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昇降口の扉を開けた瞬間、成瀬は足を止めた。
黒川蒼は、そこにいた。
ただ立っているだけなのに、空気が違う。
昨日と同じ場所。
でも今日は、傘はない。雨も降っていない。
「……来た」
蒼は成瀬を見ると、ほっとしたように小さく息を吐いた。
「休みって聞いたけど」
「仮病」
「え」
「ちゃんと話したかったから」
あまりにも真っ直ぐな理由で、成瀬は何も言えなくなる。
沈黙の中、蒼が先に口を開いた。
「昨日の続き、聞きたい?」
「……聞かせて」
逃げたら、たぶん後悔する。
成瀬はそう思って、拳をぎゅっと握った。
蒼は一歩、距離を詰めた。
近い。でも触れない。
「俺さ、最初は普通に気になるクラスメイトだと思ってた」
「……うん」
「でも、成瀬が笑うと安心して、落ち込んでると放っておけなくて」
蒼の声は低く、震えていない。
むしろ覚悟を決めたみたいだった。
「気づいたら、他のやつと話してるの見るのが嫌になってた」
成瀬の喉が、きゅっと鳴る。
「それって……」
「嫉妬」
即答だった。
「俺、成瀬のこと」
一瞬、蒼は目を伏せた。
それから、逃げずに言った。
「好きだよ」
世界が静かになる。
成瀬は、すぐに言葉が出てこなかった。
嬉しい、怖い、信じられない——全部一緒に押し寄せる。
「……俺、男だけど」
「知ってる」
「友達としてじゃなく?」
「じゃない」
短く、でもはっきり。
「付き合ってほしい、って言ったら困る?」
成瀬は胸を押さえた。
心臓が、壊れそうなほど鳴っている。
「困らない……けど」
「けど?」
「急すぎて、頭追いついてない」
蒼は、少しだけ困った顔をした。
初めて見る表情だった。
「じゃあ、今すぐ答えなくていい」
「……いいの?」
「成瀬がちゃんと考えてくれるなら」
その言葉が、優しくて苦しい。
成瀬は、ゆっくり顔を上げた。
「でも一つだけ、言っていい?」
「なに」
「俺も、黒川のこと特別だと思ってた」
蒼の目が、わずかに見開かれる。
「それ聞けただけで、今日は十分」
蒼はそう言って、少し距離を取った。
「次は、成瀬の気持ちを教えて」
夕日が差し込む昇降口で、二人は向き合ったまま動けなかった。
友達に戻るのか。
それとも、名前のついた関係になるのか。
答えは、まだ宙に浮いたまま。
でも確かに、もう戻れないところまで来ている。
成瀬は、自分でも気づかないうちに、蒼の名前を呼んでいた。
「……黒川」
蒼は、静かに笑った。
「呼び方、それでいいの?」
その一言に、成瀬の心臓はまた跳ね上がる。
——次に呼ぶとき、
自分はどんな気持ちでこの名前を呼ぶのだろう。