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(待って、こんなのまずいんじゃ……)
皇帝陛下とばっちりと目が合った気がする。死んだ魚のような、でも鋭いルビーの瞳を見て、身の毛がよだつような思いをする。寿命が縮まったような、ギュッと心臓を後ろから掴まれているような感覚に私の手足は震えだした。一番見つかっちゃいけない出会ったらいけない人が、そこにいたからだ。
リースが私の前に立って守ってくれているとは言え、見つかってしまったことは確かだろう。でも、リースがいるから、手荒なまねはしないはず。
「愚息よ。何故貴様がここにいる」
「俺も聞きたいですね。陛下、何故貴方がここに?」
リースと皇帝は睨み合っていた。リースは、震えも怯えも見せず、堂々と、皇帝陛下を見ている。けれど、その瞳からは、とてもじゃないけれど、家族であるという感情が感じられなかった。まるで、他人、敵意さえ孕んでいるような。リースと皇帝陛下が仲が悪いのは知っていたけれど、そこまでだとは思わなかった。改めて、その中の悪さというか、険悪さを垣間見た気がする。
元々、リースは家族というものが嫌いだったと言っていたから。とくに、親の存在が。
(でも、この場合は私を守る為に、って思った方がいいのかな……)
リースと陛下が仲が悪い云々よりも、私を酷い目に遭わせた陛下を許せない、私守る、見たいなそんな意思……自意識過剰すぎるかも知れないけれど、と自分で思いつつも、私は、リースの服を引っ張った。なるべく、隠れようと、彼の背中へとまわる。
「何故か……そうだな。地下道で、ネズミがうろついているという噂を聞いたからか」
「貴方が噂などで動くとでも」
「口の聞き方には気をつけろ。まあ、何だ、そのネズミとやらが皇宮に侵入してきたらしくてなあ。分かるだろう、愚息。そのネズミがなんなのか」
と、陛下は、リースの後ろにいる私の方を見た。
ネズミ、というのがあの魔物のことではなく私のことを言っているんだと気づき、ゴクリと固唾を飲み込んだ。にしても、いい方が嫌すぎる。
(それじゃあ、まるで私が悪者みたいな)
それって、泥棒とかに使う言葉じゃないの? 何て思いながらも、やはり、私は皇帝陛下に嫌われているんだと、これもまた再確認する。嫌な話だけど。
リースは私の方をちらりと見て、何か言い返そうと一歩前に出た。
「何故、貴方はエトワールを嫌う?」
「質問ばかりだな。そいつが、災厄の元凶だ。混沌は、まだ封印されていないのではないか」
「はっ、何を言い出すかと思えば……それなら、俺の婚約者であるトワイライトが封印したのでは?本物の聖女ですら信じられなくなったのですか、貴方は」
リースはわざとそう言って、陛下を煽った。彼の刻まれた深い皺がさらに増え、陛下はピクリと眉をひそめる。わざととはいえ、婚約者という言葉を聞いて、胸が爪で引っかかれたような痛さが走って行く。
(我慢よ、我慢……リースがやってくれているんだから、私は信じて待たなきゃ)
でも、この状況をどうにかしろと言われても、どうすれば良いか分からなかった。逃げ場なんてないだろうし、転移魔法も使えない。この皇帝が私を逃がしてくれるとも思わないし……どっちにしろ、私は牢獄に入れられるのではないかと。
「ふむ……まあ、いいだろう。私もそこまで心が狭いわけではない。それに、ちょうど探していたんだ。そこの女をな」
「……っ」
「え……ひっ」
気づけば、騎士達に取り囲まれており、私はその場でへたり込んだ。リースが私に手を伸ばしたが、騎士達に止められ、余計なことをするなと釘を刺されたようだ。丸腰じゃないとは言え、この数の騎士を一気に相手にするのは、リースも分が悪いだろう。
渡しはここまで来たら、諦めるしかないのだと、床に手をついた。柔らかな絨毯に爪を立てて、顔だけを上げる。私を捕らえて一体何をする気だろうかと。
「な、何のようですか」
「愚息が世話になったそうじゃないか。それに、聖女様が、貴様のことを姉としたっている」
「だ、だから、何ですか……私は、アンタに……陛下に嫌われているものだと」
此奴に敬語を使う必要なんてないと思いつつも、変なところで地雷を踏んで殺されたくないので、敬語で取り繕う。見えにくいが、皇帝の顔はかすかに見え、まだ怒ってはいないようだった。何がきっかけで起るか分からない、時限爆弾のような。
皇帝は私を舐めるような目で見た後、ふむ、と一人で何かを納得したように声を漏らした。
トワイライトやリースの話を持ち出して、まるで私を嫌いだが上げるような言葉に引っかかりを覚える。
「貴様も分かっているだろうが、三日後、愚息と聖女様の結婚式が執り行われる」
「し、知っていますが、それが何か」
「それに、出席しろ」
「は、はい?」
いっている意味が分からなかった。とうとう狂ったのかと思った。それか私の耳が腐って落ちたのかと。
(今、何て言った?結婚式に参列しろって?)
