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「イヤリングはこの辺りです」
店員が壁のショーケースにズラリと並んだイヤリングを紹介してくれて。
それを実篤と一緒に眺めながら、
「うち、普段あんまりアクセサリーとかせんけんよく分からんのんですけど――」
言って、くるみがソワソワと店員を気にしながら実篤を見上げてくる。
くるみの視線に気付いた実篤は、内緒話がしやすいよう彼女の傍に身を屈めると、くるみの唇に耳を寄せて「ん?」と問いかけて。
くるみは実篤の耳元、小声で「うち、ほぼ毎日パンこねたりしよるけん、イヤリングじゃと落としたりしそうで怖いなぁって思うて」と耳打ちしてくる。
実際にくるみが生地をこねたりするところを見たことがあるわけではない実篤だったけれど、確かに何となく動きが激しそうなイメージだ。
こねている内にイヤリングが外れて生地の中に練り込まれてしまったら異物混入騒ぎ必至。
大事ではないか。
それに――。
(落ちたんに気付かんまま生地を踏んだりしたら、くるみちゃんの可愛い足、傷つけるかも知れん!)
くるみに耳打ちされてふと実篤が思い浮かべてしまったのは、生地を厚手の袋に入れて小さな足で懸命に踏み踏みしているくるみの姿で。
きっとくるみが実篤の頭の中を覗けていたら『それはうどん打ちですけぇ! うちはパン生地、踏んでこねたりはしちょりませんよ⁉︎』と突っ込まれていた事だろう。
(っちゅーことはイヤリングは却下か……)
そこでハッと気が付いた様にくるみを見詰めた実篤は、名案を思い付いた。
「くるみちゃん、パンを作る時って手袋とかするん?」
何気ない風を装って聞いたら、「もちろんです。衛生面にはかなり気ぃ遣うちょります」という答えが返って来て。
実篤は心の中で「よっしゃー!」とガッツポーズをした。
「ほいじゃあ指輪とかどうじゃろ? 手袋するんなら付けとっても問題ないじゃん? その上イヤリングとかみたいに外れたりしにくいけぇ、一石二鳥じゃ思うんじゃけど」
外れにくく邪魔になりにくいと言う観点で見るならばネックレスでも可なのだが、そこはあえてスルーした実篤だ。
まずはとにかくくるみの左手薬指のサイズをゲットせねばならない。
「指輪……?」
「うん」
くるみの反応を見て(指輪は重かったか⁉︎)と不安になった実篤だったけれど、そんな間を与えないみたいに店員がパッと瞳を輝かせて、「指輪はこちらです」と踵を返して。
その行動力に、実篤は密かに(店員さんグッジョブ!)と思わずにはいられない。
それについて行きながら、見るとはなしにショーケースに視線を落としたら、イヤリングとネックレスのセット品がいくつか目についた。
(指輪、くるみちゃんが凄い気に入るのがあれば別じゃけど)
指輪を推しておいて矛盾しているが、そうでないならば、今日はそちらをプレゼントしたいなと思ってしまった実篤だ。
(イヤリングは俺とデートする時にだけしてもらうとか……そういうルール付けが出来たら最高じゃん?)
休日に、自分と一緒の時にだけ恋人が付けてくれるアクセサリーと言うのは、考えただけで特別な感じがして何だか萌えるではないか。
(ほいで、普段はネックレスだけしっかり付けてもらっておくじゃろ)
華奢な印象のネックレスも可愛いけれど、案外首輪みたいに見えるチョーカーもいいかも知れない。
ほぼ無意識。くるみに〝自分のもの〟みたいな目印を付けてしまいたいと思ってしまったのは、男としての本能だろうか。
くるみは恥ずかしがってさせてくれないけれど、本音を言うと実篤は彼女の細い首筋や鎖骨辺りのめちゃくちゃ目立つところに濃いキスマークを何個も何個も付けまくりたい願望だって人並みに(?)持っている。
くるみは吸い付くのが下手くそなので、いくらチャレンジしてもらっても、くすぐったいばかりでうまく付けられないのだけれど、いつか実篤の身体にもくるみのものだとあちこちに刻み込んで欲しいとも思っていて。
まぁ確かに目立つところに付けられたら従業員にからかわれそうで恥ずかしくはあるなと思いはするけれど、同時にあれだけ皆に知れ渡っていたら今更じゃないかと言う開き直りに似た気持ちもある実篤だ。
(ヤバイ。要らんこと考えすぎたけぇか? 何かエッチな気分になってきた……)
こんなラグジュアリーな雰囲気のジュエリーショップで、股間を隠すようにしゃがみ込むわけにはいかない。
実篤は慌てて大好きなくるみから視線を逸らせると、またしても冬で良かった!と厚着なシーズンに感謝する。
(ついでに俺も……)
厚手の上着のお陰で、ちょっぴり反応してしまった下腹部の盛り上がりが隠せているのは不幸中の幸いだ。
これでくるみが薄着だったりしたら、絶対まずかった。
(今はハイネックに隠れちょって見えんけど……くるみちゃんの首筋、ホンマ細ぉて女の子らしいんよなぁ)
年末年始は結局実家で。
のべつ幕なしほぼ家族と一緒だったから、くるみと思うようにイチャイチャ出来ていない。
要するに完全に欲求不満だ。
これはもう――。
(地元じゃないけ、土地勘はないけどスマホで探せば何とかなるよな?)
