テラーノベル
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「おい、起きろ。いつまで寝ているつもりだ」
脳内に直接響くような、無機質で冷徹な声。
それが、俺の新しい人生――いや、虫生の始まりだった。
直前までの記憶は確か、深夜のコンビニからの帰り道だ。トラックのライトが視界を白く染め上げ、凄まじい衝撃が全身を襲った。いわゆる、巷で大流行中の「異世界転生」というやつだろう。
(神様、ありがとう! 俺の第二の人生、今度こそイケメン勇者か、せめて平凡なスローライフを――)
弾む心を抑え、俺はゆっくりと目を開けた。
「……あ?」
視界がおかしい。やけに地面が近い。というか、目の前にあるのは、自分の身長の何倍もある巨大な壁――いや、ただの『木製の柱』だ。しかも、視界が異様に広い。人間だった頃の視野はせいぜい二百度そこらだったはずだが、今はほぼ三百六十度、自分の後ろ側まで見えている。
さらに奇妙なのは、頭の上から生えた二本の長い鞭のような紐だった。
それが自分の意志とは無関係に、周囲の空気の微弱な振動を察知して、前へ後ろへと激しく揺れ動いている。
(待て。何だこの紐は。動くな。止まれ!)
念じてみるが、紐はカサカサと怪しく震え続ける。
焦った俺は、自分の手を確認しようと下を向いた。
そこにあったのは、白く滑らかな人間の手肌ではなかった。
赤黒い、不気味な光沢を放つ、トゲトゲとした毛がびっしりと生えた六本の脚。そして、胸部から腹部にかけてを覆う、あの、世界で最も忌み嫌われている、禍々しい漆黒の翅(はね)――。
「いやああああああああああああッ!?」
叫ぼうとした。しかし、声帯がないため音は出ない。代わりに、頭上の二本の触角がバイブレーションのように激しく震えた。
鏡(正確には床にこぼれた正体不明の液体の水たまり)に映った自分の姿を見る。
そこにいたのは、まごうことなき、純度百パーセントの「G(ゴキブリ)」だった。
「嘘だろ……。転生してゴキブリって、前世でどんな大罪を犯したらそうなるんだよ! 神様のバカヤロー!!」
絶望のあまり、六本の脚がガタガタと震える。
あまりのショックに、そのままひっくり返って死んでしまおうかと思ったその時、脳内に再び、あの無機質な「世界の声」が響き渡った。
『個体名:【未設定】の覚醒を確認しました。初期セットアップを開始します』
『ユニークスキル【驚異の生命力】が発動しました。これにより、頭部を失っても一週間は生存可能です。また、餓死するまでの期間が通常の百倍に延長されます』
『ユニークスキル【完全耐性:毒】を獲得しました。現存するあらゆる殺虫剤(バルサン、コンバット、ホイホイの誘引毒など)が完全に無効化されます』
『特殊能力【隙間(スリット)ウォーカー】が解放されました。五ミリメートルの隙間であれば、骨格を収縮させて自由に侵入・通行が可能です』
『特殊能力【神速(アクセル)】が解放されました。最高速度は秒速一・五メートル。人間のサイズに換算すると、時速約百七十キロメートルでのカサカサ移動が可能となります』
「……は?」
俺は呆然と、脳内に流れ込んでくるステータスを眺めた。
ちょっと待て。なんだこの至れり尽くせりなチート性能は。
頭がなくても一週間生きる? 毒が効かない? 五ミリの隙間を通れる?
おまけに、体感速度は時速百七十キロメートル。
「これ……スペックだけ見たら、そこらのファンタジー小説の魔王より壊れてないか?」
ゴキブリという事実に対する嫌悪感は消えないが、この圧倒的な生存特化型スペックには、男の子としてのロマンを少し刺激されるものがある。前世ではしがない社畜で、常に誰かの顔色を窺って生きてきた俺だ。だが、この肉体とスキルがあれば、誰にも縛られず、どんな環境でも生き残れるのではないか?
「よし……。なってしまったものは仕方ない。俺は今日から、この世界で最強のサバイバーとしてカサカサ生きてやる!」
ゴキブリとしてのプライド(?)を胸に、俺が六歩を踏み出した、その時だった。
ズゥゥゥゥン……!!
