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どうしてこんな間違いを犯してしまったのだろう?
ユリアはソファーにうなだれながら頬から伝わってくる涙を拭くのも忘れてうなだれていた
最初に電話したのは私からだった
そして彼は私の誘いに乗った、過去一週間のバラバラだった断片が一挙に押し寄せてきた、ジグゾーパズルのようにジュンの行動と電話のセリフが次々と一致していく
最初はみゆきの結婚式が発端だった、続いてクレープ屋台、南港のデート、マンションの前の待ちぶせ、ジュンは最初からあたしを騙していた、そしてあたしは、いとも簡単に騙された、部屋に引き入れ、朝まで彼のために体を開き、彼に食べ物を作った
あたしはすっかり彼に愛されていると思い込んで避妊さえしないで・・・羞恥心と絶望感・・・さらにはそこに失望さえ加わった、心をさいなむこの深い痛みは朝倉淳という人間が二人といない魅力的な男性だからだ、でもそのジュンが嘘をついていた
彼は良ちゃんに成りすまし、最初から私に近づいた?
私が彼を愛しているように彼も自分を愛してくれている・・・そう思っていたからだ、最初からなにもかも知ってたの?私は裏切られていたの?ああっ!電話で彼にしゃべっていた事を思い出したら頭がヘンになるっっ、ユリアは叫びそうになるのをかろうじて抑えた
しかし悲しみの嗚咽がもれるのを防ぐことはできなかった
消えてしまいたい
涙が後から後から溢れてくる・・・心が痛い・・・ああ・・・ジュンどうして?どうして本当の事を言ってくれなかったの?どうしても認めたくない、彼を愛している自分がイヤイヤと首を振っている、でも腰に手を当て怖い顔で睨んでいるもう一人の自分が言う
「目を覚ましなさい!子供じゃあるまいし、彼はあなたとそういう関係になりたかっただけよ!」
受け入れるしかない、何でもないことなんだと?何でもなくなんかないわ!彼は私を騙していた
「君はヤツとやったんだな?」
悲しみのどん底から正気に戻って現状を把握するまで時間がかかった、良平がこちらを睨んでいる、そうだ、コイツの存在を忘れていた!ユリアは目の前に立ちふさがる良平を見直した、良平がネクタイをほどきソファに放った
「今まで話さなかったことは沢山あるんだ、一度だけなら浮気は許そう、それは僕にも責任があるからね」
「責任?」
ユリアは思わず良平の言葉を聞きなおした
「たとえば僕は結婚するまでセックスは控えるべきだと思っていた」
良平が言うユリアは口を開いたがまた閉じた
「結婚まで時間をかけないつもりだったし、待つ方がロマンティックだと思っていた」
近づいてきた良平にユリアは全身鳥肌が立った
「君は控えめで品のある女性に見えた、感心なことだ、厳格な規制というものは社会全体でなく、人間関係をも支配するものだ僕はそれを刑務所で学んだ」
さらに良平はつづけた
「そうでないと卑しく乱れたものになってしまうからね、僕はその状態を知ってるし、二度と経験したくない、だから君を結婚相手に選んだ、僕はもう秩序だった人生を望んでいるんだ」
小難しいことをごちゃごちゃと・・・ユリアは苛立ちを抑え、歯噛みした、コイツもジュンも煙のようにシュッと蒸発して一生自分の前から消えてくれないかしら、自分をこんな状態にしておいて秩序などとほざいている良平に腹が立った
「私は貴方が考えるほど秩序だった人間ではないわ!この鎖をほどいて、私を家に帰して!」
ユリアは震えた、これまで彼が肉体的な関係を待つことにしてくれて本当に助かった、仮面を剥がした彼からは危険な雰囲気が醸し出されている、今やユリアはこの男に吐き気しか感じていなかった、触られようなら・・・考えたくない
「出張に行っている時からずっと君と愛しあう方法を考えていたんだ、とても独創的なものを思いついたんだ、思いついた方法を全部試したい」
良平はユリアの魅力的な体にねっとりと視線を這わせる
「いやっ!やめて!!」
ユリアは目を見開いた、もし彼が触ろうものなら蹴とばしてやる!
