「ふん、昔はあんな澄ましたヤツじゃなかったのにな。 もっと小さくて愛らしぃ―くて…」
「はいはいはい。 いっつも後ろをついて回って、『蓮ちゃん、待って蓮ちゃーん』だったんだよねー。 ええと、なんだっけ、へんてこ…」
「『へなちょこ蒼ちゃん』」
「そう、へなちょこ! って、いつ聞いてもかわいそうなあだ名…」
「まぁ、確かに顔がきれいなのは認めるよ?
小さい頃も、色が白くてお人形さんみたいだったし。 泣き虫で甘えん坊でさぁ、とても同い年には思えなくて、妹みたいにかわいがってやったんだよね」
「ぷぷ、覚えてるよー? 前に見せてもらった小さい頃の写真、蓮ってば蒼くんより背が高くって髪の毛はツンツンのベリーショートで… なんか蓮の方がお兄ちゃんみたいに見えたもんね」
「ああもう、それ言わないでよーっ!忘れたい記憶なんだからっ」
そう。
男勝りのお転婆が過ぎて、まるでやんちゃ坊主みたいだった小さい頃の私。
対して蒼は、大人しくてお利口さんで、まるでしとやかな美少女って感じだった。
背も止まって髪もロングにしているけれど、勝気なところだけは変わらないまま、可愛らしさ皆無で今日に至ってしまった私。
けど蒼は見事に変貌を遂げられたわけで、 流し目ひとつで女の子を虜にしちゃう『クールビューティー』なんて言われちゃってる。
ふん、だ。
蒼のやつはいい気になってるかもしれないけど、
小さい頃から知ってる私には、いつまでも『へなちょこ蒼ちゃん』なんだからねっ。
「あ、いたいた。 蒼く~ん」
とそこへ、甘い声を掛けながら女の子が私の横を通り過ぎて行った。
声に負けず甘ったるいコロンの香りをさせて蒼たちに近づいていった女の子。
あの子、たしか仲川理奈(なかがわりな)って言ったかな…。
ハニーブラウンの巻髪がすっごい似合ってて、『ちょー可愛い』って岳緒くんが前はしゃいでたな…。
仲川さんはくるんくるんの髪を弾ませながら蒼の前まで行くと、両手でなにかを差し出した。
黄色い玉状のラッピングに可愛いリボンまで結んである…。
あれ、最近流行ってる握らないおむすび…ってやつだよね。
オムライス、かな。
…ふぅん。
仲川さん知らないのかな。
蒼って珍しくオムライスとかが嫌いな男の子なんだけどな。
おむすびは梅干しとか鮭とか、シンプルなのが好きなんだから。
かと思いきや。
蒼のヤツは微笑んで受け取ると、さっそくオムライスおにぎりを頬張りやがった。
うめ、って言ってるの、口の動きでわかる。
なにあいつ。
…ああそっか。
食事なんて気にする必要ないよね。
モテ男は、黙っててもああやって女の子が世話焼いてくれるもの!
ほんと、蒼のくせに生意気っ。
苛立ちまぎれに私は自分のお弁当のおにぎりにかじりついた。
酸っぱ…っ。
そういや私のおにぎり、梅干しだった。
…二個も作り過ぎたし、蒼にくれてやればよかった。
「はーぁ。 もう蓮ってば、さっきから蒼くんのこと気にしすぎー」
突然、明姫奈の声が聞こえて、はっとなった。
「き、気になんかしてないよっ」
「してますー。 チラっチラ、チラっチラ人の話も上の空でー」
「そんな…!」
まぁ、
ちょっと見すぎだったかも、ね…。
「ねぇ? 実際にああやって女の子が近寄って来てるけど、蓮、あんたさ、本当に蒼くんのこと、なんとも思ってないの?」
「どーいう意味よ」
「だーかーらー、今の関係からお付き合いに発展しないの?って聞いてんの」
「はぁ!?」
思わず素っ頓狂な声を上げた。
「な、なんで蒼なんかと発展しなきゃならないのよっ」
「だってもったいないじゃん。あんなイケメンと幼なじみって美味しいポジションにいるのに」
「ありえない! なんで私とあんなチャラ男が発展しなきゃならないわけ!?」
「えー、蒼くん全然チャラくないじゃん。『バスケに集中したいから』って、告られても振るって言うし。けど『そこがまた硬派でたまんない!』って、よけーモテちゃうらしいけど」
「へー知らなかったー。セイシュン真っ盛りだねー、あいつ」
「もう蓮ってば。強がっちゃって」
「強がってないっ」
もう…。
明姫奈はなんでも言い合える大親友だけど、こうやってやたらと私と蒼をくっつけたがるのは、困りものなんだよなぁ。
私と蒼が付き合うなんて。
ありえないよ。
だって蒼はただの幼なじみ。
私の頭の中には『へなちょこ蒼ちゃん』の記憶がこびりついていて、簡単には離れないんだもん…。
生意気よ。
泣き虫で、私なしじゃいられなかったくせに。
あんなに大人びてイケメンになってモテモテとか。
だからこうやって気にしちゃうのも、『あのへなちょこが調子に乗ってる』っておもしろくないだけ。
それ以外の感情なんて無い。
ま、半分面白がって言ってるだろう明姫奈には伝わらないだろうけど。
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