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第54話:社畜の悩みに、底辺の劇薬を〜天使の仮面が割れた夜、ナマポという名の救済〜
「さあ、始まりました! ルシフェル和尚の人生相談室! 今夜の迷える子羊……いや、大天使様はこちらの方です!」
五月上旬の夜九時。
俺の合図と共に、配信画面の右半分に、スタプロ所属の新人VTuber・白百合カノンの美麗な3Dアバターが表示された。
真っ白なドレスに、背中の小さな羽。見るからに純度百パーセントの天使である。
『はわっ、皆様こんばんわぁ〜! スタプロ所属、皆様に癒やしをお届けする大天使、白百合カノンですっ! ルシフェル様、本日はお招きいただきありがとうございますっ!』
鈴を転がすような、完璧に作り込まれた『清楚ボイス』。
俺のチャンネルのチャット欄には、一瞬にして『可愛い!』『本物の天使キター!』『おっさんの画面が浄化される!』というリスナーたちの歓声が溢れ返った。
「おう、よく来たなカノンちゃん。リスナーどもも喜んでるみたいだぜ」
俺はニヤリと笑い、そして。
事前の打ち合わせ(通話)通り、一切の容赦なく、底辺の鉈(なた)を振り下ろした。
「で? 今日は配信前に、胃薬何錠飲んできたんだ?」
『…………えっ?』
カノンのアバターが、ビクッと硬直した。
チャット欄も『え?』『胃薬?』『どういうこと?』と、一瞬で困惑の空気に包まれる。
「とぼけんなよ。昨日裏で通話した時、『毎日同接とスパチャの数字を見るのが怖くて、胃に穴が空きそうです』って泣きついてきたじゃねえか。お前、天使ってより完全に『月末のノルマに追われる限界営業マン』の顔になってたぞ」
『あ、あわわわっ……! ル、ルシフェル様!? そ、それは裏のお話で……っ! わ、私、大天使ですから、胃袋なんてなくて、あの、霞(かすみ)を食べて生きてるって設定で……っ!』
声が完全に裏返っている。
天使のメッキが、開始わずか三分でボロボロと剥がれ落ちていく。
「霞じゃなくて胃薬食ってんだろうが。いいから吐き出せ。お前、今スタプロの運営からどんだけプレッシャーかけられてんだ?」
俺が低く、凄みのある声で促すと。
数秒の沈黙の後。カノンのアバターが、ガクッと項垂れた。
『……っ。もう、嫌だぁ……』
マイク越しに、ズルッと鼻をすする生々しい音が聞こえた。
『先輩たちはみんな何万人も同接出してるのに、私だけいつも底辺で……。マネージャーさんからは毎日「今日の配信の改善点は?」「次回の企画書は?」って詰められて……!』
先ほどまでのふんわりボイスはどこへやら。
そこから飛び出してきたのは、ドス黒く濁った、リアルすぎる『限界社畜の魂の叫び』だった。
『私だって頑張ってるんです! 毎日エゴサして、流行りのゲームやって! なのに数字は伸びないし、同期の子はどんどんチャンネル登録者数増やしていくし! もう数字を見るのが怖くて、毎日吐きそうなんですぅぅぅ!!』
「おお、いいぞ。もっと吐き出せ。お前は天使じゃない、ただの数字の奴隷だ」
『ひぐっ、うわああぁぁん! 助けてぇ! もう清楚でいるの疲れましたぁ! 毎日毎日、裏ではエナジードリンクと胃薬で生きてるのに、表では「はわわ〜」って言うの、もう限界なんですぅぅ!!』
完全なる放送事故(暴露)。
だが、俺のチャンネルに棲みつくリスナー(保護者)たちは、この泥臭すぎる展開を待っていた。
『wwwwwwwww』
『天使(限界社畜)』
『親近感湧きすぎるだろww』
『ガチの悩みで草』
『エナドリと胃薬で動く天使ww』
「……で? お前、そんなに辛いなら、さっさとスタプロ辞めちまえよ」
俺が冷たく言い放つと、カノンはヒクッ、と泣き止み、パニックを起こしたように叫んだ。
『む、無理です! 辞めたら私、どうやって生きていけばいいんですか!? 借金もあるし、家賃も払えなくなって、野垂れ死ぬしかないじゃないですかぁ!!』
「バカ野郎。お前、日本という国を舐めるなよ」
俺はマイクに顔を近づけ、かつての『プロ』としての凄みを利かせた。
「辞めて、金が尽きたらな……『ナマポ(生活保護)』を受けりゃいいんだよ」
『……な、なまぽ?』
「そうだ。俺がついこの間まで受給してた、この国の最強のセーフティネットだ。家賃は『住宅扶助』で上限まで国が払ってくれるし、毎月生きるための金が振り込まれる。医療費だってタダだ! つまり、お前のそのボロボロの胃袋も、無料で治し放題ってことだぞ!」
チャット欄が『wwwwww』『出た! おっさんの最強カード!』『大天使に生活保護を勧める底辺ww』と大爆発を起こす。
『そ、そんな……! 働かなくても、お金がもらえるんですか……?』