「そうだ!叫べば叫ぶほど、僕は興奮するんだ!もっと叫べ!!」
良平はどなりちらした、パニックになりそうだ、黒い皮手袋をはめた手でユリアの髪の毛をひと撫でし、それから一束つかんで頭をぐいっとのけぞらせる
「あなたは心が歪んでいるわ!」
良平を思いきり蔑んだ目で見つめた、良平がユリアに馬乗りになって乳房をぎゅっとつかんだ、そのあまりにもの痛さにユリアは呻いた、いまいましい手の拘束が自由になりさえしたら・・・半年間ずっと彼は品行方正で好青年だと思っていた
それがこんな狂った仮面をひそめていたとは、ジュンといい彼といい
ああっ!男って!!
途端に怒りが体から湧いてきた、私は彼が考えているような大人しい女ではない、ユリアは酸欠で気絶しそうになっても良平を蹴りあげようと脚を振り回した、心臓をどきどきさせながら必死で抵抗した
何も考えられず震えているけど信じられない力が体の底から生まれた、何度も良平に両頬を平手打ちされたけど、それでもユリアは叫び悲鳴を上げて足をばたつかせた
彼女は体をひねり、自分の重みで体を横に揺らすと膝を思いっきり蹴り上げた、良平はわずかに体をずらしただけなのに、膝は狙った股間の無防備な部分では無く脚に当たった、さらに脚を蹴りあげた、少なくとも二度向う脛に蹴りが入ったはずなのに、良平は彼女の奮闘ぶりを面白がっているのか、彼はただ目をギラギラ輝かせ、クスクス笑うばかりだ
そしてドスンと膝から落ち、片方の腕をねじり上げられ、肩の関節が外れそうになった、ジュンより細見で華奢だとしても良平もやはり男だった、力では到底かなわない、捻られた肘が痛い、身をよじって振りほどこうとしても身動きできない
良平の脚が割り込んできてユリアの膝が大きく開き、脚が開かれた、良平が背後から馬なりにのっかってきた、片腕でユリアの両肩を押さえつけ片手でズボンのファスナーを外している音がする・・・彼は終始クスクス笑っている
「くそったれ!やめてよ!」
それが必死の抵抗の言葉だった、その後は言葉にならなかった喉元を手で圧迫されているから声を出すのもやっとだった、情け容赦ない押さえつけ、背後に彼がいる、無常で不可解な手が、ユリアのパンティについに手をかけた、引っ掻いてやりたい、叩いてやりたい、そう思って手さぐりしたがなにも触れない
「首の骨を折ることもできるぞ!!」
彼は静かに言った、うつ伏せで肩を押す腕の重みは増し、垂れさがった髪が床をこする、彼の腕が不意に腰のくびれを乱暴につかみ、ねじり上げられた、腕が折れないように背中をそらせると、ユリアの尻が後ろに突きだされ足を開いた
「お前に僕を止められることは出来ない、なぁに、すぐにお前も楽しめるよ」
彼の声は冷ややかだった息が出来ない、ユリアは生まれて初めて怒りと屈辱の涙を流した
私の人生終わったわ・・・
そしてすべての抵抗に疲れ果て体から緊張の力が抜けた
・:.。.・:.。.
一瞬の間があった
大音響と共に体にのしかかっていた良平の重みが急に無くなり、途端に体が軽くなった、一気に肺に空気が入ってきた、全身のだるさに身を震わせながら、ユリアは振り返った
ユリアに乱暴しようとしていた良平は、身体の上から消えていて、部屋の隅で大きな黒い物体が誰かを馬乗りにして殴っている
どういうことなの?
ユリアは茫然と部屋を見つめ、室内をやみくもに見回した、暗い戸口から次々とまるで幽霊の様に人影が現れた、よく見ると紺色の制服を着た警官だった、途端に周りにザワついた音がユリアの耳に入ってきた
「大丈夫かい?」
力強い声がユリアの耳に飛び込んできた、それは鋭い目をして片手に銃を持っているタツだっ
・:.。.・:.。.
タツが身を乗り出してホテルの駐車場にパトカーを停車した
「侵入経路はいくつある?」
ジュンが一時鋭い目つきでタツを見据えた、ホテルの部屋はいくつもある、ユリアがどこにいるのか片っぱしから順にドアを蹴破って探すわけにもいかない事に気が付いた
「ここに搬入口とおぼしき大きな入口がある」
向こうは追跡されていることを知らないのだから、ここはホテルの従業員に捜査協力を頼もう、ホテルの受け付けはあっさりと数時間前にユリアと良平らしき人物が奥のさざ波の間に入っていったことを白状した
もちろんこの二人に捜査令状を突きつけられ、何かあったらただじゃおかないと睨まれたら抵抗する人間などいない、ジュンはドアを蹴り破って部屋に転がるように侵入した
その時目の前に広がる光景を目にして心臓が吹き飛びそうになった、鳩山良平が下着だけのユリアにのしかかっていた、ユリアは両足をバタつかせ必死に暴れていた
ありがたい!彼女は無事だ!
