テラーノベル
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アオイは、すひまるの家の戸を静かに開け、ゆっくりと歩みを進めた。
足元には血の気配が残る。空気は重く、夜の闇が全てを呑み込もうとしている。
街は静かだった。
――あまりにも、静かすぎた。
「……暗くて鬱陶しいんだよ」
ポツリと、呟く。
その手がゆっくりと天へと掲げられる。
次の瞬間。
遥か上空、雲をも突き抜けた彼方に巨大な魔法陣が展開された。
そこから無数の【糸』が降り注ぎ、螺旋のように絡み合いながら球体を形成する。
そして、その中心から――まるで“新たな太陽”が生まれたように、鮮烈な光が街全体を照らし出した。
虚構の星のように、どこか温かく、それでいて鋭い光。
「これで……よく見える」
前方――巨大な【魔王城】から、
黒雲のように広がる影。
数千……いや、数万の魔物と吸血鬼たちが、地を割るような咆哮をあげながら飛来してくる。
それでも、アオイは――
一歩ずつ、ゆっくりと魔王城へ向かって歩き出した。
炎も、牙も、闇も。
彼女の歩みを止めるものは何もない。
そして、凛とした声で、ただ一言。
「【目撃縛】」
その瞬間。
――ピタリ。
遠く空を飛んでいた魔物たちが、まるで時間が止まったかのように空中で静止する。
見られた瞬間、どこからともなく無数の【糸】が出現し、対象に巻きつき、そのまま拘束していた。
空の兵は、もはやただの人形。
逃げることすら許されない。
その時。
「死ねッ!『女神』ッ!!」
近くの瓦礫に隠れていた吸血鬼たちが一斉に襲いかかる。
詠唱された火炎魔法。
空を裂くように放たれる氷槍。
鋭く投げられたナイフ――
だが。
それら全てはアオイの数メートル手前で、
まるで「否定されたかのように」失速していく。
魔法を放った吸血鬼は、術式を浮かべた瞬間――
【糸】が魔法陣の構造を塗り替え、不発に変える。
ナイフを投げた者は、放った刃が空中で止まり――
まるで意志を持ったように旋回し、持ち主のホルダーへと帰還する。
「なっ……なんだ……これは……」
呆然とする間もない。
――アオイの瞳に映った者から、順に。
糸が伸びる。
絡みつき、締め上げ、宙に浮かせ、動きを封じる。
誰一人、彼女に近づくことすらできない。
その光景は、まるで――
“神の審判”そのものだった。
「ば、化け物……」
「……」
一人の【オルビアル化】して縛られている吸血鬼が、怯えた声でそう呟いた。
その言葉に、アオイが静かに反応する。
視線を向け、ゆっくりとその吸血鬼へと歩み寄る。
「な、なんだ!」
「化け物?俺が化け物に見えるか?」
その声は静かだった。
だが、誰が聞いてもわかる。
そこには、澱のように重く沈んだ【怒り』が、込められていた。
そして――アオイは立ち止まり、顔を傾ける。
「【私』から見たらそっちの方が……よっぽど化け物だよね♪」
【アオイ』はその者に――笑顔を見せた。
それは、何もかもを『魅了』する笑顔。
見る者すべてを虜にし、美しさと神秘を纏った――完璧な笑顔だった。
しかし、今のそれは違った。
「ひ、ひぃいいいぃ」
心の底からの【恐怖』だった。
その笑顔に込められたのは、底知れぬ憤怒と冷たい軽蔑。
吸血鬼の脳は、理解が追いつく前に過剰な【恐怖』に襲われる。
精神は処理しきれず、視界が白く染まる。
――ドサリ。
気絶した。
まるで意識のない間に殺してくれと言わんばかりに__
「…………」
「止まりなさい、アオイ」
聞きなれたその声に、アオイはゆっくりと振り返る。
そこには、一年間を共に過ごした――クラスメイト達の姿があった。
「みんな……」
だが彼らの姿は、かつての『友達』ではなかった。
全員が【オルビアル化】し、魔力に染まった異形の姿となって、武器を構え、アオイに向ける。
