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八雲瑠月
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【誤植愛さん】
――朝礼の後に中年の教頭先生にマイクでわたしの名前が呼ばれるが、無視した。
【誤植愛さん? 誤植愛さん! 誤植愛さん、壇上に上がってください!……今日は誤植愛さんは欠席でしょうか?】
――無視をしてもその行為は無意味だという事は幼いわたしでも分かっていた。それはわたしなりのわずかな反抗でもあったのかもしれない。
生徒の列の横に集まっていた教師と共に居た中立先生は少し前に出て、無言で首を横に振る。
【誤植愛さん? どうしたんですか? 聞えていますよね?】
「ごめんなさい……わたし……受け取れません」
【誤植愛さん……よく聞こえません。壇上に上がってください】
『もっと大きな声で』
田貫ちゃんが言う。
「わたし、賞状を受け取る資格はありません!」
――わたしが体育館に響くような大きな声で言うと、生徒達の列がざわつき始める。
【えー……静かに! 誤植愛さんは都合が悪いそうなので……後日に賞状を職員室に受け取りに来てください……これにて朝礼を終わりにします】
「よく言えたね……これで良かったと思うよ」
吉音君が肩を叩く。
「ちゃんと言えたじゃん……この後も賞状を受け取らないでね」
――動かないわたしに田貫ちゃんが笑って言って、通り過ぎていく。わたしは涙を堪える事しかできなかった。
――わたしの文章は何?
――わたしの文章はこんなにも……誰の心にも響かないものだったの?
――わたし……わたし……わたしは……
『愛?』
――誰? わたしを呼ばないで……もう賞状を貰いたくないの!
「愛!」
優しく触るような手が触れて、部室の長机から愛は飛び起きる。
「……あれ? 書也君も朝練に来てたんだ」
「レインチャットで教子先生から朝練で部室を解放するって聞いたからな……それよりも愛、大丈夫か? 涙が……」
書也が言うと愛は慌てて、袖で涙を拭く。
「ちょっとあまり寝てなかったからかな? あははっ」
空元気のような愛の受け答えに書也は困った表情をする。
「まだ朝練前の十分前だぞ。どんだけ早く来てたんだよ? まだ友美の言ってる事を気にしてたりするか?」
「ほ、本当に違うんだよ!? 嫌な夢を見たというか……」
その時、ドアの錠が開く音がして、噂をすればなんとやら。友美が部室に入ってきていた。友美は書也と愛がいるのを確認すると、駆け寄って愛に頭を下げた。
「この前はごめんなさい! わたしその……口が悪いから!? 本当にごめんなさい!」
友美が真っ先に謝罪を早口のように言い、頭を下げ続けた。
「大丈夫だよ、わたし気にしていないから」
愛が笑顔で言うと、友美はぱっと明るくなっていく。
「やっぱり! 持つべきものは友達よね!」
友美は強く愛の肩を抱き、すぐに機嫌を良くしている。
後から理香が部室に入ってきて、愛の肩を抱く友美を珍しそうに見た後、少し呆れ顔になる。
「友美君。親しき仲にも礼儀ありという言葉を知ってるかな?」
「はぁ? 先に謝っているんだから良いじゃない!」
その後にエロスが部室に入ってくると、エロスも愛の肩を抱く友美に呆れ顔になる。
「友美さん。変わり身の速さはさすがですわね。親しき仲にも礼儀ありという言葉を知っていますか?」
「何であんたまで同じことわざを言うのよ!?」
「愛に馴れ馴れしい……離れて」
いつの間にか後ろにいたのか、幽美が両腕で愛と友美を引き剥がす。
「あんた、いつからいたのよ!?」
神出鬼没の幽美に友美は気色悪そうに離れる。
「理香の後ろにずっとついてた」
「あんたの存在感、なさすぎでしょ」
「ところで朝練は聞いてましたが……朝の部活は何をするんです?」
と、書也が聞く。
「だいたい自分のプロットや小説の執筆を進めていますけど……あら? 今日は現国学院新聞の締切じゃなかったかしら?」
エロスは「はっ」としたように何かを思い出した表情になる。
「現国学院新聞って、うちの学校新聞ですよね? ラノケンは新聞小説も担当してるんですか? じゃあ、月刊の連載小説ですか?」
書也が聞くと、エロスはこくりと頷いた。
「ええ、そうですわ。うちの現国学院新聞は月一で発行されます。採用されれば、一年間の連載が決まります。学校だよりの掲載も推薦してくれるそうなので、積極的に参加していますの」
幽美が言うと、学校だよりというワードに愛がなぜか小動物のように身体をビクリとさせたように見えた。
「愛? どうした?」
書也が聞くと、愛は黙ったまま、下を向く。
「わたしもすっかり忘れてたわ!? 締切日にあいつら、借金取りみたいな小説の取り立てをするから、質が悪いのよ!?」
友美は顔を青ざめたかと思うと、慌てて自分のタフブックをスポーツパックから取り出し、電源を入れた。
友美だけでなく、エロス、幽美、理香までもが席につき、慌ててノートPCを立ち上げる。
「皆様、現国学院新聞に載せるSSは完成していますわね? 完璧に誤字脱字を無くし、仕上げますわよ!」
【はい!】
エロスの声に友美、幽美、理香の揃った声の返事が飛ぶ。
「あの……エロス先輩。俺達も書いた方がいいんでしょうか?」
蚊帳の外の書也と愛は呆然とするも、すぐに助けを求めるようにエロスに歩み寄った。
「入部したばかりの貴方達は隠れてくださいまし。新聞部に目をつけられると厄介です。下手をすれば、朝練の時間までにSSを書けと言われかねません」
「隠れろと言われましても……」
部室は教室のように広いが、身体を完全に隠す遮蔽物や人が入れそうなロッカーやクローゼットすらない。
『開けろ! 新聞部だ! 朝練でラノケンがいる事は分かっている! 出てこい!』
部室のドアを激しく叩く音と少女の荒ぶった声が部室の外から聞こえてくる。それは不思議な事に同じ声が重なっているように聞こえた。
「こうなっては仕方ありませんわね。書也さん、開けて差し上げて」
「は、はい。今、開けます」
エロスに言われ、書也がドアを開けると、双子の女子生徒が睨んできた。双子はお互いツインテ―ルにし、一人はうさ耳の付いたヘッドフォンをし、もう一人は口に鼠色の布マスクをしている。