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テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで
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夜。艶やかな森の中。滴が落ちる岩の谷間。月。そして私を見つめるは二つの眼。大きな、大きなその身体は揺れてこちらへ近づいてくる。黒い塊。いつだったか。夜の森へ入ってはならないと、教えをくれたのは。いつだったか。自らの力を過信したのは。してしまったのは。信じ、疑いもせず、強かな影子となってしまったのは。



「あの森に白い幽霊が出るらしいぜ!」



子どものややかすれた声が、頭の中で反響する。村で一番腕っ節が強い男の子だった。違う、妖怪だと反論するのは、村で一番小さい男の子だった。そして、私。村で唯一、人を殺した女の子、私だ。




「やだ、やだ、しにたくない」



腕っ節が強かった男の子。



「やめて、やめて、しにたくな」



うでっぷしがつよかったおとこのこ。




夜も半ば、月は隠れ雨が降り出してきた。小さな男の子は私の後ろに隠れてかわいそうな程、震えていた。目の前の大きな黒い塊、大熊はその血濡れた顔をこちらへ向けて激しく鳴いた。雨に濡れテカテカと光る毛並みは生々しく、横たわる男の子の身体は半分は無くなっていた。大人に内緒で子どもたった3人で森へ入り、白い怪しげな物体を探すため、それぞれの思う格好で集った。今の私に残されたのはたった一つのクナイ。あちこちに擦り傷があり、雨が染みて痛かった。この絶望的状況を、どこか客観的に見る冷静な私がいた。私はあの男の子ように、喰われ、捨てられるのだ。あの大熊に殺されるのだ、と。


「もうおわりだ、おわりだ、しぬ、しにたくない」


後ろで何度も聞いた声がした。ずっとこの調子である。恐れ慄きかわいそうな程震えている男の子。彼はもはや泣きもせず、ひたすらにそう呟いていた。私は舌打ちをし、大熊を睨んだ。諦めたら死ぬのだ。しかし彼の言うことは正しいように思えた。しかし、私は諦めたくない。死にたくない。私は影の子。影の父を持ち、人を殺める仕事を任されるほど優秀な女の子。影は消えない。どんなに悪天候であろうと、少しの光があれば、そこに影は存在した。雨が降る。月は隠れた。けれども影は夜に紛れて存在する。影とは、忍びより忍んだもの。姿を現さず、静かに足に絡みつくのだ。私はまだ影名を持っていないけれど、父の影名、弌緑-イチロク-を継ぎ、誰よりも強かな濃い影になるのだ。ここで死んでたまるか。


「死んでたまるか。おいお前、私の指示に従え、必ず生きて帰ってやる」


「むりだよ、むりだよ、もうだめだ」


かわいそうな男の子。こうなっては死ぬしかないというのに。


「チッ。ならずっとそうしてればいい」


私は強く大熊を睨む。隙を作れば、目を潰せる。生きて帰れる。


「!」


大熊は重く咆哮した。地面が揺れたように思えた。正直、怖い。父に助けてほしい。こんな森、入るんじゃなかった。


怖い怖いこわいこわいコワイ。




後ろから何も聞こえなくなった。気絶したのだ。臆病な彼には耐えきれなかったのだろう。大熊はついにこちらは走ってきた。速い、私はクナイを構える。


大熊が大きく口を開いた。

私は構える。

木々が揺れた。

雨はまだ降っている。





「待ちなさい」



突然にきた第三者の声。澄んだ声だった。雨音に負けず、その凛とした声に、大熊は止まった。声の主を見る。白い傘に白い砂よけ布、そして真っ白な装い。草鞋までもが白かった。白い、白い、白い、幽霊。妖怪。この森に住んだ、白い物体。


「巣に戻れ。終には容赦しない」


その言葉を聞き、大熊は嘘の様に落ち着いた。そしてぐるりと巨体を揺らし反対方向へ去っていく。私は白に目をやった。雨が降っていると言うのに、それは発光しているように神々しかった。この森の主だろうか。心なしか哀愁がある。


「ああ、間に合わなかった。すまない。君も酷い怪我をしているね。ごめんね、間に合わなかった」


白い物体は何度も謝る。本能で人間ではないと察した。まるで自分の子が殺されたように、白は謝り、泣き、死んだ彼の髪を優しく撫でた。そして私たちの方へゆっくり向き、向き合って、怖かったね。と一言言った。


「ごめんね、あの熊は数日前から機嫌が悪いんだ。私が早く対処していればよかった。後ろの彼は?生きているのかい?君たちだけで来たのかい?なんてことを…いや、雨も降ってるから私の家で休むといい」


そう告げた白は私の後ろにいる男の子を抱き抱え、静かに歩き出した。

雨が降っている。

先程よりも強く、激しく。

白は私たちを守ってくれた。

幽霊か、妖怪か。はたまた別の何か、か。

木々が鬱蒼とした森の中は、雨を吸って膨張しているように見えた。

白はゆっくりと歩む。

きっと私に気遣ってのことだろう。

白を信じるか。

それが吉か不幸かは、今の私には知るよしもなかった。

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