「――ねぇくるみちゃん。アクセサリー選び終わったら付き合って欲しい所が出来たんじゃけど、いい?」
下心を懸命に押し隠して問いかけた実篤に、くるみがキョトンとする。
そりゃあそうだ。唐突過ぎる。
「あんね、俺、喉から手が出そうなくらい欲しいもんが決まったんよ。そのために、なんじゃけど」
そんなくるみに理由を伝えたら、ぱぁっと瞳を輝かせて「もちろんです!」と答えてくれた。
実篤は心の中でぼそりと(ごめんね、くるみちゃん)と謝っておいた。
***
「二つも買ぉてもろうてホンマに良かったんですか?」
くるみが提げたジュエリーショップのロゴ入りの小さな紙袋の中には、キラキラと陽光降り注ぐ新緑の森を閉じ込めたみたいな十五ミリ大の美しいしずく型の石が揺れるイヤリングと、それとセットになったチョーカーが入っていた。
チョーカーは黒いスエードの平紐にイヤリングと同じデザインの少し大きめ――こちらは二ミリ大――のしずく型の石が一石真ん中に揺れるデザインで。後ろが鎖型のアジャスターになっていて長さの調節が出来るようになっている。
残念ながら指輪のコーナーでは「これ!」というのが見付けられなかったので、プレゼントは実篤チョイスのこのセットものになったのだけれど。
くるみの左手薬指のサイズが八号だと分かっただけでも大収穫だ。
実篤が「これとかどうじゃろ?」と指差したチョーカーとイヤリングは、使われている石が五月生まれのくるみの誕生石――エメラルド――だったのも丁度良かったし、何より――。
展示ケースの中に置かれた紙片に、『エメラルドの宝石言葉は「幸運・幸福・夫婦愛・安定・希望」とされています。宝石言葉の他にも、〝愛の成就〟という意味を持っています』と書かれていたのが良い。
何でも浮気を防止する意味も持っているらしく、お互いの浮気封じのお守りとしても、効果的なんだとか。
常にくるみの可愛さに、他の男に奪られるんじゃないかと不安を抱いている年上男の実篤としては(これしかないじゃろ!)となって。
やや食い気味にお勧めしてみたらくるみもことのほか気に入ってくれて。めちゃくちゃ前のめりで店員に「これにします!」と言っていた実篤だ。
「くるみちゃんが気に入っとったら指輪だって買うちゃげたよ?」
そんなあれこれを思い出しながら何の気なしに言ったら「そんなにされたらお返しし切れんで困ります」とくるみが眉根を寄せる。
こういうところ。本当にくるみちゃんは律儀じゃわ、と思った実篤だ。
「くるみちゃん、何か忘れちょらん? 俺、こう見えても一応社長なんじゃけど」
小さな不動産屋だけれど。
それでも業績は結構いい方だと断言出来る。
元々実篤は金遣いだってそんなに荒い方ではなかったので、現金一括で市内の中心部に広い土地と家を買ったところで全然問題ないし、それを何度か繰り返せる程度には蓄えている。
(好きな女の子にそこそこの贅沢をさせてあげることぐらい余裕で出来るんじゃけどな?)
そんな思いを込めてニヤリと笑って見せたら、「それを言うならうちだって『くるみの木』の店主です」と胸を張られてしまった。
確かにそうだった。
従業員を抱えているかいないかの差こそあれ、くるみだって一国一城の主だったではないか。
「そうじゃったね」
言って、二人で何を見栄を張り合っているんだろう?とおかしくなって、顔を見合わせてクスクス笑った。