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開演5分前ステージ袖。
耳を突くような歓声がまだ開いていない幕の向こうから届いていた。
「すげぇな、今日の熱」
ギターを肩にかけた若井が肩を回しながら笑う。
緊張というより全身がライブの熱に反応してざわついているようだった。
「当たり前でしょ。10年分の俺たちが詰まったライブなんだから」
大森は静かに答える。けれどその目は誰よりも熱く、真っすぐだった。
手にはマイク。指には数年前からつけている小さなリング。フェーズ2が開幕したころに3人で買ったお揃いの指輪だ。
藤澤はステージ前のキーボードをそっと確認して椅子に腰をかけた。
あの日から彼の居場所はここにある。
白と黒の鍵盤の上に自分の10年が流れている。
「元貴」
「ん?」
「13年前のあの日さ、お前が突然『バンドやろう』って言い出さなかったら俺らどうなってたと思う?」
ぽつんと若井が告げた。
「……分かんないけど」
大森は立ち上がりギターを背負ってゆっくりと笑った。
「俺は絶対今の2人と音鳴らす未来を選んでるよ」
その言葉に若井も、藤澤も、何も言わずに頷いた。
——3人でいること。
——3人で奏でる音。
それが10年を越えて今ここにある理由だった。
誰も知らない秘密のような記憶。けれど3人の中だけで共有された、確かな過去。
若井が立ち上がり、肩を軽くぶつけるように言った。
「そろそろ行くぞ。泣くのは終わってからにしろよ、涼ちゃん」
「泣いてません〜」
「嘘つけ顔に出てるよ」
笑いながら3人はステージへ向かって歩き出す。
やがて幕が上がり光が差し込む。観客の歓声、拍手、スポットライト。
そして鳴り出す、1曲目のイントロ。
キーボードの藤澤が音を乗せる。
ギターの若井がリズムを繋ぐ。
そして大森が、10年の思いを歌い始める。
——これは、ただの節目じゃない。始まりじゃない。続けてきた者たちだけが鳴らせる音だ。
10年分の音楽と想いを、今夜全て音にする。