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「梵字というのはサンスクリット語の文字、簡単に言えば古代インドの文字よ。それが仏教と一緒に中国へ、それから日本へも伝わって、密教系のお坊さんが魔よけとかに使う呪文みたいな物になったわけ。梵字は結界を作るのにも使われるの。結界というのはね、いわば目に見えない壁。本来は邪悪な霊とかを中に入れないように、まあバリアーみたいに使う物なんだけどね。これはインドが起源で中国由来、かつ仏教の秘術よね」
俺がうなずくと母ちゃんは今度は手の平に乗るような小さな紙切れを手に取る。よく見ると『大』の字みたいに切り抜いてある。隆平の家の庭で美紅があの殺人鬼と戦った時、美紅の回りを取り囲んで何か変な動物四体に変わった、あの紙の一枚だそうだ。
「そんで、これは式ね。式神とも呼ぶわ」
「シキ?シキガミ……って事は、それも神様の一種?」
「いえ、どっちかと言うと西洋で言う妖精とか精霊みたいな物ね。目に見えない召使いみたいな存在で、日本の陰陽師が使う術よ」
「オンミョウジ? いや、それって少女マンガのタイトルじゃなかった?」
「あれは本当にある伝説を基にしたマンガよ。安倍晴明でしょ?」
「そう、そのアベノセイメイ……へ? あれって実在の人物?」
「平安時代に藤原道長に仕えた貴族で、陰陽師という霊能力者としても有名よ。特に式神を使って手も触れずに物を動かしたり、何千里も離れた場所の様子を見たり出来たと言われているわ。で、その呪術の事を陰陽道というんだけど、これは完全にメイド・イン・ジャパンなわけ。起源は中国の占星術だけど、陰陽道自体は日本で作られた呪術なのよ」
そこで母ちゃんは投げやりな動作でその紙切れをテーブルに放り投げ、俺の顔を見つめてこう言った。
「雄二。あの時美紅を取り囲んだ四つのあれ、あんたには何に見えた?」
「ええと……蛇が巻きついた亀、何か変な鳥、龍、それと……あ、虎。俺にはそう見えたけど……」
「たぶんそれで正解よ。あれは四神。東の青龍、南の朱雀、西の白虎、北の玄武。東西南北を守護するという霊獣なわけ。んでもって、これは中国の風水」
「風水? ああ、家のこの方向に何色の置物を置くと運が良くなるとか、あれの事?」
「あれは俗っぽくなった日本風の風水よ。本場中国の風水術ではあの四体の霊獣を祭って家どころか一つの都市を守護するの。日本の平安京や昔の江戸の町だってその風水に基づいて作られたのよ」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ! なんか、世界不思議めぐりみたいになってねえ? 話が」
「そう!それなのよ」
そう言って母ちゃんはバンとテーブルを手で叩いた。いや声にもびっくりしたが。
「十字架、梵字の結界、陰陽道、風水。つまり、キリスト教、インド文字の仏教秘法、日本独自の呪術、中国の占術……和洋中がゴチャゴチャに入り混じっていて統一性ってものがまるでないわけ。これじゃまるでひと昔前のファミレスのメニューだわ。もう、わけが分かんないのよ!」
俺は驚いた。話の内容もさることながら、母ちゃんの様子にだ。俺の母ちゃん、大学で宗教民俗学なんて物を教えている、しかも準教授だ。宗教に関するウンチクに関しては世界中のどんな宗教でも持って来い!って感じなんだが、その母ちゃんがここまで悩むとは思いもしなかった。
しかし確かに言われてみれば変な話だ。美紅の霊能力はどれほど不思議に見えても琉球神道という沖縄の宗教で説明できる物ばかりだ。それに比べると確かにあの殺人鬼が使った霊能力は、こう言う宗教で、というベースになる物が見えない。こりゃ母ちゃんが頭を抱えるのも無理はないか。