そしてなんて勇敢なんだ、抵抗している、次の瞬間すべてが一度に起きた、ジュンが良平の襟首をつかみ、おもっきり左の壁に投げ飛ばした
良平はソファーの裏側まで吹っ飛んだ、すかさずジュンは良平に馬乗りになって、気絶するまでなぐり続けた、ジュンの方は鳩山良平を嫌というほど知っているが、向こうはジュンを知らない
「鳩山良平!!」
ジュンがどなった
「会いたかったぞ!!さぁ!殴らせろっっ!!」
4秒間ですべて片付いた、良平がジュンの連打で気絶したからだ、ジュンは最後に良平のズボンのファスナーから丸出しにされた一物を蹴り飛ばして言った
「しばらくムショから出てこれなくしてやるからな!」
タツは下着姿のユリアを上から下まで目視確認した、性的異常者の餌食になるのはいつでも女子供といった弱い存在だ、連中は自分よりか弱いものに暴力をふるう事を無類の悦びにしている、いつでもこんな事件に出会う度にいたたまれなくなる、かわいそうに、タツはしかめっ面をして自分の上着を脱いでユリアに着せた
そしてユリアの拘束を解き、クローゼットから毛布を持ってきて、下を向いて震えているユリアを包んだ
「大丈夫かい?」
「あ・・あたし・・・」
彼女はガクガク体を震わせてショックによる無気力感で目の焦点はあっていない、まずい状況だ・・・タツは呆れて気絶している良平をまだ殴っているジュンを指さして言った
「もう少し待ってくれるかな?何せヤツに死ぬほどビビらされていたから、君を傷つけられるんじゃないかってさ」
軽い冗談を言ったつもりだが、それも彼女には通じていないようだった、タツは心配そうに顔色をうかがっていた
「ユリアッ!」
すぐにジュンがやってきてユリアを毛布の上から抱きしめた
無事だった!よかった!切れぎれに息を吸いこんだ時、はじめて自分が息を詰めていたことに気づいた、ジュンは顎の伸びかけた髭がユリアの髪に絡むのを感じていた、ユリアの震えがひどいので怪我をしないように加減をして強く抱きしめた、そして無事に彼女を助けれられた事を神に感謝した
「大丈夫だ・・・」
彼女の頭のてっぺんにささやきかけた
「もう終わった・・・心配いらない・・・もう害はないんだ、君も僕も」
彼女の恐怖が収まって来ていたのか、奮えは小さなものに変わっていた、ジュンは腕の力を緩めた
「間一髪だった・・・本当によかった」
ユリアの肌身を感じ、そこにるだけで力が湧いてくる、急速に現実が戻ってきた、自分を脅かしている男は倒したけれども彼女は医者の助けがいるし、家に連れて帰って一晩中抱きしめて温めてやりたい
タツが援軍を呼んでいてくれたおかげですぐに現場検証にかかれそうだ、ジュンはもう一度ユリアを自分に引き寄せた
パシンッ
え?