「ああ、もらえる。死ぬことなんて絶対にねえんだ。だから、数字のプレッシャーで胃に穴開けて死ぬくらいなら、全部投げ出してナマポに逃げ込め。俺が受給のコツから役所での立ち回りまで、全部コンサルしてやるよ」
俺の『最低の助言(劇薬)』を聞いたカノンは、言葉を失っていた。
無理もない。トップVTuber事務所のアイドルが、配信上で「生活保護の受け方」をレクチャーされているのだから。
だが、俺はすぐに表情を引き締め、真剣なトーンで釘を刺した。
「……だがな、カノン。一つだけ忠告しておく」
『は、はいっ……』
「ナマポは天国じゃねえ。……ケースワーカーってのは、マジで怖いぞ」
俺の脳裏に、あの帯広市役所の『鉄面皮(鈴木さん)』の顔がフラッシュバックした。
「毎月家庭訪問に来て、部屋の隅々までチェックされる。少しでも怠惰な生活をしてりゃ、氷のような目で軽蔑される。挙げ句の果てには、配信にまで潜り込んで監視してきて、税務署で物理的にバインダーで殴りかかってくるんだ!」
『えっ……? ば、バインダーで殴られるんですか!?』
「そうだ! 鈴木さんっていうマジでヤバい女にな! だからな、お前がスタプロのマネージャーの説教から逃げてナマポを受けても、結局は『国家権力(ケースワーカー)』の監視からは絶対に逃げられないんだよ!!」
俺が血走った目で喚き散らすと。
電話の向こうから。
『……ぷっ』
吹き出すような音が聞こえた。
そして。
『あはははははっ! な、なんですかそれ! バインダーって! ケースワーカーさん、怖すぎますっ! あははははっ!』
清楚な大天使の仮面を完全にかなぐり捨てた、素の、少しハスキーで、豪快な大爆笑。
それが、白百合カノンという一人の女の子が、腹の底から見せた『本当の笑顔』だった。
『そっか……。最悪失敗しても、死ぬわけじゃないんですね。ケースワーカーさんにバインダーで殴られる生活が待ってるだけなんですね……っ! あはははっ、なんか、すごく気が楽になりましたっ!』
「おう。死ななきゃなんとかなる。それが底辺の神髄だ。お前はもうちょい、適当に生きてみろ」
『はいっ! ありがとうございます、ルシフェル様! 私、もう少しだけ、スタプロで頑張ってみます! 次マネージャーさんに詰められたら、「辞めてナマポ受けます!」って言い返してやります!』
「やめとけ、絶対クビになるぞ」
俺が呆れて突っ込むと、カノンは再び豪快に笑った。
その瞬間。
画面の右端から、凄まじい勢いで極彩色のスパチャの嵐が吹き荒れ始めた。
『スパチャ:10,000円(カノンちゃん、その素の笑い声最高だぞ!)』
『スパチャ:50,000円(限界社畜天使、推せる!!)』
『スパチャ:10,000円(ナマポ回避の足しにしてくれ!)』
『スパチャ:5,000円(胃薬代です! 無理すんなよ!)』
俺のチャンネルのリスナーたち、そしてこの配信を見に来ていたカノンのファンたちが、彼女の『泥臭いリアルな姿』に完全に魅了され、札束で全力の肯定をぶつけてきたのだ。
『えっ……? す、すごい、こんなにスパチャが……っ!? あ、ありがとうございます! 皆さん、ありがとうございますぅぅっ!』
カノンは、今度は感極まった嬉し泣きの声を上げていた。
飾られた天使の言葉ではなく、血の通った、生身の女の子の涙。
それが、視聴者の心をさらに鷲掴みにする。
「おいおいカノン、お前もすげえ稼ぐじゃねえか。……でもな、言っとくぞ」
俺は、自分の机の上にある『税金の納付書』をチラリと見て、悪魔のようにニヤリと笑った。
「そのスパチャ、全部今年の『課税対象』だからな。来年の確定申告、地獄を見るぞ」
『えっ? か、かぜい……?』
「ようこそ、納税の修羅道へ。お前も立派な個人事業主(戦友)だな」
俺の言葉に、カノンのアバターが再びピシッと硬直する。
チャット欄は『wwwwww』『おっさん、後輩に現実突きつけるなww』『税金の呪い』と、今日一番の大爆笑に包まれた。
かくして。
数字のプレッシャーで潰れかけていた新人VTuberは、四十歳の底辺おっさんが処方した『ナマポという名の劇薬』によって、見事に(ある意味で最悪な形に)復活を遂げたのだった。
ゆうき あきや
1,642
厚揚げ衣
20
なんたろ
1
いちご@ホロオタ×ぴちりす
295
コメント
1件
みぅ🤍🥀です〜 え、今回めっちゃよかった……! カノンちゃんの「清楚な仮面」が剥がれて、素の限界社畜の叫びが出てきた瞬間、鳥肌たったよ。ルシフェル和尚の「ナマポでいいじゃん」って劇薬みたいなアドバイス、笑えるのに妙に説得力あって。でも最後に税金の話で締めるのがおっさんらしいリアルさで好き。バインダーで殴るケースワーカーとか、もうこの世界観好きすぎる笑。カノンちゃんの素の笑い声、すごく良かった。現実も重いけど、ちゃんと向き合ってる感じが伝わってくる回だったなあ。