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撮影初日。
まだ緊張感の残る現場で、私は台本を握りしめていた。
今日のシーンは、主人公同士が偶然再会し、ぎこちなくも惹かれていく場面。
まるで、私たち自身の関係をなぞっているようなシナリオ に、息苦しくなる。
「じゃあ、カメラ回します!」
監督の声が響き、スタッフが一斉に動く。
——演技に集中しないと。
そう思っていたのに。
「……久しぶり」
涼太がセリフを発した瞬間、頭の中が真っ白になった。
距離を取っていたはずの涼太が、目の前にいる。
ほんの少し目を細めて、懐かしさを滲ませる表情。
それは演技のはずなのに、あの頃の涼太そのままで——。
『好きだよ』と囁かれた夜。
不意に頬を撫でられた瞬間。
唇を重ねた、あの甘い時間。
思い出が、まるで洪水のように押し寄せてくる。
「……久しぶり」
どうにかセリフを返すものの、声がわずかに震えた。
涼太は、そんな私をじっと見つめた。
優しい瞳。静かな空気。
こんなの、ずるい。
「カット!……うーん、もう一回いこうか」
監督の声で、ハッとする。
ダメだ。こんなんじゃ。
涼太を“ただの共演者”として見ないと。
気持ちを切り替えて、テイク2。
だけど、涼太は変わらない。
変わらないどころか、さらに距離を詰めてきた。
「久しぶり」
低く響く声。
今度は、彼の指が私の頬に触れる。
——ドクン。
「……変わらないね」
涼太の指先が、ほんの一瞬、優しく触れて離れる。
それだけなのに、体温が一気に上がるのがわかった。
ダメ。こんなことで動揺してたら…。
「カット!……よかったよ、その感じでいこう」
監督の声に、小さく息をついた。
カメラが止まり、涼太が小さく微笑む。
「……演技、しやすくなった?」
「……ちょっと、ね」
目を合わせるのが怖くて、そらした。
すると、涼太が小さく息をついて——。
「俺は、しづらいけどね」
そう呟いた声は、ひどく甘くて、切なかった。