を伸ばしたり
していた。
「もしかすると、スライムか虫にやられているのかも
知れませんね」
パックさんが説明してくれたところによると―――
ゴーレムはまず魔力が一ヶ所に溜まり、さらにそれが
集中して『魔力核』を生成する。
その『魔力核』を中心に周囲の石や木や素材を、
自分のボディとして集めて構成するらしい。
「ですが、その魔力核から発する魔力が大好物の
スライムがいるんです」
それに関節の隙間に入られたりして、困っているって
ところか。
「壊してしまっても、構わんのだろう?」
ストレートにアルテリーゼが聞いてくる。
問題解決にはそれが一番手っ取り早い。
しかし……
「別に敵対したわけではありませんし―――
ちょっと私がやってみてもいいですかね?」
情け心を出したわけではないが、理由を
知ってしまった以上、問答無用は気が引ける。
私の『力』を知っている一同は承諾し、まず
アルテリーゼ、メルと共に地上に降り立った。
念のため、アルテリーゼにはドラゴンになって
もらったまま、メルと私を警護してもらいながら
ゴーレムに近付く。
体に付いた汚れを落とそうとするかのように、
ゴーレムは踊るように暴れる。
よく見れば関節部分から液体状の何かが、出たり
入ったりして激しく動くのがわかる。
アニメやゲームで見たりする、スライムのままだ。
「それで―――」
「どうするのじゃ、シン?」
妻2人の言葉に、私は意識を集中させる。
一番簡単なのは魔法・魔力の否定だが―――
それだとゴーレムも巻き添えになる。
スライムという生物は私の世界にいなかったと
しても、粘菌やアメーバ、クラゲ状の生き物も
いるにはいる。
ナマズの件で、もし私の常識に引っかかってしまった
場合、無効化出来ないのは経験済み。
慎重に条件を狭めつつ―――
「これだけ流動性が高く、地上で速く動く
生物など……
・・・・・
あり得ない」
その途端、ゴーレムに異変が起きた。
動きを止め、自分の体のあちこちを見るように
下を向き、手をながめる。
「…………」
よく見ると、体の各所からスライムと思われる
魔物が、泥水が流れ出るようにはい出てきている。
恐らく死にはしなかったものの、常識的な
移動速度になったのだろう。
さて、これからゴーレムはどうするのか。
敵対してくれなければいいのだが……
「えーと、私たちは石を取りに来ただけで……
邪魔さえしなければ」
ひとまずコミュニケーションを取ろうと話しかける。
しかし―――
「……えっ?」
「あら?」
「むう?」
次の瞬間―――
ゴーレムは、私たちの目の前で仰向けに倒れ込んだ。