一瞬ユリアに頬を叩かれたのを理解できなかったユリアはジュンから離れ、うわずった声で訪ねた
「私を騙していたのね」
「ユリアっ!!話を聞いてくれ!!」
「聞きたくないわっっ!」
吐き捨てるような彼女の言葉にジュンはビクッと硬直してしまった
その時部屋に数人の警官が入ってきた
「いくぞっ!いくぞっ!」
警官の声を合図に良平は現行犯で逮捕され、現場は一気に慌ただしくなっていた、全員武器を携帯し、フル装備だ、そのうちの数人がジュン達に背を向けて警護にあたっていた、ジュンはユリアの腕をつかんだ
「黙っていたこと悪かった、でもっ!説明せてくれないか?」
ユリアは頭がぼんやりしてきた、体も緊張なのか興奮なのか、ずっと震えている、これ以上込みいった話は続けられない、涙でいっぱいの顔でジュンを睨んだ、そしてひと言だけ思いついた言葉を彼に言った
「二度と私の前に現れないで」
その時タツが呼んだ救急隊員が到着したので、ユリアは彼らに支えられながらヨロヨロと救急車に乗り込んだ
タツがユリアの鞄を持って救急車に乗り込むのを見届けた、こちらを見上げてジュンに伝達する指示を待っていたが、暫くするとユリアが乗りこんだ救急車のドアを閉めた
強烈なパンチをくらったようだった・・・ジュンの頭の中でいろんな言葉がぐるぐる回った、あまりにも沢山言いたいことがあって何一つ声に出して言うことが出来なかった
そしてどんな言葉をもってしても、自分の軽率な行動でユリアが傷ついた、恐ろしい事実を拭い去ることはできなかった、救急車の赤いライトが点滅して走り出した、タツがジュンの肩にそっと手を置いた
「今は行かせろ・・・彼女は休養が必要だ・・・」
ユリアに拒絶されたショックで朦朧としつつ、あまりにも頭の働きが鈍っていた
やがて救急車のテールランプが視界から消えた・・・それでもその場から動けず、道路から視線を離せなかった
このまま一生動けないかもしれない・・・
ジュンはただ黙ってそこに立ちすくんだ
:*゚..:。:.
『おかけになった電話番号は現在電話に出られないか、電波の届かない地域に・・・』
人生の恋愛経験上、録音されたメッセージを信じることほどアホなことなない
それでもジュンはユリアの録音機器に長くて取りとめのないメッセージを残した、事件が起こってから3日、当然ながらジュンは彼女がこのメッセージを聞いて手が空き次第電話をくれると思っていた
仕事が忙しいのかもしれないし、自宅のベットで横になっているか、まさか病院で治療をうけているのかも?どこか怪我でもしているのだろうか?もう一度念入りにタイミングを見計らって5分後にまた電話をかけた
いくらなんでも電話を切った直後にまたかけたらさすがにしつこいかもしれない、署に向かう途中で10回目に電話をかけた時彼女が電話に出ないのは、忙しいからでも、具合が悪いのではないのかもと気付いた
僕と話したくないからだ・・・嘘だろ?僕を避けている・・・
携帯の電源を切って、出勤してタツがデスクに座っているのを見ると少し落ち着いた、常に冷静なタツだけれど、こと女にかけてはとくに冷静だ
熱烈なセックスのあとに女が逃げ出したからといって、汗だくになったり、パニックを起こしたりする男ではない、そしてタツは熱烈なセックスが得意だった
いいや!僕だって汗だくになってパニックを起こしているわけじゃないぞ!
ジュンは自分に言い聞かせた、女を力ずくでどうこうしたことはなくても、ユリアと熱い夜を過ごした時、あんなに興奮したことは一度もなかった、あの行為で彼女を傷つけて嫌われたのか?
あの夜、記憶が飛んでいるわずかな時間に、乱暴なことをしてしまったのかも、どちらもろくなもんじゃないがDV男よりセックス依存症と疑われたほうがまだマシじゃないか?ああ・・・思考はどんどん悪い方向へ行く、そこでタツがジュンに辛辣な視線をかかげた
「お前が午前中5分置きに電話しているのは、例のワンダーウーマンなのか?」
タツが腕を組んで続けた
「お前は、俺がそうじゃないかと常々思っていた通りの大バカものだな、なぜなら彼女はお前の電話に出ようとしないからだ、電話が鳴っても出ようとしないのは、お前が5分置きに電話をしてることが原因かもしれないんだぞ、しつこいんだよ!」
タツはあきれて両手を上にあげた
「おい!聞いているか?お前と口を効きたがらない彼女のことだよ、お前が一回ヤッたぐらいじゃおさまらない女」
その続きはタツの喉に詰まって出てこなかった、ジュンがタツの首に腕をかけて壁に押し付けたからだ、そんなつもりでも、意思でもないのに、体が勝手に動いていた、タツの口にからあけすけな言葉が飛び出した途端、飛びかかっていた、自分が動いていることすら気付かずに、タツに襲いかかっていた
壁に頭があたって跳ね返るほどの勢いで締め上げた、タツの顔が赤くなっている、耳の奥でシューシュー音がしている、きついパンチを受けても、何も感じない、それだけ頭に血が上っていた
タツとジュンの間に、同僚の警官が間に入ってジュンの腕をひっぱっている、次第に音が大きくなり、混乱したジュンの頭にようやく達した
少しずつ我に戻った・・・ジュンはここに至ってようやく自分が大切に思っている相方を絞め殺そうとしている行為に走っていたことを気付いた、力を抜いた途端、何人かの警官に引っぺがされた
「くそっ!」
タツがかすれ声で苦しそうに言った、腰を折って膝に手をつき、ぜぇぜぇ音を立てて息を吸っている
ジュンの手は震えていた、僕は何をやっているんだ?相手は一緒に死ぬ思いをして事件を解決してきた大切な相方だぞ、それなのに殺したくなった、ただ・・・ユリアの事をそのへんのタツがいつも相手をしている尻軽女のように言われるのは我慢がならなかった、中でも女をとっかえひっかえしているタツだけには!!
