テラーノベル
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土曜の朝九時、ひなのは打ち合わせ室の椅子に座る前に言った。
「佐倉さん、顔が暗い」
「はい」
「昨日、写真見てるとき。ずっと暗かった。かれんも言ってた」
「申し訳ありません」
「だから、司会は替えてほしいの。当日、あの顔で『おめでとうございます』って言われても、盛り上がらない」
私は、用意していた紙を三枚、机に置いた。外注の司会の候補。式場が付き合いのある三人。顔写真と、声の感じと、金額。
「華やかな方を三人、ご用意しました」
ひなのは、三枚を順に見た。一人目で「この人、年上すぎ」。二人目で「声、聞いてみないと」。三人目で「あ、この人かわいい」。
「三人目の方は、十二日は空いています。ただ」
私は、もう一枚、進行表を置いた。十八時十五分からの映像の欄。一枚五秒、日付が先、二秒遅れて言葉、六十枚。その下に、司会の読み上げの秒数が、全部書いてある。
「司会が変わると、字幕のタイミングを、全部やり直します。司会の声の速さに合わせて、映像を組んでいますので。当日まで、七日です」
「七日あれば」
「七日で、六十枚の秒数を合わせ直して、新しい司会の方と通しの練習を二回。できます。ただ、三人目の方が入れるのは、当日の午前だけです。練習は一回」
ひなのは、進行表を見た。秒数の数字が、六十行並んでいる。
「……面倒くさい」
「はい」
「佐倉さんだと、練習しなくていいの?」
「私は、字幕を打った本人ですので。全部、頭に入っています」
ひなのは、三枚の紙を、私のほうへ押し戻した。
「じゃあ、佐倉さんでいい」
「ありがとうございます」
「でも、当日はメイクしてね。暗い顔、やめて。笑って」
「笑うのは、仕事で覚えました」
「なら大丈夫」
ひなのは、スマホを顔の高さに構えた。『司会は地味な人だけど、まあいっか♡』と打っているのが見えた。
◇
昼、ラウンジに呼ばれた。
若林が窓際に立っていて、手帳を開いていた。一ノ瀬は、窓を背に座っている。
「依頼者から、苦情が来ている」
一ノ瀬は、書類から顔を上げなかった。
「担当の顔が暗い。司会を替えてほしい。朝、若林が受けた」
「朝のうちに、依頼者とは話がつきました。司会は私で」
「客の要望だ」
一ノ瀬は、そこで顔を上げた。
「交代しろ」
部屋が、静かになった。若林の万年筆が、止まった。
私は、一ノ瀬の顔を見た。影の中にある。読めない。
「司会は、私です」
「聞こえなかったか」
「契約書の担当者欄に、私の名前があります。佐倉、と。担当者が、式の全部を務めると、契約書の第三条にあります。司会も、進行も、映像も。この式場の、少人数の式の決まりです。一か月前に、オーナーが『今日からそうだ』とおっしゃいました」
「……」
「契約書に書かれたことを、します。書かれていないことは、しません。オーナーの条件です」
一ノ瀬は、しばらく私を見ていた。
それから、書類に目を戻した。
「契約書は、守る主義だ」
「はい」
「交代はなしだ。若林、依頼者にそう伝えろ」
「本人が、もう納得しています」
「なら、何もしなくていい」
若林が、手帳に一行書いた。書いてから、私を見て、口の端を少しだけ動かした。
「それで」
一ノ瀬が言った。
「顔が暗い、と言われたそうだな」
「ええ」
「明るくする方法は」
「寝ることです」
「では寝ろ」
一ノ瀬は、書類をめくった。
「命令だ。今日は十八時で帰れ。式は、三浦に任せろ」
「……はい」
私は部屋を出た。扉を閉める前に、若林が「期限は、十八時です」と言った。
◇
十八時に帰るつもりだった。
十七時五十分に、企画室の電話が鳴った。内線ではなく、外線。式場の番号に、直接。
「ミモザガーデン、佐倉です」
「あの、すみません」
柴田だった。声が、メールの「!」とは別の人のように、低かった。
「柴田です。アクセル広告の。あの、すみません、今、お一人ですか」
「はい」
「……あの」
柴田は、息を吸った。長い息だった。
「高梨さんの奥さんって、佐倉さんですよね」
私は、受話器を持ったまま、立ち上がった。
「五年前、結婚式で、受付やったんです、俺。受付って、名簿見るじゃないですか。新婦の旧姓。佐倉って、書いてあって。それで、下見のとき、名札見て、あれって。でも、まさかって思って。ずっと、まさかって思ってて」
「……」
「でも、桐谷さんから『担当の佐倉さん』って何回も聞いて。それで、昨日、桐谷さんが『司会も佐倉さん』って言って。司会って、当日、ずっと前にいるじゃないですか。高梨さんの、正面に」
柴田の声が、震えた。
「奥さん、ですよね」
私は、扉のほうへ歩いた。受話器のコードが、伸びるだけ伸びた。
「高梨さんには、言ってません」
柴田が、早口で言った。
「言ってないです。本当に。言ったら、俺、終わるんで。口裏とか、残業とか、俺、全部やってて。それ、高梨さんに言ったら、高梨さんが俺に言うし、奥さんに言ったら、奥さんが……」
扉に、手が届いた。
私は、受話器を耳に当てたまま、企画室の鍵を、内側から閉めた。
草原草原(くさはらそうげん)

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コメント
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いや、もう、震えたわ。ひなのちゃんとのやりとりで「笑うのは仕事で覚えました」って言い切るところ、一ノ瀬さんに「寝ることです」って即答するところ、全部佐倉さんのプロとしての強さと儚さが出てて痺れた。でも最後の柴田さんの電話…まさか五年前の結婚式の受付してた人が気づいてたって、しかも鍵を閉めるカットで終わる余韻が凄すぎる。続きが気になりすぎて叫びそう🔥