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第2話:カミツキとメロンソーダ
社内は照明が白く無機質で、空調の音だけが響いていた。
ユーヤのデスクに置かれたメモには、朝一で届いた修正依頼が6件。
「また“仕様じゃない仕様”か……」
同僚の誰かがぼやいた。ユーヤは無言でコードエディタを開く。
昼休み。
彼は無言でNEO-Vを装着し、COKOLOへとログインした。
【COKOLO:PRIVATE ROOM “KZKR”】
仮想空間に立ち上がったのは、緑と赤の羽根飾りが光るステージ。
背景は星と金屏風が交錯するような昭和風空間、床はキラキラとしたホログラムのチェッカーパネル。
その中央に、コザクラは立っていた。
赤と緑のツートーンボブに、金の帯を巻いたミニ着物風の衣装。
濃いめのピンクリップとアイシャドウ、そして満面の笑み。
どこか懐かしく、それでいて異様に存在感のある光景だった。
「おにーちゃーんっ、ログインありがとっ!」
彼女は手を左右に振りながら、昭和アイドルのような決めポーズを取る。
「はいっ、今夜の“カミツキ飼い主ランキング”出ましたぁ!
1位のユーザーさん、昨日10回も噛まれてくれたの~!優勝!」
「……知らない情報でいい」
ユーヤは仮想空間でも声を発さず、視線だけで返す。
「ふふっ、でもさー、“飼い主”ってほんと面白いんだよ?
あたしが“浮気した?”って聞くと、ちゃんと戻ってくるの。かわいいでしょ?」
コザクラは、空中から取り出したメロンソーダ風のグラスを持ち、
透明な氷と泡を視覚エフェクトで踊らせながら微笑む。
「でもね――」
彼女はふいに声を落とす。
「いちばんの“飼い主”は、お兄ちゃんかもしれないって、思ってる」
ユーヤは少しだけ視線を外した。
彼女の声の裏にある“本気”に、何も言葉を返せなかった。
【LAST STRIDE:Memory Hunter】
試合開始。system_0は密林マップに現れた。
装備はナイフとジャマーだけ。あえて銃火器を持たない戦法。
敵が乱戦の中で激突する中、system_0は**“音”を殺して移動**する。
風の中に潜み、密やかに1人、また1人とメモリピースを奪っていく。
敵のレーダーが一瞬だけ彼を捉えるが、次の瞬間には消えている。
これは“戦術”ではない。“生存するための設計”だ。
「system_0、また無被弾勝利……?」
観戦ルームの視聴者たちがざわめく。
それを静かに見届けながら、コザクラがCOKOLOの個室でつぶやいた。
「飼い主たちには負けないでね、お兄ちゃん――噛みつかれないように、気をつけてよ?」
【現実:シスケープ 第7開発ビル】
「system_0ってさ、今期の解析一位だよな。……開発チーム内にいたらウケるよな」
誰かが笑った。ユーヤは、黙って次のコードチェックへと手を動かす。
彼のモニターには、試合ログとは別に、
**“感情過負荷による空間エラー”**というワードが、淡く光っていた。
> デバイスの向こう側。
それは、心の深さとつながっていた。