部屋全体を揺るがすような、凄まじい地響きが鳴り響いた。
触角が、空気の激しい圧縮を捉える。
「ひっ!?」
慌てて振り返ると、そこには巨大な影が立っていた。
それは、エプロンを身にまとった一人の人間の女性――この部屋の住人らしき「主婦」だった。彼女の目は血走り、その右手には、固く固く丸められた、鈍い凶器が握られている。
それは、人類が対G用に開発した決戦兵器。【神器・丸めた新聞紙】。
「……出たわね、悪魔め」
主婦の声は低く、殺意に満ちていた。
その巨体から放たれるプレッシャーは、並の魔王の覇気を遥かに凌駕している。人間だった頃は気づかなかったが、虫の視点から見る人間というのは、文字通り「進撃の巨人」そのものだ。
「待って! 話せばわかる! 俺はただ転生してきただけの元人間で――」
『警告。対象から強い敵対意志を感知。迎撃、または逃走を推奨します』
世界の声が冷たく告げると同時に、主婦が激しく右腕を振り上げた。
「死ねぇぇぇぇぇいッ!!」
ゴォッ! と風を切り裂き、頭上から新聞紙の塊が超高速で迫り来る。
前世の俺なら、恐怖で身がすくんでいただろう。だが、今の俺は違う。
(見え……見えるぞ! 動きがスローモーションのようだ!)
脳の処理速度が、Gの反射神経と同化している。
俺は六本の脚に力を込め、床を蹴った。
『特殊能力【神速(アクセル)】、発動』
カサカサカサササササササササササッ!!!
凄まじいGフォース(文字通りのゴキブリ力)が全身に駆け巡る。
俺の体は黒い閃光となり、主婦の足元をすり抜けた。
ドガァァァァンッ!!!
一瞬前まで俺がいた床に、新聞紙が叩きつけられ、凄まじい衝撃音が部屋に響き渡る。床がわずかに凹んでいる気がする。あんなものを直撃したら、いくら頭がなくても生きられるスキルがあろうが、一瞬でペシャンコだ。
「あら!? 消えた!? どこへ行ったのよ!」
主婦がキョロキョロと辺りを見回す。時速百七十キロの移動だ、人間の動体視力で捉えられるはずがない。
俺は部屋の隅にある、タンスと壁の隙間に目をつけた。
距離にして約三メートル。普通なら遠い壁だが、今の俺にとっては一瞬の距離だ。
「そこだぁぁぁ!」
主婦が俺の気配を察知し、再び新聞紙を振り下ろす。
だが、もう遅い。
「ふははは! あばよ、巨人の主婦さん!」
俺はタンスの隙間に向かって文字通り跳躍した。
『特殊能力【隙間(スリット)ウォーカー】、適用』
わずか数ミリの暗闇の隙間。普通なら激突して終わるところだが、俺の体が信じられないほど柔らかく縮み、滑り込むように隙間へと吸い込まれていく。
ベシィィィッ!!
背後でタンスの木肌が激しく叩かれる音がしたが、すでに俺は完全な安全圏にいた。
薄暗く、埃っぽいタンスの裏側。人間にとっては不快極まりない場所だが、今の俺にとっては、最高に落ち着くマイホームのような空間だった。
「はぁ……はぁ……。生き延びた……」
触角を休ませながら、俺はふうと息を吐く(息はしてないが)。
初めての戦闘、そして初めての勝利だ。人類の猛攻を完全に凌ぎ切ってみせた。
隙間の奥を見渡すと、そこには主婦が落としたであろう、ポテトチップスの食べ残しのかけらが一つ、黄金色の輝きを放ちながら転がっていた。
前世なら見向きもしなかった床のゴミ。しかし、今の俺の嗅覚は、それが最高級の贅沢品であることを告げている。
「決めたぞ。俺はここで、誰よりも自由に、逞しく生きてやる」
カサカサと音を立てて、俺は黄金のかけらへと歩み寄った。
コメント
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あ、ああああぁぁっぁぁぱぁぁぁぁぁっlぱあおぁぁおあおあおあおあおあぁぁぁっぁぁぁぁぁl→あぁっぁぁぁぁぁぁかかぁl↑あっlclslsぁlskslslslっsぁぁぁっぁぁぁ カサkサkサsカサkサkサkサksカsカksカkサksカksカksカksカ(ゴ◯ブリが腕に登ってきてる) いぎゃややややややっやややぁぁぁぁぁぁぁぁおあおあぁっぁぁあっぁぁぁあぁっぁ(気絶)😵
先ほど第1話を読み終えました! 転生先がゴキブリっていう発想、想像以上にツボでした。人間と虫の視点の落差が鮮やかで、バルサン効かないとか隙間ウォーカーとか、ギャグとチート設定のバランスが絶妙ですね。主婦=進撃の巨人(笑)の構図も面白かったです。 特に「頭がなくても一週間生存」とか、設定ベースがしっかりしてるのが好みで。読んでて思わずニヤニヤしてしまいました。一体どんなサバイバル生活が待ってるのか、続きが気になります!