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八雲瑠月
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「ちょっと勝手に見たら悪いだろ」
そう言いながらも吉音君は止めもせずにわたしの作文用紙を覗き見ている。
「良いって言ったんだから、見てるだけじゃん。んんっ!? 学校だよりと文章が違くない?」
「確かに文章が違うようだけれど……」
吉音君がスマホで検索し、学校のブログに載っている学校だよりの作文と照らし合わせる。
「はぁ? 愛ちゃんの作文と学校だよりに載っている作文がぜんぜん違うんですけど!」
田貫ちゃんがクラスメイトに聞えるように大きな声を上げる。
「ちょっと大きな声を上げてどうしたの? もうすぐホームルーム始まるのよ。隣の教室まで聞えちゃうでしょ」
担任の中立先生が足早に教室に入ってくる。
「だって先生、愛ちゃんの誤字脱字だらけの訳わからない作文が学校だよりに載ってます。多分、書いてる人は違うと思いますー」
田貫ちゃんが不服そうに言う。
「そうなんです。誤植さんの作文が学校だよりに載りました。みんなで誤植さんを褒めてあげましょう。表彰もされるようですよ」
中立先生が一人で拍手すると、クラスメイト達からざわめきが起こった。
『あの誤植が……』
『なんで?』
『あんな作文で表彰かよ』
表彰という言葉を聞いて、田貫ちゃんは舌打ちをし、わたしを睨んでから、先生の方を向いて口を開いた。
「どうして愛ちゃんの学校だよりが載ったんですか? ここに作文の金賞受賞者がいるのにおかしいですよね?」
田貫ちゃんは吉音君を見て言った。吉音君はどうしていいか分からずに頭を掻いていた。
「誤植さんにはとても良い作文を書いたと言っていた方がいました。それで選ばれたのだと思います」
――中立先生はわたしを少し見て、気まずそうに言った。
「愛ちゃんの文章とだいぶ違いますよね?」
「間違った文字を少し変えて、修正したんだと思いますよ。それにほら……誤植さんのお母さん、絵本作家さんでしょ? それなりに文章の才能があるのかも?」
食い付くように言い続ける田貫ちゃんに中立先生は少し焦ったような口調になる。
「それって……親の七光りって事ですか? そういう世の中だから裏口入学とかが増えて、才能がある人が認められない……ニュースとかでやってましたよ」
「親の七光りとか、裏口入学とか、難しい言葉を知ってるのね田貫さん。とりあえず今はホームルームの時間ですし、作文の話は後でしましょう」
田貫ちゃんは納得しないものの、黙って席についた。
――それから表彰式の当日、田貫ちゃんはわたしを目の敵にしていた。
「あんた! 分かっているんでしょうね? 表彰式で賞状なんて貰ったら、恥よ! 恥!」
――教室に入るなり、田貫ちゃんに言われた言葉が挨拶ではなく、非難の言葉だった。
「わたしの作文をお母さんが褒めてくれたし……わたし、賞状は欲しいし……」
「はぁ? あんたは! 偉い人に賄賂をくれるって言ったら、貰うわけ? 親が裏口入学してくれるって言ったらするわけ? そういう奴が悪い政治家になったり、役員になって汚職事件を起こしたりするのよ!」
――田貫ちゃんはわたしを睨み続け、声を上げた。
「わたし、そんな事しないよ」
――わたしは首を横に振る。
「とにかく! 賞状を貰うのを辞退しなさい」
「そんなことできないよ!?」
「すべてなかった事にするのよ……これはあんたの為に言ってるんだから」
「えっ?」
「あんたが賞状を貰うのをみんなが許すと思う? あんたが悪人だと、みんなが知ったら、あんたが虐めの対象になるんだからね」
――クラスメイトの何人かこちらを見ているのに気付き、わたしはビクリと身体を震わした。
「別にわたしは悪い事してないよね? わたしが賞状を貰っても誰も怒らないよね!?」
――わたしがクラスメイト達に聞いても、その答えは返ってこない。視線を逸らして、黙るだけだった。
「あーあ、もう虐めが始まっちゃった? そんなに気になるなら、吉音君か誰かに聞いてみれば良いじゃない。わたしは賞状を貰って大丈夫ですかって……」
――耳元でわたしに言う田貫ちゃんの横顔は笑っているように思えた。
「どうして吉音君に……?」
――わたしは教室を見回し、席に座る吉音君を見つけると、思わず駆け寄っていた。
「吉音君……賞状を貰って大丈夫だよね? だってわたし悪い事をしてないもん」
――わたしが泣きそうな表情で言うと、吉音君は溜息をついた。
「そもそも君はあの文章で賞状を貰えると思ってるの? お情けで貰うような努力賞だったら、田貫ちゃんの言うように恥なのかもね……賞状を貰うの辞退したら?」
吉音君は冷たく言い放った。
「でも……わたしは」
「じゃあ、愛ちゃんが賞状を貰うのを辞退した方がいい人? みんな、真面目に答えてあげて! これは愛ちゃんの社会勉強の為にも!」
田貫ちゃんがにやけ顔で言うと、クラスメイトの半数が手を上げていた。
『よく分からないけど……下手な作文が学校だよりに載るとか訳がわからん』
『吉音君の作文が選ばれるべきだったんじゃん、あっちの作文は金賞だし』
『先生の人選ミスだろ?』
――わたしの作文を否定するクラスの男子生徒達、「可哀想だよ」「やめてあげて」と言う女子生徒も何人かいたけれど、その声は掻き消されそうなほど、小さな声だった。
「こら! 誤植さんを囲んで何やってるの?」
――中立先生の声が聞こえる。わたしは下を向いたまま、前を向けない。
「なんでもないです」
田貫ちゃんが誤魔化すように言って、吉音君と一緒にすぐに席につく。
「朝礼の為、これから体育館に行きます。喋らず静かに歩いてくださいね」
――それからわたしの頭が真っ白になり、体育館に向かうみんなの歩行がスローモーションのように思えた。
『愛ちゃん……元気ないけど大丈夫かな?』
――吉音君の声が何処かからか聞こえる。
『親の七光りで調子に乗った報いだよ』
――これは田貫ちゃんの声だ。
『でも、辞退させるのはさすがにハードルが高いんじゃないの?』
『やってくれなきゃ困るわよ……じゃないと、愛ちゃんが馬鹿なまま、犯罪者になっちゃう』
――列を歩くわたしは無意識に愛ちゃんと吉音君の声がする方向を探り、探していた。
――わたしが顔を上げた刹那。悪い暗殺者のように駆け寄り、強面で顔を近づけ、囁くように口を開いた。
『ねぇ聞いてる愛ちゃん? わたし、賞状を貰うのを辞退しなかったら、愛ちゃんのことをずっと軽蔑するから!』
「じゃあ……辞退すればいいの?」
――わたしに選択肢はなかった。
『これは口約束じゃないわ……本当にやりなさいよ』
――わたしは黙ってこくりと頷いた。それを肯定と見た田貫ちゃんは嬉しそうに吉音君がいる列に戻っていく。