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伊吹がヴァイスを呼んだ瞬間、夜空に赤く染まった月は、まるで血のように不気味な輝きを放ち、二人の足元に巨大な魔法陣が浮かび上がった。魔法陣は、伊吹とヴァイスを包み込むように光を放ち、次の瞬間、二人の体は光に包まれて消失した。伊吹が次に目を開けたのは、甘く、しかしどこか不快な匂いが充満する場所だった。周囲には、見たこともないメルヘンチックな建物が立ち並び、空にはお菓子の雲が浮かんでいる。足元の地面は、まるで巨大なクッキーでできているかのようだった。
「ここが、スウィート公国か……」
伊吹が呆然と呟くと、ヴァイスが静かに答えた。
「あぁ。ガレットの居城は、もうすぐそこだ」
ヴァイスは、伊吹を伴って、目の前にそびえ立つ巨大な城へと歩を進めた。城は、見るからに砂糖菓子でできており、城壁にはドロドロに溶けたチョコレートのようなものが垂れ下がっている。その甘ったるい匂いが、伊吹の鼻をくすぐる。
城の最奥部、巨大なドーム状の空間に辿り着くと、伊吹は息をのんだ。
そこには、まるでマネキンのように、ポーズを取って立ち尽くす少女たちの姿があった。彼女たちの体は、まるでメレンゲ菓子のように白く、カチカチに固まっている。その数は、9体。そして、その中心に、もかがいた。
もかの体も、既に半分ほどがメレンゲに侵されており、足元から徐々に白く、硬質化していくのが見て取れた。もかは、虚ろな目で宙を見つめ、その横にはシュガリが満足げな表情で浮いている。
「……シュガリ……どういうこと?何で、メレンゲになった子がいっぱいいるの…?ガレット公爵様が、治してくれるんじゃなかったの… ?」
もかの声が、絶望に震えていた。
「治す?何を言ってるシュガ?公爵様の目的は、メレンゲ化した10人の魔法少女から、魔力を頂戴することシュガ。もかは、その最後の10人目になるシュガよ」
シュガリの言葉に、もかの顔から完全に血の気が失せた。
「嘘……嘘だ!シュガリは、わたしを騙してたの!?」
もかの絶叫が、虚しくドームに響き渡る。
その時、空間に新たな妖精が現れた。華美な装飾を身につけた、いかにも高貴そうな妖精。その顔には、邪悪な笑みが浮かんでいた。
「ククク……よく来てくれたでロワ、最後の魔法少女よ。これで、ついにワガハイの野望が成就するでロワ!」
ガレットの言葉に、もかの顔が絶望に染まった。伊吹は、その光景に怒りが込み上げ、思わず前に出ようとした。だが、ヴァイスに肩を掴まれ、静止された。
「待て、伊吹。まだだ」
伊吹は、ヴァイスに睨みつけるように問うた。
「おい、ヴァイス。俺たちをここに連れてきたのは、もかをこんな風にさせるためか?」
ヴァイスは、静かに、そして重々しく告げた。
「落ち着け。……今こそ話しておこう。オレが何者で、なぜお前に協力を求めたのかを」
ヴァイスは、伊吹の目を真っ直ぐに見つめ、信じられない言葉を口にした。
「オレは、オブスキュア王国の国王だ」
「は……?国王……?え、マジ?」
伊吹は、その言葉に呆然とした。冗談かと思われたその言葉は、ヴァイスの真剣な瞳の前では真実であった。
「オレがお前との接触を、そして身分を隠していたのは、全てガレットに気づかれないためだ。恐らく、奴が動きを警戒する通してすれば、オレの配下だろう。だから、オレ自らが動いていた。ずっと黙っていたのは、もし正体を明かせば、お前からもか、そして、シュガリを通して奴に知られてしまう可能性があったからだ」
伊吹は、ヴァイスの言葉に、自分が利用されていたことを理解した。しかし、妹を救うという目的のために、この妖精を信じるしかなかった。
「そして、オレの策は、最初からこの状況を想定したものだった。ガレットは今、魔力と代償を分離させる術式を完成させた。だが、それこそが奴の致命的な隙となる」
ヴァイスは、伊吹に淡々と告げた。
「よく聞け、伊吹。作戦はこうだ。ガレットが魔力と代償を分離させた瞬間に、宝石の力でゲートを発生させ、その魔力と代償を、お前の世界の宇宙に廃棄する。その宝石は、オブスキュアの者と、ゲートを繋ぐ先の異世界の住人であるお前が持っていなければ力を発揮しない」
