1.深夜のベッド、過去の記憶が蘇る
部屋の電気を消し、真っ暗な天井を見つめる。
静寂が耳にまとわりつき、心臓の鼓動だけが響く。
カフェでのあかりとの会話が、何度も脳裏に浮かんでは消えた。
「そっか。」
あの一言が、何度も胸に響いていた。
憐れみでも同情でもない。ただ、彼の言葉を受け止めるための言葉だった。
……どうして、彼女に話したのか。
これまで誰にも言えなかったのに。
母親にはもちろん、親しい友人にも、余命のことを打ち明ける勇気が出なかった。
「君に、何かできることある?」
彼女は、自分が何もできないかもしれないと分かっていながら、それでも「何かしたい」と言った。
それが彼女の生き方なのだろう。
——人を助けることに価値を見出す。
まるで真逆の生き方をしてきた自分とは、到底相容れない考え方だった。
それなのに、不思議と彼女の言葉が心に残る。
……遠い記憶が、浮かび上がってきた。
2.父の死と、少年の誓い
12年前の冬。
病院の個室で、奏太は冷たい手を握りしめていた。
ベッドに横たわる父の顔は、異様なほど青白く、頬がこけていた。
酸素マスクをつけた父の呼吸は浅く、いつ止まってもおかしくない状態だった。
「奏太……。」
かすれた声が、沈黙を破る。
「……父さん、まだ話せる?」
奏太は幼いながらも、恐る恐る聞いた。
父は弱々しく微笑み、力なく頷いた。
「お前に、ひとつ……お願いがある。」
父の言葉を聞き、奏太は思わず唇を噛みしめた。
「強く……生きろ。」
それが、父が最後に伝えた言葉だった。
その言葉の意味が、幼い彼にはまだ理解できなかった。
だが、その後すぐに心電図が無機質な音を鳴らし、父は帰らぬ人となった。
奏太は泣かなかった。
泣いてしまえば、本当に父がいなくなったことを認めてしまう気がしたから。
それ以来、彼は何でも一人でやるようになった。
誰かを頼ることも、甘えることも、泣くことさえもやめた。
「強く生きる」ことが、父との約束だと思っていた。
——それなのに、自分は死を前にして、何もできずにいる。
3.消えかける未来、夢の行方
スマホを手に取り、何度も画面を開いては閉じる。
大学のグループチャットには、ゼミの連絡が流れている。
「卒業研究の進捗はどう?」
「今度の発表会、みんなで集まろう!」
……彼はもう、卒業すら迎えられないかもしれない。
奏太の夢は、映画監督になることだった。
大学の映画研究ゼミに所属し、仲間と自主制作映画を作ることが何よりの楽しみだった。
しかし、病気が進行すれば、そんな活動も続けられなくなる。
未来の展望が消えていくことが、何よりも怖かった。
「あと一年もないのに……どうしたらいいんだよ。」
呟いた言葉は、自分自身に向けたものだった。
それでも、答えは見つからなかった。
4.夜明けと決意
翌朝、目を覚ました奏太は、スマホのメッセージを開いた。
あかり:「今日、空いてる?」
昨夜の迷いが一瞬で吹き飛ぶような、短いメッセージだった。
彼は、ほんの数秒迷ったあと、返信した。
「会おう。」
何かが変わるかもしれない。
そんな予感が、心の奥底で微かに灯った。