タツにとってはどんな女も「一夜限りの恋人」だった、むろんジュンだってそうだった
今回のユリアが例外なだけで、ところがそんな相手に限って、自分の方が一夜がぎりでポイされてしまった、タツとジュンはどちらも荒い息をしながら睨みあっていた、タツにはジュンに謝るべきことがある、それはジュンも同じだった
やはり謝るしかない・・・問題はどちらが先に謝るべきか
どちらも邪悪な雰囲気を放ったままにらみ合って目を反らそうとしない、この沈黙を先に破るなど冗談じゃない
その時、香りの良いコーヒーの匂いが漂ってきた
「お前ら、大概にしておけ」
二人の上司に値する中堅の警官がコーヒーカップを二人の手におしつけた、この警官は初めて署に来たユリアを自分のもとに案内した警官だった、ジュンは息をついた、そして熱いコーヒーをグイっと飲んだ、喉がやけどしそうだった
ユリアの家のコーヒーの上手さを思い出した、途端に胸が苦しくなった、二人はコーヒーを傾け、満足そうなため息をついた、香ばしい香りに緊張も減った、
しばらくの沈黙・・・二人は地面を見つめていた、責めたり、なじったりする様子は無く、ジュンにしてみたら、返っていたたまれなかった、ジュンは肩の力を抜き、すばやく息を吸った、さっさと片付けてしまおう
「悪かった」
タツに向かって小声で言った
「どうかしてた」
タツはこちらを見たまま小さくうなずいた
「彼女を愛しているんだな」
そうきたか・・・たしかにユリアを愛している、それを口にする前に唇をかんだ、口に出してしまえば決定的になる、生々しい現実になって怖くなる、自分でも訳の分からない、やみくもな思いが明確になってしまう、タツはジュンを見た
「俺に何かできることがあったら言え」
そう言うとタツは静かに立ち去った、ジュンは自分のデスクにドカッと座った、ざっと思いつくだけでも急いで仕上げなければならない報告書が三通に、新たな事件に対する依頼が5件ある
すぐに仕事に取りかからなければならない、しかし思いはすぐにユリアに飛ぶ、ユリアはこれまでベッドを共にした女の中で一番だった、しかし二人で愛し合ったあの瞬間には何かがあった、何か絆のようなものが・・・激しかったのは事実で、あれほどの経験はしたことがなかった
彼女に初めて感じるものがそこにあった、ウサギのようにつがって夜を過ごしておいて、頭がおかしいかもしれないが、どんなに抱いてもまだ足りない
彼女に会いたくてたまらない
彼女の匂いが嗅ぎたい、最初は清々しく清潔な香りがした・・・あおれが後になってセックスの匂いになった・・・けれどもそれでも二人の体液が交わるとうっとりするほどいい匂いだった、彼女の笑顔が恋しい・・・あの聡明さ、電話デートではこちらの意見全てを聞いてくれた、受け入れて、寄り添ってくれた
ジュンは頭を抱えた、それが問題なんだ・・・自分の言葉は元彼と間違われて受けとめられていた、偽りと分かっていながら優しい彼女の心の琴線に触れた・・・すべてが彼女が間違って電話をかけて来てくれたことから始まったが、今では番号を間違ってくれて、あの変態DV男から彼女を救えてよかったと心から思っている
いつになく内省的になっていた・・・要は彼女に会いたくて、彼女が欲しくてこのまま手放すつもりは、はなから無いという事だ
花を贈ろうか?どんな花?
