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ここまで光井の話を聞いた後、美琴は真知子やアヤメ達がどう感じたかが気になって、それぞれの様子を伺った。真知子は変わらず澄まし顔でお茶を啜り、平然としている。アヤメはゴンタの四本生えている尻尾を知恵の輪のように絡ませて遊んでいて、誰も女子学生の話には興味をこれっぽっちも示していない。
「縫いぐるみを捨ててから、くれた人と電話することがあったんですけど、そっちはいつも通りだったので完全に私の思い過ごしだったみたいなんです。でも……」
「猫の縫いぐるみは戻ってきた、と」
話している内に恐怖が蘇ったのか、目を潤ませながら光井が頷き返す。
誰だかは知らないが、プレゼントしたモノに盗聴器を仕掛けるストーカー扱いされてたのは気の毒に思えてくる。でも、そこで疑惑をかけていなければ、得体の知れない存在に気付くのはもっと遅かったはずだ。その尊い犠牲は何らかの形で報われることを美琴はそっと願った。
「何にしても、実物をみてみないと分かるわけがない。それは今も部屋に置いてあるんだろ?」
湯呑を茶托の上にコトンと乗せると、真知子が光井へと確認する。泣くのを堪えた表情で黙って頷き返した光井のことを、隣に座っている荒川が少しオロオロして見守っていた。ここへ連れてくるだけで彼の役目は終わったはずなのに、最後まで付き合ってあげるなんて後輩思いの優しい先輩だ。
「じゃあ、美琴、ちょっと見に行ってあげな。アパートはここから近いって言ってただろう?」
「え、お孫さんって、まだ高校生なんじゃ……?」
帰宅してそのままの制服姿の美琴のことを、光井が不安を隠し切れない目をしてみていた。明らかに自分より年下の女の子に何ができるんだと思っているのが丸分かりだ。逆の立場だったら美琴だって同じ反応をしただろう。
「この子は私よりも祓いの素質があるし、問題ない。それに――」
一人で行かせる訳がないと、真知子が部屋の隅へ視線を流す。すると、「しゃあないな」とワザとらしい溜め息を吐きながら、アヤメがゴンタの尻尾を引っ張りながら立ち上がった。
「なんだよ! オレは行くって言ってないぞ!」
「ええから。散歩や思って、黙ってついて来い」
「む、散歩のついでなら仕方ない。付いてってやる」
散歩という単語に、ゴンタの尻尾がブンブンと大きく反応していた。四尾の妖狐はすっかり鬼姫に手綱を握られているようだ。
光井のアパートは八神の屋敷から徒歩十分も経たない場所にあった。昭和感の残る木造二階建ての建物は、古いながらも外壁の塗り替えなどの修復が施されていて、敷地内には大家が手入れしているという花壇もあり、女子大生の一人暮らしでも十分ありな物件に見えた。
真知子曰く、古いモノには人ならざるものを引き付ける力がある。場所やモノに染み込んだ思念が、そういったものを呼び寄せやすくしてしまう。
「とくに事故物件という話は聞いてないんですけど……」
そう言いながら、光井は二階の奥から二番目の部屋のドアを開錠した。ここの住民のほとんどが同じ大学の学生で、一部の部屋には在学時からそのまま卒業後も住み続けている社会人がいるのだという。
部屋の中は外観と同様に完全リノベーション済みのようで、天井が少し低いかなという以外はありきたりな間取りのワンルーム。玄関すぐ横の簡易キッチンに、ユニットバス。フローリングの上にはシングルベッドとローテーブル、壁際のラックと棚には色鮮やかな小物やバッグ、洋服などが並んでいて、見るからにキラキラ女子の部屋だ。
一緒に付いてきた荒川も初めて来たらしく、異性である後輩の部屋に少しばかり戸惑っているようだった。終始落ち着かない様子で、室内をキョロキョロ見回している。
「あ、あの猫ですか?」
ベッドの上に猫の縫いぐるみがあることに気付き、美琴が恐る恐る近づいていく。白足袋を履いた黒猫の縫いぐるみには、首元に赤色のリボンが付いていて、前足を揃えて座るポーズをしている。何のキャラかは美琴も分からなかったが、普通に可愛いとは思った。光井も貰った中でこれが一番のお気に入りだったと言っていた。だから、いつもベッドで一緒に寝ていたのだと。
その金色の眼に、美琴は既視感があった。昨日、門の前で紙袋を覗いた時に、中から美琴のことを見返していた二つの眼だ。そのことに気付き、「あ!」と声を上げかけたとほぼ同時。猫の眼から何か、黒いモヤのようなものが美琴の方をめがけて飛び出してきた。
黒い霧の塊のようなそれは、傍にいた美琴ではなく、その背後にいた光井へと向かっていく。
「ダメ!」
咄嗟に美琴は後ろの光井を庇うよう、モヤの前に左手を広げる。家を出る前にツバキから渡された数珠ブレスレットを嵌めていた手首が、ビビッと電気が走ったように一瞬だけ痺れたように感じた。けれど、そのまま手を強く握りしめてモヤのようなものを掴む。掴んだ指の間からすぐにすり抜けてしまいそうな、実体があるような無いような、スライムのような感触。慌てて反対の手も出して、両手でしっかりと掴み直す。