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「……どうだろう。食べてないことはないんだけど……余り食は進まない、かな。……何か久しぶりに会えたのに情けなくてごめん……」
プライドの高い偉央が、弱々しいところを他者に見せること自体珍しいことだ。
力なくこぼされた言葉に、結葉は気が付けば、いま冷蔵庫に仕舞ったばかりのタッパーを取り出して、「少し召し上がられませんか? 私、準備しますので」と誘い掛けていた。
それはほぼ無意識に口をついて出てしまっていたセリフで。
偉央が結葉の言葉に、彼女を見詰めて驚いたように「え……?」とつぶやいた。
それを見て、結葉は今更のようにソワソワしてしまう。
「あ、あのっ……折角持ってきたので……その、感想をお聞きしたいなって」
タッパーを手に落ち付かない結葉だ。
(私、何を言ってるの……?)
あんなに怖かったはずの偉央なのに。
何だかいま目の前にいる偉央は、結葉の知っている彼ではないように見えたから。
「キミが嫌じゃないなら……お願い……しよう、かな」
ややして偉央がそう答えて結葉に微かな笑みを向けてくる。
その笑顔は、結葉が偉央と付き合っていた頃によく見せてくれた優しい表情に似ていたから。
結葉は、懐かしさに胸の奥が小さく疼くのを感じた。
「じゃあ早速用意しますね」
それを払拭するように皿を取りに食器棚に行って。
偉央の方へ背を向けた途端、背後でガタンッと音がして、結葉はビクッと肩を跳ねさせた。
「――偉央さんっ⁉︎」
だけど結葉が恐る恐る振り返ったら偉央が寝室前で膝をついているのが見えて。
結葉は現状も忘れて思わず彼のそばに走り寄っていた。
「どうしたのっ? 具合が悪いのっ?」
偉央のすぐ横に跪いて、殆ど無意識。
彼の背中に触れて俯けられた顔を覗き込んだら、そのままギュッと抱きしめられた。
「い、おさっ⁉︎」
突然の抱擁に驚いた結葉が身体をギュッと固くしたら、偉央が小さな声でポツリと言った。
「ごめん。ちょっとだけ肩を貸してもらえないかな」
その言葉に、偉央は自分を抱き締めたのではなく、支えにしたかっただけだったんだと気付かされた結葉は、小さくコクリと頷いた。
頷きながらも、怖くて気持ちをしっかり持っていないと身体が小刻みに震えてしまいそうで。
でも、だからと言ってこんなに弱っている偉央を放り出すことは出来なかった。
「――本当にすまない。キミは……僕のことが怖いのに」
自分でも抑えているつもりだったけれど、偉央にも震えているのが伝わってしまったらしい。
力無い声で謝罪されて、結葉はフルフルと首を振った。
「こ、わくないって言ったら嘘になるけど……でも、偉央さんを支えるのは嫌じゃない……」
考えてみれば、偉央が自分に対してこんな弱い部分を見せたことは、彼との長い付き合いの中で一度もなかった気がした結葉だ。
「だから……変に気を遣わず私を頼って?」
そのぐらい偉央が弱っているのもあるのだろうけれど、自分の弱さを見せてくれる今の偉央となら、ちゃんと話が出来る気がして。
「立てますか?」
結葉自身、偉央を支えたままでは立ち上がることが出来なかったから、一旦先に自分だけ立ち上がらせてもらって、偉央に恐る恐る手を差し出した。
偉央はそんな結葉を切なげな目で見上げてくると、そっと伸ばされた手を握る。
「有難う……結葉」
間近で偉央に名前を呼ばれて、結葉は無意識だったけれどトクン……と心臓が跳ねたのを感じた。
偉央の低音ボイスで名前を呼ばれるのが好きだったな、とふと思い出して切なくなって。
偉央とこの部屋で再会して、名前を呼ばれたのはこれで二度目。
最初に「結葉?」と呼び掛けられた後は、まるで意図的ででもあるかの様に「キミ」と呼び掛けられていたから。
結葉はグッと奥歯を噛み締めると、押し寄せる諸々の感情を一旦胸の奥底に押し込めた。
***
身長差が二〇センチ以上あるから、実際小柄な結葉が偉央の支えになれたかどうかは分からない。
でも、偉央は結葉に捕まってベッドサイドに腰をかけることが出来た。
偉央は目眩でもしているのだろうか。
苦しそうに眉間にしわを寄せると、眼鏡を外してベッドの宮棚に置く。
偉央の裸眼の顔を見るのは本当に久々だなと思った結葉だ。
偉央は眼鏡をしていると、付け入る隙のないインテリっぽく見えるけれど、眼鏡を外すと少し印象が柔らかくなる。
まだ偉央との関係が今ほどこじれていなかったころ、彼に優しく抱かれた後で二人布団のなかで睦言を交わしながら、眼鏡のない彼の顔を間近にして照れ臭かったのを、結葉は鮮明に覚えている。
折檻をされるように酷く抱かれるようになってからの偉央は、情事の際にも眼鏡を外すことは無くなったし、ことが終わった後に、結葉と一緒に眠る事もなくなっていた。
というより結葉は偉央から気を失うまで酷く責め立てられて。明け方、目が覚めるといつもベッドに一人だった。
寝室はカーテンが閉められていて薄暗いからだろうか。
結葉は何だかソワソワと落ち着かない。
自分も少し前まではこの部屋で寝起きしていたんだと思うと、監禁生活の片鱗をふと思い出してしまって、結葉は自然心拍数が上がってくるのを感じてしまう。
「偉央さん、大丈夫ですか?」
それを誤魔化すみたいに偉央を気遣ったら、心底申し訳なさそうな顔をして偉央が吐息を落とした。
「せっかく久しぶりにキミに会えたのに……情けない所を見せてしまってすまない」
「それは気にしないで? だけど……本当にどうしちゃったの?」
自分が偉央を置き去りにしたから?と心の片隅で思わなくもない結葉だったけれど、そんなことを思うこと自体烏滸がましいかも、とも思って。
「とりあえず横になって?」と偉央を促してベッドに寝かせると、結葉は静かに偉央を見つめた。
本当なら熱がないか額に触れたりしてみるのが正解だと分かっているけれど、さすがにそこまでは怖くて出来そうにない。