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金曜の午後、企画室の机に、ノートパソコンを一台置いた。
画面には、ひなのの写真が日付の順に並んでいる。二百十三枚のうち、ひなのが「かわいく映ってるやつ優先」で選んだ六十枚。
ひなのが私の隣に座った。かれんが、その後ろでスマホを構える。美咲は、机の向かいで、字幕の入る位置を紙に書いていた。
「じゃあ、一枚目から」
ひなのは、画面を指で叩いた。
「三月十四日。出会い。彼、『合宿』って言って来てくれた」
私は打った。
『3/14 出会い。彼、『合宿』って言って来てくれた』
「次。四月。これはカフェ。『初デート。彼、残業って言ってた♡』」
『4/5 初デート。彼、残業って言ってた♡』
「五月。これ、奥さんのこと知った日なんだけど、暗くなるから飛ばして」
「はい」
「六月。水族館。『彼、奥さんは魚嫌いなんだって。私は好き』」
私は打った。水族館は、五年前に、二人で行った。悠人は、ペンギンの前で三十分動かなかった。魚が嫌いなのは、悠人だった。
『6/20 彼、奥さんは魚嫌いなんだって。私は好き』
「九月。これ、彼の誕生日の次の日」
悠人の誕生日は、九月三日だった。去年も今年も、私はケーキを買った。今年は、食べずに冷蔵庫に三日あって、捨てた。
「『誕生日の次の日♡ 本当の誕生日はこっち、って彼が言った』」
『9/4 誕生日の次の日♡ 本当の誕生日はこっち、って彼が言った』
美咲の手が、紙の上で止まった。
「十月十日。温泉。『彼の『ゴルフ』の日♡』」
『10/10 彼の『ゴルフ』の日♡』
「十月十四日」
ひなのは、そこで少し笑った。
「これ、彼のおうち。『彼のおうち♡ 奥さんのエプロン借りちゃった』」
私は打った。
『10/14 彼のおうち♡ 奥さんのエプロン借りちゃった』
紺のエプロンは、今日も鞄の底にあった。
美咲が、席を立った。「水、持ってきます」と言って、扉を閉めた。閉める音は、小さかった。
「十月二十日。『式場の下見♡ 奥さんは今日休みだって』」
『10/20 式場の下見♡ 奥さんは今日休みだって』
「十一月。これは、一緒に住み始めた日。『マンスリーって嘘ついて、私の部屋に♡』」
『11/15 マンスリーって嘘ついて、私の部屋に♡』
私は、打った。打った指は、いつもの指だった。
「あとは、十二月の写真はまだないから、当日のを最後に」
「はい」
「最後のカットは、もう入ってますよね」
「入っています」
私は、一番最後の一枚を出した。まだ写真のない、黒い画面。その上に、白い字で。
『奥さんから取り戻した日 12.12』
「完璧」
ひなのは、画面を撮った。
「一文字も変えないでね」
「一文字も変えません」
「あ、それと。お母さんのこと」
ひなのは、思い出したように言った。
「彼のお母さん、招待したの、柴田くんから聞いてます?」
「名簿で拝見しました」
「彼には、『会社の人が勝手に呼んじゃったみたい。サプライズだから止めないで』って言ってあるの。彼、『母さんは来ないから大丈夫』って言ってた。来ないって言うから、来てほしいの。来たら、私のこと認めるしかないでしょ」
「……そうですか」
「お母さんの席、彼の隣でお願いします」
「承知しております」
もう、刺してあった。
◇
ひなのとかれんが帰ったあと、美咲が水を二本持って戻ってきた。
一本を私の前に置き、一本を自分で開けて、半分飲んだ。
「チーフ」
「なに」
「よく……」
美咲は、言葉を探した。探して、見つからなくて、水をもう一口飲んだ。
「よく、打てますね。あれ」
「全部、あの子の言葉よ」
私は、画面の字幕を、一枚ずつ送った。『合宿』。『残業』。『ゴルフ』。『奥さんのエプロン』。『奥さんは今日休み』。『マンスリーって嘘ついて』。
「私は、一文字も足してない。一文字も引いてない。並べただけ」
「並べただけ、で」
「並べただけで、こうなるの。この人たちが、自分で持ってきたもので」
美咲は、画面を見た。見てから、水のボトルを、机の端に置いた。
「……タイミング、組みます。一枚、五秒。日付が先に出て、二秒遅れて言葉」
「お願い」
「日付が先なんですね」
「日付が先。見る人は、日付で思い出すから」
会社の十人は、日付で思い出す。三月十四日の合宿。十月十日のゴルフ。十一月十五日の、マンスリー。全部、悠人が会社で言った言葉だった。
美咲は、何も言わずに紙に書いた。
◇
十八時過ぎ、ひなのから電話が来た。
「佐倉さん、一個追加で」
「はい」
「当日、司会の人に、言ってほしいことがあって。プロポーズの前に、『彼を自由にしてくれた、元奥さんにも感謝を』って。会場のみんなに向けて。そしたら、みんな拍手するでしょ。奥さんにも拍手してあげたいの。私、優しいから」
「……承知しました。台本に入れます」
「それで、司会って誰ですか。まだ聞いてなかった」
私は、進行表の一番下を見た。『司会』。空欄のまま、一か月。
「私が務めます」
一秒、二秒。
「えー」
ひなのの声が、伸びた。
「佐倉さん、地味だから。もっと華やかな人がいい。式場に、ちゃんとした司会の人、いないんですか。替えてもらえます?」
コメント
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読了しました……第19話「字幕」、胸がぎゅっとなる回でした。日向子さんが口にする「奥さんのエプロン借りちゃった♡」とか、悠人の嘘をそのまま字幕にしていく佐倉さんの冷静さが逆に怖くて。でも「一文字も変えない」って言い切るところ、佐倉さんの決意というか覚悟がひしひしと伝わってきました。最後の「私が務めます」からの「地味だから替えて」の流れ、もう……耐え。美咲さんが水飲んで言葉を探すシーン、すごくリアルで好きです。続き、めちゃくちゃ気になります……!