伊吹は、ヴァイスの途方もない計画に息をのんだ。ヴァイスはガレットに気づかれないように、伊吹を密かに作戦に組み込んでいたのだ。
その時、ガレットが不気味な笑みを浮かべて、術式を発動させた。もかを含めた10体のメレンゲドールに入っていた魔力と代償が、ドロドロとした飴細工のように引きずり出される。
「さあ、ワガハイの野望よ!今こそ成就するでロワ!」
ガレットが叫び、魔力と代償がそれぞれ一つになったその瞬間、ヴァイスが伊吹に叫んだ。
「今だ、伊吹!宝石を使え!」
伊吹は、ヴァイスの言葉に従い、掌の宝石を掲げた。宝石は、強烈な光を放ち、空間に巨大なゲートを開いた。引き出された魔力と代償が、そのゲートに吸い込まれていく。
「な、何でロワ!?」
ガレットは、信じられないものを見るように目を見開いた。
「なぜ異世界へのゲートが開く!?…ああ、ワガハイの力が!!」
ガレットは、吸い込まれていく魔力を取り戻そうと、必死にゲートに身を乗り出し、手を伸ばす。しかし、ここで思わぬ事態が発生した。
ガレットの体が、少しずつメレンゲに変わって行く。
「ま、まさか…」
そう、彼が手を伸ばしたのは、魔力ではなく、代償の方だったのだ。
ガレットは、自分の手が、徐々に白く、カチカチに硬質化していくのを見て、絶叫した。メレンゲの代償は、魔力と切り離されたことで自律し、宿主を求める存在となっていた。ガレットの体に触れた瞬間、それは彼に感染し、一気に全身を侵食していった。
「ヴァイス……貴様の力だな……!このワガハイが、こんな……こんな……!」
ガレットの絶叫が、ドームに響き渡る。その体は、見る見るうちにメレンゲに覆われ、やがて、完全にカチカチのメレンゲドールと化した。
「……オレは、お前を救いたかったんだ、ガレット。この狂気からな……」
ヴァイスが、静かに呟いた。その声には、かつての盟友を失った悲しみのようなものが滲んでいた。
ガレットがメレンゲ化したことで、術式は崩壊した。魔法少女たちも体は、魔力と代償が取り出されたことで元に戻り、もかはその場にへたり込んだ。シュガリは、主を失って、ただ戸惑うように宙を彷徨っている。
伊吹は、急いでもかの元に駆け寄った。もかの体は、まだ少しだるそうだったが、メレンゲ化は完全に治っていた。
「もか、大丈夫か!?」
伊吹が声をかけると、もかは伊吹の顔を見て、ボロボロと涙を流し始めた。
「伊吹……ごめん…!ほんとに、ごめん…!わたしが、バカだった……」
もかは、泣きながら伊吹に抱きついた。伊吹は、妹の体を抱きしめ、安堵のため息をついた。
「ほんとだよ、全く…いいから、もう泣くな」
伊吹は、もかの頭を優しく撫でた。
その光景を、ヴァイスは静かに見守っていた。彼の表情は、相変わらず感情の読めないものだったが、その瞳の奥には、どこか安堵のような光が灯っているようだった。
「おい、シュガリ」
ヴァイスが声をかけると、主を失って彷徨っていたシュガリは、びくりと震え、ヴァイスの元へと飛んできた。
「はい、シュガ……」
「今からお前に、オブスキュア国王として命じる」
ヴァイスの低い声に、シュガリは恐れるように震え上がった。
「……はい、シュガ」
「お前たちが捕らえていた魔法少女たちを全員解放し、元の世界に帰せ。それから、スウィート公国が元の平和な姿に戻るまで、お前にはオレの配下としてこの国を立て直してもらう」
「そんな……!そんなこと、シュガリには無理シュガ!」
シュガリが悲鳴のように叫んだが、ヴァイスは容赦なく告げた。
「ガレットの命だったとは言え、お前のしたことは許されないことだ。だが、お前にはまだやり直す機会がある。嫌ならば、お前も異世界の宇宙の果てに放ってやっても良いが…どうする?」
ヴァイスの冷徹な言葉に、シュガリは顔を青くし、小さく頷いた。
「……分かりましたシュガ……」
シュガリは、かつての主のメレンゲドールを虚ろな目で見つめた後、気を失っている魔法少女たちの元へ向かった。
「伊吹。お前はもかを連れて、元の世界に戻れ。今、ゲートを開く」
「あぁ。…色々と世話になったな。ありがとよ、ヴァイス」
伊吹はそう告げると、掌にある宝石を高く掲げた。再び、異世界へのゲートが開く。
ゲートに飛び込んだ直後、伊吹ともかは、夜の来見家のベランダに立っていた。空には、先ほどまでの赤い月ではなく、いつもの白い月が、静かに輝いていた。