床屋で順番を待ちながらバラは流行りじゃないという記事を読んだことがある、最近はバラを喜ぶ女などおらず、贈った男の想像力の貧しさを暴露するだけだ
だったら何がいいんだ?
頭の中にあるバラ以外の花を探ってみたけど浮かんできたのは雛菊だけだった、雛菊ってのは仏壇にかざるんじゃなかったのか?ちっともロマンティックじゃない、どうしたら彼女の心を取り戻せるのだろう?ジュンはため息をついた
ただもう彼女を騙したくない、下手な手順もかけひきも、そんなものは彼女にはもう通じない、悪い事をしたと何度でも謝ろう、彼女が気が進まないのなら、その気になるように手を尽くそう、彼女をあきらめることだけは選択肢に入っていない、そして再び、ポケットからスマホを取り出し、彼女の番号を押した
ピーッ「何度もゴメン・・・ジュンです・・・」
・:.。.・:.。.
ユリアは大理石のキッチンに小麦粉の塊を力いっぱい叩きつけていた
叩きつけながらスマホの画面に浮かぶ文字を見つめていた、またかかってきた!すかさず留守番電話の応答メッセージが、今、電話に出られない事を告げ、録音メッセージに切り替わる、すると低い声が聞こえてくる
『ユリア!ジュンだよ・・・電話に出てくれ・・・』
昨日や今朝の早いうちは、お願い口調だったジュンのメッセージは、今や遠慮をかなぐり捨てて頭ごなしになっている、彼の低い声を聞いただけで胃が締め付けられて、我ながら面くらうことに、熱いものが体をかけてきて濡れてくる
あの拉致事件から5日が経っていた・・・事件後、救急隊員にボロボロになって病院に運ばれてからユ、リアは血圧や擦り傷などの手当てを受けた後、佳子に電話した
彼女はすばやく自分の赤のベンツをかっ飛ばしてユリアを迎えに来てくれた、佳子はすべての事務手続きを済ませ、用意してきた着替えをユリアに着せ、家まで送ってくれた、さらに彼女はユリアがシャワーを浴びている隙に、彼女の店に電話し、ユリアはインフルエンザにかかったと言って長期休暇を取ってくれた、もちろん有給付きで
本当に持つべきものは友達だとユリアは感謝した、さらに佳子は買い物にでかけ、ユリアがしばらく引きこもっても良いように冷蔵庫の中身を食品でいっぱいにした
「今は眠りなさい・・・また来るから」
髪を乾かしてくれ、母親のようにベッドに寝かせてくれた
佳子にそう言われ、ユリアの心と体を暖かく満たした、もうへとへとだった、疲れすぎて動くことも、寝返りすることも考えられなかった、佳子が寝室の電気を消した、すべてを話してしまいたかったけど、口が開かなかった、頭を横に倒し、灯りが消えるようにユリアはコトリと眠りに落ちた
一日目と二日目は、ユリアはベッドで寝たきりで過ごした
時折恐ろしい夢を見て、夜中に飛び起きたりしたが、その時は朝まで泣いて、気がすむまで泣くと、再び深い眠りに落ちた、3日目からは少しづつ起き上がり、ベランダやキッチンのハーブの手入れをしたり、洗濯や部屋の掃除をした、そして4日目には美味しいアルデンテを作ろうと思うほど、気持ちも体も回復した
ここ数日間・・・スマホの電源を切っていた、が久しぶりに電源を入れてみると、なんとジュンからのメッセージの嵐だった
ユリアは首を振り再びスマホの電源を落としたそして5日目に再びスマホの電源を入れたけど,それでもジュンの留守番メッセージの嵐は止んでいなかった
ユリアはさらに力強く小麦粉の塊を大理石のキッチンに叩きつけ,画面上の文字を見つめながら電話が鳴るのを聞いていた
またかかってきた、留守番電話が応答している、部屋は差し込む夕日の光でキッチンを明るく照らしていたが、でもそれもすぐ日が暮れるだろうと不意に玄関のインターフォンが連続で鳴った
ユリアはびっくりして飛び上がった
まさか?ジュンが押し寄せてきたの?でも今はダメっ!絶対ダメ!彼と話なんかできない恐るおそるインターフォンの画面を見るとユリアは心から安堵しため息をついた
「今開けるわ」
・:.。.・:.。.