「悪く思わないでね、これが私達の“仕事”なの」
その一言で、アオイの中にまた【絶望』が芽吹く。
そしてその根から、黒く濁った【怒り』が滲み出る。
「おいおい、俺たちの友情は……そんなもんなのかよ?」
静かに絞り出した声は、哀しみとも怒りともつかない。
だが、それに対する答えは冷たかった。
「あんたこそ、友情って言うわりには『俺』なんて一人称で話し方も違うじゃない」
「お互いに隠してただけの話よ」
ズシン、と胸の奥に響く言葉。
アオイの目がわずかに揺れる。
「ハッ、言えてるよ……ほんと……言えてるよ!くそ!」
噛みしめるように吐き出すと、アオイの身体に異変が起こる。
――耳が、尻尾が、伸びる。
二本の尻尾がふわりと揺れ、猫耳が揺れる。
【アオイ』は――【獣人化】し、構える。
「俺は今――最高に怒ってる。全員まとめてかかってこい。【武器】は使わないでやるよ」
「言われなくても! 行くわよ、あんた達!」
「「「「おおおおおっ!!!」」」」
《ストロングウーマン》
《ファイアーヒューマンドロップ》
《アルティメット》
《マッフルファイターズ》
どれも、かつてアオイと同じ教室で。
同じ行事で。
同じ時間を笑顔で過ごした者達――。
それなのに。
どうして、そんなに簡単に、人を殺せる?
アオイは、【怒る』。
「はぁぁぁああああ!!!」
まず飛び込んできたのは《マッフルファイターズ》。
リーダー以外の三人が肉弾戦を挑んできた。
「相変わらず、すごい筋肉だな。ほれぼれするぜ……龍牙道場流・中級奥義【流し】!」
迫る拳をギリギリで回避し、そのまま手首を掴む。
「うおっ……!」
アオイに引っ張られ、バランスを崩したマッスルは顔面から地面へと激突。
――すかさず、二人が連携して襲いかかる!
一人は顔面へ、もう一人は腹部へ拳を突き出す。
「なんだと!?」
「ば、ばかな!?」
アオイの姿が――消えた。
一瞬、つま先で軽く跳ねるだけで――視界からその姿を消し、上空へと跳び上がっていた。
標的を失った拳は、互いの仲間へと炸裂する!
「っ! いける!」
「上級奥義――【魂抜き】!」
着地と同時に低い姿勢を取り、隙の生まれたマッスル二人のアゴを――下から手のひらで突き上げる!
ゴッ!
衝撃が脳を揺らし、意識が飛ぶ。
その流れのまま、地に伏していたもう一人のマッスルのアゴにも――同じ一撃。
「ぅおおおっ……!」
バタッ。
三人の肉塊が、床に沈んだ。
「【ファイアーボール】!」
「【アイスボール】!」
「【エレキボール】!」
「次はお前達か、《ファイアーヒューマンドロップ》!」
三方向から飛来する魔法――だがアオイは軽やかに跳躍し、空中でそれらを回避する。
だが――
「そう何度も飛んでいたら読まれるでござるよ!」
「「「【ウォータースラッシュ】!」」」
飛び上がった直後を狙い、水の刃が三本、空を裂いて飛ぶ!
飛行中ではもう回避できまい――そう判断した彼らの思惑を、アオイは嘲笑うように叫ぶ。
「ここは魔法の世界だ! 俺に通用すると思うなよ! 初級奥義【空歩】!」
――足裏に魔力が集中する。
その一瞬、空中に“足場”が生まれ――!
アオイはさらにもう一段、宙を駆けるように跳躍した!
二段ジャンプ――それは、魔力で空に足場を創り、跳ねる禁じ手のような奥義。
飛んでいたアオイを狙った【ウォータースラッシュ】は標的を失い、背後のビルに命中。
破壊音と共にコンクリが弾ける。
だがアオイは空中から――
「超級奥義――【地割れ】!!」
着地と同時に地面に渾身の一撃を叩き込む!
その拳から魔力が地を這い、巨大な震動と裂け目を生む!!
「ぐっ!」
「がっ!」
「な、なんだと!?」
「ござ!」
「ござ!!」
「ござぁあっ!!!」
体勢を崩したその隙を――
アオイは滑るような動きで全員の懐に飛び込み、次々とアゴに打ち込む!