「貴様が出るのは、夜に行われる貴族だけのパーティーだ。だが、そこで変な気を起こすなよ。聖女様を殺すなんてこと、愚息を殺すなんてことしてみろ。万死に値する」
「ま、待って下さい。何で私が!」
いっている意味が本当に分からなかった。見せしめのつもりだろうか。リースの開いては私じゃないってそう言いたいのだろうか。嫌がらせ? どが過ぎている。
新手の嫌がらせに私が参っていると、リースが叫んだ。
「何を言っているんですか。陛下。言っていること滅茶苦茶だ」
「滅茶苦茶ではない。貴様は黙っていろ。これは、決定事項だ」
「何故、エトワールが参列する必要がある……それも、夜のパーティーだけ……そのパーティー……エトワールを嫌う貴族ばかりなんじゃないか?」
「……リース」
その線は大いにあり得る。私に嫌がらせをするなら、私を嫌いな貴族を集めればいい。私が居心地がよくなくて暴れて、しめだすつもりかもしれない。そこで暴れて死刑にすると。本当に幼稚だと思った。それを国家規模で、皇帝の権力で野郎としているところに幼さを感じる。でも、皇帝の命令は絶対だ。
国自体が腐っているとは言わない。私が悪事を行っていなくても噂というものが漂って勝手に尾ひれのついた噂が私を悪者にしていく。ただそれだけの話なのだ。それで、私が何をしていなくても平民は私が偽物だと、悪女だと言って悪役に仕立てて嫌って。それの連鎖。
今に始まったことではない。
そして、貴族の中には、本当に女神や聖女を信仰しているものがいて、それから外れた私を嫌うものはいるだろう。正しいものしか信じない的な。まあ、これもいい。
それをスケールを大きくしてしようとしているところに絶望というか、恥ずかしさを感じていた。けれど、私が止められるはずもなく、私は頷くしかなかった。
「そのパーティーに出席すればいいんですね」
「ああ、そうだ。先ほども言ったが、そこで変な気を起こしてみろ。未来の皇帝と、その妃になるものに危害を加えたとして死刑だ。これは、法でも決まっている」
何処にそんな方があるのか。
いや、まあ皇族に危害を加えた時点でアウトなのか。
私は、渋々それに了承し、立ち上がった。リースは私を心配そうに見ている。こうなることは予想できていたし、そのパーティーに出て何も起こさなければいいだけだし……でも、その後はどうなのだろうか。
(何をしなくてもでっち上げて殺す気かも知れない……でもどうせ……)
そもそもここから出られないという状況ではどうしようもない。私は、この皇宮で死ぬのかも知れない。それは嫌だけど……
きっと今も皇宮の外に出られないのだろうな、と遠い目をし、私はふと、リースの方を見た。彼は、爪が食い込みそうなほど拳を握り、怒りを抑えていた。震えた手が、剣の柄を握り、今にも皇帝に斬りかからんとしていた。私は、それだけはダメだと言いたかったが、声を発する前に、皇帝が言葉を吐き捨てた。
「そうだ、喜べ悪女。三日間だけ、貴様を監視するメイドをつけよう」
入ってこい、という皇帝の声で開かれていた扉から一人のメイドらしき人物が入ってくる。監視するためのメイドって何も喜ばしいことじゃない。でも、もしかしたらリュシオルかも……なんて期待し、目を凝らして見れば、ふわりとした黒髪にオレンジ色の瞳をした小柄な少女だった。
「初めまして、エトワール・ヴィアラッテア様。三日間、貴方様の監視をさせて頂きます、エルと申します」
ぺこりと頭を下げ、それからスッと私の顔を見た彼女の目は冷たく鋭く、とても怖かった。