「ああっっ!ユリアっ生きてる?」
玄関を開けるとあの襲撃事件以来会っていなかったみゆきがユリアの腕に飛び込んできた、と同時に二人は目を見開き、お互いすっかり変わってしまった容姿に驚いた
「みゆき?」
「ユリア?」
ユリアの知っているみゆきは女学生の頃から自慢の長い巻き毛にこだわり、バックにはいつもコテとヘアスプレーを忍ばせていたのに、今ユリアの前にいるみゆきは、髪をバッサリショートカットにし、服装もLIZ LISAの崇拝者で、乙女チックでいつも流行りのドラマのファッションを追っていたような彼女が、今やスッキリとしたストライプのシャツに、ボーイフレンドデニムを履いて、どんなに寒くてもパンプスだった彼女は今はナイキのシンプルなスニーカーを履いている
まるで男の子だ、そしてずいぶん痩せたようだ、頬はこけ、丸い瞳がひときわ大きくなっていた、一方ユリアはずっと寝たきりだったので、ヨレヨレのパジャマに髪はボサボサ、ミユキよりもげっそりと顏が痩せ、目の下には大きなクマが出来ていた、そして右頬や鎖骨には良平に殴られた後が、うっすらと痣になって腫れていた
「ああ!かわいそうなみゆき!」
「ああ!かわいそうなユリア!」
二人は玄関できつく抱き合って泣いた、そこへ車を駐車場に止めてきた佳子が駆け付けた
「もうっ!二人ともっバカなんだからっっ!」
佳子が二人を抱きしめた、そしてしばらく3人でオイオイ泣いた、ひとしきり泣いた、3人はそこから蜂の巣をつついたようなおしゃべりが始まった
「いやだわ、三人とも月経前症候群かしら?」
「あったかい紅茶を入れるわ、みんな水分補給が必要よ!」
「こんなに泣いたのは久しぶり!」
二人の顔を見て元気が出たユリアは、腕まくりをしてキッチンに立った、それをヤンヤと二人が囃し立てる
ユリアの料理が食べられるなら少々太っても問題ない、数分後、ルクレーゼの大皿に山盛りの枝豆が出てきて二人は歓声をあげた、そこに佳子が持ってきたイタリア産のワインが次々に空いた、さらにユリアの作りたてのアルデンテ、モッツァレラピザと女三人の酒盛りが始まった
「それって犯罪心理学的なもの?」
みゆきが訪ねた
「うん・・・良ちゃんの中では、あたしと結婚していて、至らない妻のあたしを暴力で躾ける気でいたのよ」
ユリアはワイングラスに口を付けたまま言った
「だからって女を監禁し、て性的犯罪が許されるわけじゃないわっ!キチンと罪はつぐなうべきよ!」
佳子が勢いよくピザにかぶりつき、口をいっぱいにしたまましゃべり続けた
「タクミ君は、結局私より、家柄を選んだのよ」
みゆきも枝豆を頬張りながら言った
「本当にそれでいいの?みゆき?」
ユリアが言った
「なんだかさ・・・例の件であちこちにペコペコしてる彼を見て気が抜けちゃってさ・・・この人と結婚したら一生こうして人の目を気にしながら生きるのかなってさ」
「百年の恋も冷めるってヤツ?」
「そう!それ!なんだかもっと良い人に出会える気がしてきたの」
みゆきが考え深げに言ったユリアがため息をついた
「みゆきはこの結論に至るまでずいぶん悩んだのね、偉いわ、それに比べてあたしは何が何だか・・・」
「しかし、あの警官が変態だなんてねぇ~・・・」
みゆきがワインをくるくる回しながら言った
「違うわよ!変態だったのは良ちゃんよ、ジュンは嘘つきなだけ、あら?違った?」
「どっちも最悪よ!」
ユリアが目をぐるりと回した
「ねぇ!どうしてスマホの電源を切ってるの?ここに来るまでずいぶん電話したのよ?」
みゆきが訪ねた
「それがジュンから何度もかかってくるの」
「彼にもう二度とあなたに近づくなって言ってやろうか?」
佳子が言った言葉に、ユリアは何て返せばいいかわからなくなった・・・私はどうしたいのだろう?
