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第55話:グッズ販売という新たな罠〜中抜き三十%の壁と、四十歳の確定申告愚痴ASMR〜
「……おい、ジェミニ。一つ聞いていいか」
五月中旬。
帯広市のボロアパートで、俺はデュアルモニターの片方に映る数字を睨みつけながら、AIのチャット欄に文字を打ち込んだ。
最近、俺のチャンネルは絶好調だ。
3D化に向けた「借金返済RTA」から始まり、スタプロの新人・白百合カノンとの「ナマポ推奨コラボ」が大バズりしたおかげで、連日のように大量のスパチャが飛んでいる。
だが、俺はどうしても納得がいかないことがあったのだ。
「俺の配信画面の『スーパーチャット累計額』は、確かに百万円を突破してる。……なのに、どうして俺の銀行口座に振り込まれる予定の金額が、七十万ちょいしかねえんだよ!! 三十万はどこに消えた!?」
エンターキーを叩きつけると、ジェミニ先生から即座に、そして冷酷な回答が返ってきた。
『プラットフォーム手数料(AppleやGoogleによる中抜き)が約30%引かれているからです。ルシフェルさん、常識です』
「さ、さんじゅっぱーせんとォォ!?」
俺は三万円のゲーミングチェアから跳ね上がった。
「三十%ってなんだよ! ヤクザのみかじめ料だってそんなに取らねえぞ!! 俺が必死こいて喉を枯らして、リスナーが汗水垂らして稼いだ金を、何もしてないプラットフォーマーが三割もかすめ取っていくのかよ! 暴利だろ!!」
『それが資本主義のルールです。嫌なら別のプラットフォームで自社サーバーを立てて配信してください』
「ぐっ……! 正論の暴力……ッ!」
俺は頭を抱えて机に突っ伏した。
3D化費用の自己負担額は二百五十万円。これをスパチャだけで稼ごうとすれば、手数料を考慮して約三百五十七万円以上を投げてもらわなければならない。
さらにそこから、所得税と住民税と国保が引かれるのだ。
「ダメだ。スパチャだけに頼ってたら、俺の寿命とリスナーの財布が先に尽きる。……もっと、もっと『利益率』の高い集金方法はないのか!?」
俺は血走った目でネットの海を検索し始めた。
VTuber界隈で、手数料が少なく、利益率が最も高いビジネス。
それはすぐに判明した。
「……グッズ販売、そして『ボイス販売』か」
アクリルスタンドやタペストリーなどのグッズは原価がかかるが、デジタルデータの『ボイス(音声ファイル)』なら、原価はマイクの電気代のみ。ほぼ利益率100%。
さらに、某ダウンロード販売サイトを通せば、手数料はたったの数%で済むらしい。
「これだ!! これならリスナーの払った金が、ほぼダイレクトに俺の懐(3D化費用)に入る!!」
俺は歓喜の声を上げた。
しかし、すぐに冷静になり、大きな壁にぶち当たった。
「待てよ。VTuberのボイスって、『おはよう、お兄ちゃん!』とか『今日も一日お疲れ様、大好きだよ』みたいな、甘々でエモいセリフを囁くやつだよな?」
俺は自分の声帯を意識した。
三十万円の高性能マイクを通して発せられるのは、四十年間社会の底辺でタバコと缶コーヒーにまみれてきた、ドス黒いおっさんの声だ。
俺が「大好きだよ」なんて囁いた日には、鼓膜が腐るとして炎上し、チャンネルがBANされるに違いない。
「アイドルみたいなボイスは無理だ。……じゃあ、俺のリスナーどもは、俺のどんな声を求めてるんだ……?」
考えろ。俺のチャンネルの保護者(リスナー)たちが、一番喜んで、腹を抱えて笑い、スパチャを投げたくなる瞬間はいつだ?