――上級奥義【魂抜き】。
流れる水のように、怒涛の六連撃。
全員が地面に崩れ落ちた頃には、アオイの息はまったく乱れていなかった。
「さぁ、残りはリーダー達と《ストロングウーマン》だけだ、どうする?」
「くっ! 行けっ!!」
指示と同時に、《ストロングウーマン》の五人中、リーダー以外の四人が一斉にアオイへ突撃してきた。
「うっ……なんだ、この感情……?」
彼女たちが近づくたび、アオイの胸奥に異様な感覚がざわついた。
拒絶。
不快。
そして――強烈な嫌悪。
近づくほどに蘇る“何か”。
それはかつて『女神』によって【食べられた】はずの感情。
「思い出した……俺は女が――だいっきらいなんだよ!!!」
襲いかかる四人の女戦士。
尻尾を使った鋭く素早い波状攻撃が、左右からアオイに迫る――!
だがアオイはその場で後退しながら見切る。
「……来いよ。」
尻尾が同時に突き出された瞬間――!
「上級奥義――【白刃取り】!!」
アオイの白く美しい指先が、四本の尻尾の先端を同時に“挟んだ”。
「「「「っ!?」」」」
絶妙なタイミングと精密な動作――まさに神業。
「自分の毒で眠りな」
アオイは指先に込めた魔力を“尻尾”に流し込む。
尻尾を伝って逆流するその魔力は、彼女たちの体内にある毒素の【構成式】を変化させる。
普段なら自分では発動しない毒。
しかし、今は違う。
「グッ……!」
「な、なにこれ……身体が……!」
四人はそれぞれ、自分の尻尾をアオイに制御され、自らの身体へ突き刺される。
数秒の沈黙――そして、全員がその場に倒れ、昏睡した。
「……次、リーダーだけだな」
そして……アオイは最後に残った【リーダー格の四人】を見据える。
「残るはお前らか。一年間、同じ教室で笑い合ってた仲だ――だから言ってやるよ」
アオイはゆっくりと歩きながら言葉を紡ぐ。
「『許して』と『ごめんなさい』……その二つを言えば、俺はお前らを見逃す。俺は“謝れば許す主義”なんでな」
リーダー達は互いに視線を交わすと――
「…………」
沈黙のまま、全員が一斉に深く頭を下げた。
アオイはそれを見て、肩の力を抜く。
「……そうか。それなら――行かせてもらう」
そのまま静かに彼女たちの前を通り過ぎようとした――その瞬間。
「今よっ!!」
四人の吸血鬼が同時に飛びかかってきた。
だが。
「……【目撃縛】」
アオイが目を伏せたまま静かに呟くと、空間に無数の魔法陣が展開され、そこから出た【糸】が四人の身体を縛り上げる。
「ぎゃっ!?」
「う、動けない……!?」
「な、なんで!?」
「まさか……!」
糸は美しく、しかし容赦なく。
それはアオイの“怒り”の象徴のように四人の身体を絡め取り、完全に拘束した。
「……確かに、お前らは『謝ってない』もんな」
「っ……あんた、武器は使わないって言ったじゃない……!」
悔しげに睨みつける女リーダーに、アオイは微笑を浮かべながら――
「不意打ちはお互い様でしょ? 自分だけ正義面すんなよ。……それって、“子供”のやることだぜ?」
そう言い放ち、アオイは再び背を向ける。
「ま、待ちなさい! あんた、一体何者なのよ……!!」
アオイはその問いに振り返らず、ただ一言、呟く。
「――A secret makes a woman woman…」
「……は?」
女リーダーは意味がわからず戸惑う。
それもそのはず――その言葉は、かつてアオイが元の世界で観ていたアニメで耳にしたセリフ。
「一度言ってみたかった」……ただそれだけの理由で、口にしたのだ。
やがてアオイは指先をひと振りし、空間に【糸】を巻くように展開していく。
美しい輪の中心には、青白い光を灯す【転移魔法陣】が浮かび上がる。
その光を見上げながら――アオイは静かに、だがはっきりと告げる。
「さぁ――【私】に会いたいんだろ? 魔王……ご対面だ」
そのまま、アオイは魔法陣の中へと足を踏み入れ、光とともに――姿を消した。
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