「彼は何て?」
片づけ魔のみゆきがテーブルを拭きながら聞いた、ユリアがため息をついた
「ううん・・・私彼のメッセージを聞いてないの・・・」
「彼の言い分を聞いてからでも遅くはないわね、ストーカーで訴えるのも」
いたずらっぽい笑顔を浮かべながら、佳子が大理石のテーブルに置いてあるユリアのスマホの電源を入れた
「まぁ!彼から20件もメッセージがあるわ!」
「一番新しいのから聞かせて!」
みゆきが楽しそうに言った
「なんだか聞くのが怖いわ・・・」
ユリアが首を振った
「あたし達がついてるから大丈夫」
みゆきがユリアの肩を抱いた
:*゚..:。:.
ピーッ『ユリア・・・ジュンだ・・・』
声量の豊かな声がスマホのスピーカーから響き、ステレオのように反響した、ユリアは途端に心が締め付けられた、何度も電話してきて、本当に彼はストーカーなのかしら?
『そこにいるなら出てくれ』
佳子、ユリア、みゆきの三人は微動だにせず、スマホを睨んだ、ジュンがため息をつきながら話し始めた
『君が・・・僕ともう口をききたくないのも・・・自分がどう思われているのかも・・・百も承知の上だ・・・だが、これだけは言っておきたい・・・すまなかった・・・本当にすまなかった』
三人は石のように動かなくなり続きを待った
『最初は軽い気持ちだった・・・あの頃の僕は・・・何ていうか、悲惨な犯罪の始末に追われる業務に嫌気がさしていて・・・ノイローゼ気味で、不眠症だったんだ・・・だからと言って君にウソをつく理由にはならないけど・・・』
「ならないわね!」
佳子が言った、黙れとばかりに二人が彼女を睨んだ
『とにかくっ、不眠症で寂しさを抱えていた時に、君に出会った・・・君と話していたくて・・・嘘がうそを呼んで、だんだん自分では手に負えなくなっていったんだ・・・』
みゆきと佳子が眉をつりあげた、ユリアはただスピーカ設定にしているスマホを見つめていた
『あの時も、打ち明けなければと、君のマンションの前で待っていたんだ』
彼は苦しげにうめいた
『だが・・・実際にそうしたかは自身がない・・・少なくても二人の気持ちが良い方向へ行ってるんじゃないかと思った、僕はささやかな希望さえ抱いた』
どんな希望?
ユリアは心の中で聞いた
『そして・・・君と一夜を共にした・・・あれは素晴らしかった』
佳子とみゆきがハッと息を飲んだ、ユリアが突然ワッと泣きだした
『次の日の朝も、君に打ち明けようと何度もそうしたんだ、それと裏腹に・・・出来ればこのままそっとしておきたいと思う気持ちも正直あった・・・』
今更遅いわっ!ユリアは心の中でそう叫んだ
『騙して悪かった!だが!誓ってもいい!いくつもの夜・・・電話で君に伝えた事・・・あれはありのままの僕の本心だ!今でも君を愛しているっ!本当だよ!!』
佳子がヒュ~♪っと口笛を吹いた、ミユキが佳子を肘で小突いた、ユリアはしゃくりあげた
『ユリア・・・僕の太陽・・・僕のお星さま・・・二度と君を苦しめるつもりはない、ただ・・・こんな形で終わりにはしたくなかった・・・本当にすまない』
メッセージが切れ、電子音がむなしく響いた、ユリアは涙をぬぐった、顏も体も鬱積した感情でヒリヒリしていた、佳子は3人のグラスにワインを継ぎ足した
「何だかねぇ~」
「何よ」
ユリアはそうつぶやいて、ワイングラスを取った
「彼本当に申し訳なさそうだったわ、すっかりしょげちゃって」
みゆきが言った
「そうなって当然のことをしたのよ!」
「間違いは誰だってあると思うわ」
と佳子
「なによ!二人して!さっきまでジュンのこと嘘つき呼ばわりしてたくせに、彼が私の心をないがしろにした事は事実よ!」
ユリアのすすり泣きは今やしゃくりあげになっていた、涙が止まらなかった、打ちひしがれた気分だった、佳子が腕を組んでキッチンカウンターに座ってこちらを向いた
「ねぇ!最初から細かくおさらいしない?あの夜、あたし達に囃し立てられてユリアは良ちゃんに電話したつもりが間違い電話をしてジュンにかけてしまった!ここまではOK?」
みゆきがユリアの背中を撫でた、ユリアは膝を抱えてコックリとうなずいた
「その2日後、言いにくそうだから私から言うけど・・・破談になった結婚式の襲撃事件の後、ユリアとそのジュンとかいう警官は出会ったのよね」
「ええそうよ」