それは、俺が『税金』と『現実』に苦しみ、喚き散らしている時だ。
「……閃いたぞ。これなら、原価ゼロで、俺のリスナーの性癖にブチ刺さる最強の商品が作れる!!」
俺は押し入れの奥から、以前「いつか使えるかも」と思ってドン・キホーテで買っておいた、無駄に高音質な『バイノーラルマイク(立体音響マイク)』を引っ張り出してきた。
そして、部屋の窓を閉め切り、防音のために布団を頭から被った。
「よし、収録開始だ……」
その日の夜。
俺は緊急の配信枠を立ち上げた。
タイトルは『【重大発表】ついにルシフェル初の公式グッズ(ボイス)が発売決定!』
『おっ!?』
『ついにグッズキター!!』
『アクリルスタンドか!? 祭壇作るぞ!』
『ボイス!? おっさんの声で何を囁くんだよww』
『需要あるのか?ww』
同接二万人が固唾を飲んで見守る中、俺はドヤ顔で販売サイトのURLを画面に表示した。
「おいお前ら! スパチャの三十%中抜きにキレた俺は、最強の利益率を誇るデジタルコンテンツを作ったぜ! その名も! 『四十歳の確定申告愚痴ASMR〜右耳から借方、左耳から貸方〜』だ!!」
『…………は?』
チャット欄が、一瞬のフリーズを経て、大爆笑の嵐に変わった。
『wwwwwwwwww』
『狂気の商品爆誕』
『ASMRの無駄遣いwwww』
『誰が買うんだよそんなもん!!!ww』
『タイトルだけで腹痛いwww』
「笑うな! 俺は本気で収録したんだぞ! ちょっとだけサンプル(試聴版)を流してやるから、イヤホンつけてよく聴け!」
俺は配信上で、昨夜布団を被って録音した音声ファイルを再生した。
『(カサカサッ……ペラッ……)』
まず聞こえてくるのは、レシートを仕分けるリアルな紙の音。立体音響により、リスナーの耳元で本当に領収書をめくっているような感覚に陥る。
『……はぁ。なんで育毛剤が経費にならねえんだよぉ……』
右耳から、四十歳のおっさんの、この世の終わりみたいな重い吐息とすすり泣きが聞こえる。
『(カタカタカタッ、ターンッ!)』
『……貸借対照表が……二百万ズレてる……ッ。借方ぁ……貸方ぁ……鈴木さん、助けてくれぇ……』
今度は左耳から、電卓を叩く音と、絶望に満ちた掠れ声が囁かれる。
それはまさに、社会の底辺でもがく個人事業主の『怨念』をギュッと濃縮した、地獄のような立体音響だった。
『ヒィィィィィwwwwww』
『耳元で税金の愚痴を囁かれる恐怖wwww』
『リアルすぎてこっちの胃が痛くなるわww』
『鈴木さんへの助けを求める声がエロい(錯乱)』
『ASMR(あぁ、申告、マジ、無理)』
「どうだ! この臨場感! 全五トラック、収録時間約三十分! お値段なんと、強気の『三千円』だ!! 手数料が引かれない分、お前らの金がダイレクトに俺の3D化費用になるぞ! さあ買え! 俺に夢を見させろ!!」
俺の図々しすぎるダイレクトマーケティング。
普通のVTuberなら「ファンを金ヅルだと思っている」と大炎上するところだ。
だが、ここはルシフェル和尚の駆け込み寺。
狂ったリスナーたちの財布の紐は、完全にぶっ壊れていた。
『スパチャ:10,000円(最高にイカれてるから三つ買ったわww)』
『スパチャ:5,000円(作業用BGMにしますww)』
『これ聴きながら自分の確定申告やったら死にたくなったww』
『ボイス飛ぶように売れてて草』
『おっさんの怨念に三千円払う俺たち』
画面の向こうで、販売サイトの『購入通知』のメールが、滝のような速度で俺のスマホに届き始めた。
「す、すげえ……! まさか本当に売れるとは……! しかもスパチャと違って、三十%も抜かれない! 三千円がほぼそのまま俺の懐に……!」
俺は三十一万八千五百円のゲーミングPCのモニターを見つめながら、ゲスい笑いを浮かべた。
売れる。売れるぞ。
在庫リスクゼロ、原価ゼロのボイス販売。これこそが資本主義の錬金術だ。
「ははははっ! いいぞお前ら、もっと買え! 会社の通勤電車で聴いて、俺の苦しみを味わえ!!」
俺は高らかに笑い、勝利の美酒に酔いしれた。
この時の俺は、まだ気づいていなかったのだ。
手数料の壁を回避し、ダイレクトに売上を爆増させるこの『錬金術』が。
俺の年間の総売上を、あの『一千万円』という絶対に越えてはならないラインへと、フルアクセルで突撃させる最悪のブースターになるということに。
利益率の高さに味を占めた俺の足元に、『インボイス制度』という魔王の足音が、確実に近づきつつあった。
コメント
1件
わあ、今回もぶっ飛んでるなあ……! スパチャの中抜き30%にキレて、まさか確定申告愚痴ASMRを売り出すとは(笑)。でも「原価ゼロ・利益率ほぼ100%」という理屈は確かで、在庫リスクを負わずにダイレクトに収益化できる発想がルシフェルさんらしい。「右耳から借方、左耳から貸方」ってタイトルセンス、狂ってるけど好きです。最後の一千万円の壁とインボイスの足音、これが後々どう効いてくるのか……今から胃が痛い反面、続きが気になります!
らむ
1,031
ゆうき あきや
1,642
#ミリタリー